第20話 森と木の実と
「森に行く? いまからですか?」
「はい」
晴れた朝、シスター・ミアから聞かされてわたしは首を傾げる。
「“魔境の森”ですよね。危なくないんですか? ゴブリンがいっぱい……わたしとコハクでほとんど倒したとは思いますが、まだ残ってるかもしれないですし、肉食の獣とかもいましたよ?」
「危ないところには近づきません。それと、魔物除けを焚きますから」
「魔物除け?」
シスターが見せてくれたのは、野球ボールくらいの玉。表面が黒っぽくて導火線が付いてるので、見た目はイラストのダイナマイトみたいな感じ。
「これを焚くと、ゴブリンくらいまでは近づいてきません。強い臭いを嫌って獣も逃げていきますね」
「もっと強いやつだったら……?」
「効きませんが、そういう魔物や獣は森の深いところにしか出てきません」
「なるほど。でも、そうまでして森に何の用事があるんですか」
「「「きのみ!」」
「みー!」
子供たちが嬉しそうに言う。木の実。いまは秋の始めみたいなので、野山の恵みが得られる時期なのか。元いた世界も同じくらいの季節だったな。異世界とシンクロしてる部分はあるのかも。
「きちんと加工すると長く腐りません。冬を越すために大切な食糧なんです。小さい子たちは留守番ですが」
「「「えええぇー!」」」
こっちの世界で保存食になる木の実か。それはどんなものなのか、保存食への加工はどうするのか、そしてもちろん味も、すごく気になる。
「わたしも同行させてもらっていいですか? コハクがいれば魔物や獣も倒してくれますし、車を出せば小さい子たちも一緒に行けますから」
「「「わああぁ……♪」」」」
小さい子たちは一緒に行けると聞いて、不満そうな顔から一気に満面の笑顔になる。かわいい。
「ありがとうございます。助かります」
◇ ◇
「「「ぶんぶんぶ~ん♪」」」
わたしが運転するフードトラックの後ろで、子供たちがワチャワチャしながら車に合わせて揺れている。酔わないのか不安だけど、どうやら平気みたい。
子供たちが乗ることになったので、キッチンで邪魔になるものや危なそうなものは片づけた。冷蔵庫にも触らないように伝えておいた。子供がひとりで“スーパーマーケット”から帰ってこれなくなったりしたら大ごとだからね。
「すごい乗り物ですね……」
シスター・ミアは、しきりに感心している。彼女は運転席の隣で床に座って赤ちゃんを抱っこしながら、他の小さな子たちが転げないように身体で支えている。それでも倒れず平気でいられるんだからフードトラックはすごいと。
実はけっこう……というか、かなり揺れてるんだけど、庶民が乗る馬車などはこんなものの比じゃないくらいなんだとか。サスペンションがないから、揺れというよりも突き上げがすごいみたい。うん、それは乗りたくないかな。
「そこを右に曲がってください。しばらく進むとケルベ川が見えてきますから、そこを越えたところです」
「わかりました……ん? ケルベ川?」
その名前、どっかで聞いた気がする。
「にゃ」
おいしいお魚とれるとこ、ってコハクに言われて思い出した。ミラネアだっけ。メルバの屋台で買った、サバに似た見た目の。あれがケルベ川で獲れたと言ってた気がする。
「シスター・ミア、ケルベ川でミラネアっていう魚が獲れると聞いたんですけど」
「獲れますが、わたしたちには無理だと思います」
警戒心が強いとか、深みに棲んでるとか、釣りにくい習性があるとか想像してたら、シスターはあっさり答えを教えてくれた。
「ミラネアが多い場所には、ウォーター・リーパーという水棲の魔物がいるんです」
「へぇ……」
見た目は“羽の生えたシッポの長いカエル”で、仔猫姿のコハクよりちょっと大きいくらい。甲高い声で鳴きながら飛び回って、小動物くらいは丸のみにするんだとか。
う~ん、怖いんだか怖くないんだか……
「その鳴き声を聞くと気を失ってしまうので、人間でも食べられてしまうと言われています」
いや怖いわ。ケルベ川に近づくのはやめとこう。
「「「かわー!」」」
キラキラ光る川面を目にして、子供たちが歓声を上げる。
キレイに見えるけど恐ろしい川なので絶対に近づいてはいけないと、シスターが子供たちに教え込んでいた。
「コハクは、ウォーター・リーパーって見たことある?」
