第22話 BBQでTボーンステーキ
「では、せっかくのお出かけなので、みんなでバーベキューをしましょー!」
「「「わぁー!」」」
子供たち、“バーベキュー”の意味はわかってないけど大喜びしてる。コハクも、なにか美味しいものが食べられそうだとわかってご機嫌だ。
さすがに森のなかでは不用心なので、フードトラックで孤児院からほど近い小高い丘の上まで戻ってきた。離農した農家の休閑地だそうで、丈の短い雑草が生い茂っている。花も咲いていて、女の子たちは嬉しそうに花輪を作っていた。
「にゃ」
魔物や獣は寄ってこないように見てるから大丈夫だって。聖獣様は頼りになる。
「本当に、あたしも加わって良かったのか?」
「もちろん」
ドワーフの女性も苦笑しつつも付き合ってくれた。美味いものが食えるんなら喜んで参加するが、理由もなく大盤振る舞いされる意味がわからないんだとか。
「血が足りないんだから少しは食べないと」
「だから、そういうところだ」
苦笑された。せっかく助けたんだから、元気になってもらいたいのは道理でしょ?
でも、血まみれの姿を見てパニック状態になってたわたしは、コハクが車に戻ってきたときに気づいたんだよね。
聖獣様の治癒魔法があれば、無理やり素人治療をする必要なかったんだって。
コハクにお願いすると、ほのかな光が広がった後でドワーフの女性が全身に受けた傷はキレイに治っていた。とはいえ治癒魔法で失った血までは戻らないというから、やっぱりご飯は必要なのだ。
「動くだけなら、もう問題ない。森林狼の群れと戦うには長尺の武器が要るとわかったが、雪辱戦はまた後日だ」
強がって言ってるんじゃなく、ふつうに動き回ってる。さっきまでボロボロで倒れてたのに、すごい回復力だ。それとも、コハクの治癒魔法がすごいのか。
「ああ、名乗るのが遅れたな。リールルだ。世話になった」
ちょっと照れたような感じで、自分の名前を教えてくれた。
「わたしはカロリー、こっちの子はコハク」
大きなコハクをしげしげと眺め、本当に聖獣なんだなと深く感心している。
獣人たちとは違って、特に崇める感じではない。なんというか……ものすごいレアな珍獣を見たようなリアクション。
「にゃ!」
なんか失礼なこと考えたでしょ、とコハクには鼻先でつつかれた。
その後は、孤児院のシスター・ミアと子供たちを紹介してく。こちらは亜人……というか獣人の比率の高さに驚いていた。
「あたしはメルバに住んでたから、孤児院出身の奴らも何人か知ってる。どいつも真面目でいい奴だった」
それを聞いて、シスター・ミアが喜ぶ。
「ちゃんと働いていることは知ってましたが、街のひとたちからどう見られているかまではわかりませんから」
「亜人だと少しは苦労するかもな。それでも、職を持って真面目に働いている限りは意味もなく嫌われたりはしない」
そうかな。そうなんだろうな。その条件を満たせなかった幼いメルとエイルちゃんは殴られて罵られてひもじい思いをして、挙句に放火までされたんだけど。
「……にゃ」
そんな顔しない、ってコハクが小さくたしなめる。そうだね。怒りも憎しみも向けるべき相手はここにいない。
「それじゃ、やりますか!」
急遽“スーパーマーケット”で買ってきたアウトドアテーブルと、バーベキューグリル。ラインナップはプロパンガス式が多かったけど、あえて炭火焼用グリルにした。黒いUFOみたいな形の、アメリカではよく見るタイプ。
着火剤で点火した炭をパタパタと扇いで火を熾す。いい具合になったところで肉を乗っけていく。
「「「「わああぁ……♪」」」
子供たちは遊ぶのも忘れてグリルの周りでヨダレを垂らしている。
前回の肋骨肉・ステーキが好評だったので、最初はリブアイの骨付きを切り分けたトマホーク・ステーキにしようと思った。手投げ斧型の肉を子供たちが手に持ってガジガジ食べてるのとか、めっちゃ見たい。
でも売ってなかった。残念。
「なので、今回はTボーンステーキでーす!」
「「「「わああぁーッ♪」」」
Tの字型の骨を挟んで、両側にフィレとサーロインふたつの味が楽しめる良いとこどりのお肉。日本じゃそんなに見かけない。でも、アメリカでは超定番にして王道の大人気ステーキ肉だ。
アメリカのバーベキューといえば豚の骨付バラ肉とか、でっかい牛の肩バラ肉なんかが一般的かも。たしかに美味しいんだけど、塊から焼いてくので、調理に何時間もかかる。そんなことしてたら、子供たちがヨダレの海に溺れちゃう。
というわけで、そこそこ手早く焼けるTボーンステーキ。足りないより良いかと、約900グラムのものを7枚買った。周りに付け合わせのラセットポテトを皮のまま転がして、ついでにソーセージも並べちゃう。
ステーキの下味は塩胡椒を軽めに振っただけ。お好みでバーベキューソースをいろいろと買っておいた。
「飲み物も買ってきたよ、そこにあるから好きに取ってね」
ミネラルウォーターとミルク、あとは100%フルーツジュースだ。(味覚的に)無垢な子供たちに飲ませるのはどうかと思って、ソーダ類はやめておいた。
ミルクだけは大きなボトルだけど、水とジュースはPETボトルと缶に入ったひとり用サイズ。孤児院の子供たちは常に分け合う暮らしのせいか、“自分のもの”が嬉しいみたいだからね。
