第27話 領主来襲
……どうしてこうなった⁉
「……」
翌日、朝食を終えたばかりのわたしはコハクに呼ばれて外に出た。なんか来るよ、という言葉通り、高価そうな馬車が孤児院に向かって走ってくるのが見えた。
なんだか、嫌な予感がした。この先にあるのは廃業農家と、廃業寸前の農家が点在するだけの荒れ地だ。さらにその先はゴブリンが棲む“魔境の森”、となれば用があるのは孤児院しかなさそう。
「おっきな、ばしゃ」「だれ?」「どこいくのかな」
「おきゃくさん?」「うま……」
案の定、馬車は孤児院の前で停まった。護衛にかしずかれて降りてきた人物を見てコハクが小さく鳴く。
「にゃ」
あれが、領主だって。
「え⁉ 本人⁉ なんで⁉」
知らない、と返された。それはそうか。聖獣様とはいえ、人間のすることをみんな知ってるじゃわけない。まして個人の思惑なんて、知らないし知ったこっちゃない。
「……」
ということで冒頭に戻る。
場所を空けてもらった礼拝堂で、わたしと領主はテーブル越しに無言で向き合っているわけだけれども。用があるのは孤児院の責任者ではなく、わたしなのだとか。
完全に敵認定していたはずのシリル・ド・メルバ。なんだけど、なんか思っていた人物像とは少し違っていた。
伯爵とあって身なりは良いが、中肉中背で威圧感のない中年男だ。精力的な印象はあるものの、想像していた無礼さや傲慢さはない。本人も苦り切った顔をしてはいるが、わたしに対しての悪意は感じない。
連れてきた護衛はふたりだけ。それも馬車の前に待たせてある。こちらを威嚇しないよう気遣っているのか、護衛にも聞かせたくない話があるのかは不明。
人払いが済んだところで、領主は姿勢を正してわたしに頭を下げた。
「すまなかった」
う~ん……これも想定外だ。
城塞都市メルバの領主にして、この国の伯爵なのに。高位貴族でありながら見ず知らず――と思われる――のいち商人でしかないわたしに謝罪する謙虚さまである。
それはいいんだけど……
「すみません、それはなんの謝罪ですか?」
「まずは我が愚息、エルテガの不始末についてだ」
「え?」
自分の敵だと判断して、思いっきりぶっ飛ばしてしまったんだけど。まあ、子供相手に大人げないとは思いつつ、反省も後悔もしていない。
「あれは後妻との間に生まれた初の男児でな。母親からはひどく甘やかされて育った。なんとか矯正しようと教育は行ってきたが、手遅れだったようだ。政治に関わる器ではないとわかった以上、早急に処分を行う」
「待ってください、処分というのは」
「下級貴族に婿入りさせる。メルバからは消える」
ああ、そういう。まさか殺されるんじゃないかと思って血の気が引いた。現状クズとはいえ子供だ。更生の道がないとまでは思っていない。
「領主としても貴族としても、跡継ぎは必要でしょう?」
「領地と政治基盤は、長女のルイティスに引き継がせる。まだ甘いところはあるが、為政者向きだ」
なるほど。他人の家庭事情に干渉するつもりはないけど、あの馬鹿なボンボンは排除されて、丸く収まりめでたしめでたしってわけね。
どうなろうと、わたしには関係ない。
「それと、誤解を解いておきたい」
「誤解?」
「“メルバに亜人は必要ない”と言った私の政治姿勢についてだ。獣人虐待の口実にしていたエルテガは論外だとしても、住人の一部にも曲解して勝手な真似をしている者はいるのでな」
「それを公表しているのは事実なんですね?」
メルバ領主は静かにうなずく。目を逸らさないところを見ると、発言自体を否定する気も撤回する気もないようだ。
「外から来た人間が知っているかどうかはわからんが、亜人の多くは排他的で独善的だ。狩りの獲物や手仕事で作ったものをわずかに売るくらいで、商取引に関わることも少ない。人間との接触を嫌い、自分たちだけで固まって暮らす。商業都市であるメルバでの暮らしには向いていない」
「そんなことはないでしょう? 現に獣人の子たちはちゃんと馴染んでいますよ」
「獣人は種族によって性格も生活習慣も様々なので断言はできん。たしかにメルバでも人間と交わって暮らしている者はいくらかいるが、亜人のなかでは数少ない例外だ」
「あなたの言う亜人って、獣人だけではないんですね。もしかしてドワーフと、エルフも含まれます?」
わたしの率直な疑問を聞いて、領主は少し困った顔になった。もしかして物知らずだと失望したのか。わたしのいた世界に亜人はいなかったのだけど、敵対する相手に個人情報を出す気にはなれない。
「エルフ、ドワーフ、ハーフリング、リザードマン、オーガ、マーマン、ラミア、ハーピー、ドライアド」
なんか、いっぱいおる。
獣人以外の亜人は、まだドワーフの女性にしか会ってない。エルフは話に聞いただけ。それ以外は、いることも知らなかった。