「にゃ」
あるのね。聖獣様からすると怖くはないけど、うっとうしいので嫌い、という感じが伝わってくる。倒しても食べられないし、と言われた。そうね。冒険者とかなら魔物の素材を剥ぎ取って売れるのかもしれないけど、コハクにとっては食べられない時点で要らないってことになる。
「カロリーさま、あの右奥にある大きな木の隣で停めてください」
「はい」
シスターに指定された場所には15メートルほどの大木が生えていて、周囲より少しだけ高くなっていた。厚い葉陰で日差しが遮られているせいか草木はまばらで、とりあえず車は停めやすい。周囲の見晴らしもいい。魔物や獣が近づいてきても、すぐわかる。
みんな車から降りて、シスターから木の実を集める際の注意事項を聞く。
採集中、小さい子たちは車に残るけど、少し長く揺られてたからいっぺん外の空気を吸ってもらおう。シスターが抱っこしていた赤ちゃんは、しばらくわたしが預かる。
「しすたー、なにとるの?」
「最初はリデルの実、ヘイグの実、エミデンスの実と、シムル草ですね」
異世界人のわたしには、いっこもわからないものばかりだ。子供たちはわかってるみたいで、それぞれ美味しい実の見分け方と上手な取り方を話し合っている。
「リデルとヘイグは低木ですから、子供たちでも取りやすいんです」
近くにある木を指して、みんなで赤い果実みたいのを摘んでいく。車のすぐそばなので、コハクには小さい子たちを見ててくれるように頼んでおいた。
「赤い部分は果実で、甘くて美味しいんですよ」
果実を取った後の芯みたいな部分が、木の実として食べられる。脂肪分が多くて栄養があるけれども、そのままではエグ味が強いのでアク抜きが必要なのだとか。
小一時間で大きな布袋がいっぱいになって、それをみんなで車まで運ぶ。
「次はヘイグですね。あそこの、木肌が黒っぽくて黄緑色の実がなっているのがそうです」
シスターは少し離れたところの木々を指すけれども、わたしには見分けがつかない。黒っぽい木肌……あれか。ガジュマルみたいな樹形の。
「ヘイグの木の下には、煎じると薬になるシムル草が生えていることが多いんです。少しだけ奥に行くと、エミデンスの高木も見えてくるでしょう」
シスター・ミアは魔物除けに火を着け、カップホルダーみたいな携行容器に入れて腰にぶら下げる。もくもくと広がる煙は蚊取り線香のような匂いがした。
「では、行ってまいります。小さい子たちをお願いしますね」
「はい、気をつけて」
車から少し離れるようなので、採集組の護衛はコハクに代わってもらう。大きな聖獣姿になったコハクがシスターと年長の子供たちについていった。
年少の子供たちにはフードトラックのなかに入ってもらって、わたしも運転席でお留守番をする。シスターから預かった赤ちゃんを抱っこしながらだ。
テニャちゃんという熊獣人の女の子で、まだ1歳。ふくふくして温かく、柔らかな産毛はむちゃくちゃ触り心地が良い。ああ、かわいい……思わず顔が緩んでしまう。
泣いたときのあやし方とおむつの替え方はシスターから聞いてある。ミルク代わりに飲ませるルードという果汁の与え方も。小さな急須というか吸い飲みというか、この世界の哺乳瓶みたいなものに入れて飲ませる。
用意は万全。張り切っていろいろ覚えたのに、テニャちゃんは幸せそうな顔で眠ったままだ。わたしも見ているだけで幸せなのでヨシ。
「かろりー、あれなあに?」
「あれって?」
不思議そうな顔のエイルちゃんとニーナちゃんに言われて、わたしはフロントグラスから指さされた方を覗く。特になんにも見えない。森の外れのまばらな樹木が広がっているだけだ。
「……あ」
いや、なんかいる。茂みが動いてる。シスターと子供たちが向かったのとは反対側だから、魔物除けの効果も届いてないのかもしれない。
魔物か獣かまだ見えないけど、小さい子たちを不安にさせてもしょうがない。
「車のなかにいれば、全然なんにも心配ないよ。ゴブリンでもドーンって吹っ飛ばしてやったんだから」
とか言ってるうちに、なんか見えた。なんだろ。赤黒いものが茂みから這い出してくる。
「……えッ!」
それは、血まみれの子供だった。
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