ご飯はみんなで揃ってというのが孤児院のルールだけど、ずいぶん歩き回ったみたいなので水分はすぐに摂るように勧める。
「なんだ、これは……!」
「どうかした?」
リールルはPETボトルと缶をペコペコと凹ませたりひっくり返したりしながら材質と構造を調べてる。商人ギルドのミシェルさんのように商品価値から吟味しているのではなく、純粋な知的好奇心と技術的観点から見ている感じ。
やっぱりドワーフだと、そうなるのか。とはいえ素材や作り方などは、わたしに訊かれてもわからない。
「おいし……」「あまーい……」
「これ、すごい、うまい……」
子供たちはジュースの容器をそれぞれ両手で抱えて、うっとりした声を出す。甘いもの、あんまり口にする機会がないからね。
「かろりーさま、これ、なぁに?」
仔猫の天使ニーナちゃんが、缶の絵を指して訊いてくる。
「それは、りんごだね。前に食べたでしょ? 小さく切られた果物のなかで、赤と青の皮がついたやつ」
「かろりーしゃま、これは?」「こぇは?」
「それはグレープ、丸いのが入ってたよね。これはクランベリー。こっちは……ウォーターメロン? アメリカ人ってスイカまでジュースにするの? ええとね、そっちはマンゴーピーチと、パイナップルオレンジ……説明しにくいな。甘い果物を混ぜたものだよ」
子供たちの好奇心はとどまるところを知らないので、「なんで」にすべて答えるにはかなりの知識と説明能力が問われる。
ジュースの素材はともかく、味については大満足だったようでなによりだ。
「焼けたよー!」
焼きあがったステーキを木の大まな板に乗せると、シスター・ミアとリールルが切り分けと子供たちへの取り分けを買って出てくれた。その間にわたしは追加のステーキとソーセージとポテトを焼いていく。
「そこのパンも食べてね。あと、その瓶に入った茶色いのがお肉にかけるソースだから」
「「「はーい!」」」
「にゃー」
コハクも仔猫姿になって取り分けられたステーキ肉にかぶりついてる。
あの子、食事時はいつも仔猫姿になってるね。聖獣姿だと満腹になるのが大変とかあるのかな?
「おいし……」「おにく、すき……」「もむもむもむもむ……」
「これも、うし?」「じゅわーって、おいしいの、じゅわーって……」
なんか、前にも聞いたようなリアクションがあるけど、満足してもらえたようでよかった。グリルの前で肉をひっくり返していると、リールルが肉を挟んだパンを持ってきてくれた。
「ずっと焼いてたんじゃ食べられないだろ?」
「ありがとう、リールルも食べてね」
持ってきてくれたパンにかじりつくと、アメリカン・ビーフの濃厚な風味があふれ出す。分厚いのに柔らかくて優しい歯ごたえなのはフィレかな。もう一口かじると肉汁と脂の旨味が口いっぱいに広がる。たぶん、こっちがサーロインだ。
「うッまぁ……ッ!」
「ああ。すさまじく美味いな。これは、なんの肉なんだ?」
「牛だよ。こっちにもいるでしょ? こっちのはミルクを出す牛だって聞いたけど」
わたしが言うと、リールルは怪訝そうに首を傾げた。
「あたしの知ってる牛の味じゃないな。乳を出す牛の肉は、硬くて不味い」
ミルクを出さなくなった廃牛とかなのかと思って話を聞いていくうちに、そういう問題じゃないらしいことがわかった。
「でっかい角があって、水辺を好み、泥浴びをする……?」
「そうだ。そもそも、あまり食肉にはしない」
リールルの説明から想像する限り、どうやらこちらのひとが言う牛は、水牛のようだ。オスは農耕用、メスは搾乳用に育てられる。肉として出回るのは、ただでさえ肉が硬い水牛の、さらに廃牛だから、そりゃ美味しくはないよね。
「だったら、この肉は違う牛だよ。美味しく食べるために育てられた牛」
「カロリーのいたところには、そんな牛がいるのか……」
そういえば、リールルはわたしがいろいろと食材やら道具やらを出しても驚いたりはしない。その品物自体に驚くことはあっても、出してくることにはさほどのリアクションがない。
聞いてみたら、商人で収納魔法の持ち主はそれほど珍しくないんだって。不思議な道具や魔道具を持っている者も多いんだとか。
「さすがに、あれほどのものは見たことも聞いたこともないがな」
リールルはフードトラックを指して笑う。それはそうだろうね。スーパーマーケットもフードトラックも、この世界にはあるわけもないし。
話しているうちに、Tボーンステーキは良い塩梅に焼きあがった。
「さあ、次のも焼けたよ。リールルも、もっと食べてね」
「いただこう。この肉を食べると、力が沸き上がるようだ。ここで力をつけて、もう一度“魔境の森”に挑まないとな」
「え⁉ また行くの⁉」
驚いているわたしに、リールルは平然とうなずく。あれだけ酷い目に遭って死にかけて、せっかく命拾いしたというのに、ぜんぜん懲りてない。
……というか、最初から諦めるなんて選択肢はないみたいだ。
「ねえ、リールル。あの森に、なにかあるの?」
彼女は目を逸らしながら少し考えて、わたしに向き直る。目を見据えたまま、少しだけ声を潜めて言った。
「ああ。ドワーフの隠れ里だ。わたしはそこに、絶対に行かなくてはいけない」
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