そもそも後半は魔物なのでは……と思ったけど黙っておく。もしかしたら、領主が差別主義者と思っていたわたしの方が差別的だったかも。
「王国で人権を保障されている亜人だ。無論メルバでも権利は守るよう決められ、法は人間同様に適用される。現場に恣意的運用があるのは認めるが、それを許しているわけではない。厳命しているし、訴えがあれば処罰もしている」
まず前提として、と領主は亜人についての問題を説明する。
「メルバに限らず、王国の商業都市では納税が商業と紐づく。商業に関わらない者が増えれば不公平感が増す。不特定多数への公的支援を行うたびに、納税者から不満が募る」
う~ん……理詰めで攻められると、この国の――というかこの世界の――世情に疎い異世界人のわたしは押されてしまう。
アンフェアかつ悪手と自覚しながらも、逃げの手を打つ。
「あなたがメルバの商業を壊しているという話は?」
いまの領主になってから、換金性の高い作物や産物は税として取り上げられている。小麦もほとんどが領外に運ばれて、メルバの住民はライ麦と芋で食いつないでいると。
街の屋台や店を見た限り“飢餓輸出”というほど飢えてはいなかったが、商人ギルドから聞いた話でしかないので、本人の口から聞きたい。
「…………」
領主はそれを聞いて、しばらく黙り込んだ。
やり込めてやったという感じは全然しない。むしろ、わたしに事実を話すべきか迷っているだけのように思える。
「ここだけの話だ。絶対に口外するな。不用意に漏らすと王国法で騒擾罪の適用がある」
脅しという風でもなく簡潔に釘を刺した後、領主はこちらを見据えて低い声で言う。
「税を上げた理由は、戦への備えからだ」
「戦……戦争? メルバが? それは、どことですか」
領主はチラリと南の方角に目を向けた。まさかドワーフの隠れ里と、とか言うんじゃないよね。
「リヴェルディオン。“魔境の森”にあるエルフの自治領、いわゆる“隠れ里”だ。やつらは何度も王国内の亜人を扇動して、内乱を起こそうとしてきた。もしメルバの亜人たちに呼応されたら、商都の防衛戦力では街を守り切れん」
懸念は半分当たっていた。そして、ハーメイさんから聞いた話を思い出した。
「ああ、秣ってそういう……」
「なに?」
隣でトウモロコシを育てていた老夫婦が領主の弟が会頭の商会に買い叩かれて離農したことを伝えた。その際に、領主命令として秣を植えろと言われたこともだ。
それを聞いた領主は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そんな命令は出していない。商人の嗅覚で戦の前兆でも嗅ぎ取ったのかもしれんが、リヴェルディオンがあるのは“魔境の森”だ。馬では踏み込めんので秣の需要は上がらん。それにな」
領主は忌々し気に吐き捨てる。
「ケルベルの愚行については報告が上がっていた。商会には取引停止を命じて、資産は差し押さえた。これから収奪した農産物の補填と買い取り価格の再調整を行うところだ」
「もう遅いのでは。現に、隣の農家は西部の……オーベルとかいう街に引っ越してしまいました」
「離農した者たちの行き先も、こちらで調べて補償を行う。戻ってもらえるのなら、その分の上乗せもな」
う~ん……どうしたものかな。ここまでの話を聞く限り、領主の言動は筋が通っているように感じる。
ただ、あまりに出来過ぎている感じはあった。商人として半人前以下でしかないわたしでは、政治家を相手にするほどの能力はない。ここは正直にツッコんでみるか。
「いくらなんでも、一介の商人相手に話しすぎじゃないですか。そこまで聞かされると、なにか目的があるように思えますね」
商業ギルドに収めた商品? あれの価値は商業的なものであって、政治的な価値は……いや、缶詰と毛布とミネラルウォーターとなると軍事的な利用価値はある。というよりも、ふつうに考えてあのラインナップは補給物資そのものだ。
これは、詰んだかな。
「むろん、目的はある」
商人ギルドでおかしな動きがあることは、各所に配置した密偵を通じて把握していたという。驚くべきことに、領主とその家族とは商業的な接点を断つことが取引の条件だというのも調べ上げていた。
「……それで?」
「その条件に従って、密偵には手を引かせた。私と私の係累について、貴殿との商業的接触はない」
わからない。戦時体制の城塞都市領主が、そこまで譲歩する理由はなに? わたしが重要人物、あるいは危険人物だと思ってる?
しょせんは素人商人だ。その迷いと疑問は、みんな顔に出ていたんだろう。領主は小さく息を吐いて、言った。
「なぜなら、私は貴殿を“ディーラー”と考えているからだ」
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