第2話 シーバのウェットフードとチュール・クリーミー
わたしはモフモフに、なかでも猫ちゃんに目がない。日本で独り暮らしを始めた頃にペット可の物件を探したけど見つからず、代わりに近所の地域猫を愛でながら日々癒されていた。勝手なエサやりはしないのが地域ルールだったので、撫でるくらいでとどめていたのだけれども。
異世界なら、モフモフとの癒されライフもワンチャンあるかもしれない!
「にゃーにゃー? どこ~?」
キョロキョロしながら声のした方に向かうと、茂みの端でなんかよくわからないツタ状のものに絡まっている仔猫を発見。毛並みは明るめな金褐色で、目の色はエメラルドみたいに澄んだグリーン。さすが異世界。見たことのない種類の猫ちゃんだ。イエネコにしては手足が少し大きめなので、ヤマネコなのかもしれない。
見た目は賢そうな印象だけど……
「フシャーッ‼」
めっちゃ威嚇された。
そりゃそうだ。自由を奪われた状態で人間が近づいてきたら、警戒するに決まってる。
「だいじょぶ、だいじょうぶよ~? 助けてあげるから、ちょっと待ってね~?」
「フウウウゥーッ‼」
うん。信用されてない。それはともかく、絡まってるツタは端っこが樹に固定されていて、なにかの罠のように見える。猫なんて捕まえたところで食肉にもならないだろうし、森の獣を捕まえるための罠に引っ掛かったのかな。
拘束されてから暴れ回ったらしく、複雑に絡んで解きようもない。使われてるツタも、触れてみると植物とは思えないほど硬い。
「ここは“スーパーマーケット”の出番だね」
“Cutter”で商品検索すると、カッターナイフと、工業用の巨大ハサミみたいなボルトカッターがヒットした。
さすがにカッターナイフでは切れそうにないから、消去法でボルトカッターになる。持ち手が長い方が、テコの原理で強力な切断力を期待できそう。大小あるうち大きい方を約4000円で購入。長さ60センチほどの派手な鉄製道具を持って近付くわたしに、仔猫ちゃんは怯えてズリズリと後ずさる。
「待って待って、これで、そのツタを切るの。だから動かないで、ね?」
「……にゃ」
お、今度はなんか通じたっぽい。猫のなかには人間の言葉がある程度わかってるような子がいるんだけど、この子もそのタイプかな。
「まずは、樹とつながってる方を切り離すね?」
バチン!
けっこう力が必要だったけど、罠の根元は切断できた。でも一瞬、魔法陣ぽいものの残骸と妙な青白い光が飛び散って見えたような、見えなかったような。
なんだろ、いまの。
「まあ、いいやどうでも。次、次と……」
絡まっているツタの団子になった部分をたどって、どんどん切断。接続部分を切り離していくうちに、少しずつ猫ちゃんの拘束が外れてきた。そこで気づいたんだけど……
これ、わたし襲われたりしない?
「ねえねえ猫ちゃん、動けるようになってもカジったりしないでね?」
「にゃ」
わかった、と答えた気がした。やっぱ、通じてるよねこれ。
意味もない鳴き声を勝手に解釈して気持ちが通じたと思ってるだけ、なんて言うひともいるけど。そんなこと言ったら人間同士でも……いや、なんでもない。
猫ちゃんは“かわいい”にパラメータを全振りした生き物なので、他のアビリティなど飾りでしかない。まして人間ごときの尺度で測ってはいけないのだ。
「これでよし、っと」
最後につながっていたツタを切断すると、無事にほどけて仔猫ちゃんは自由の身になった。
仔猫ちゃんはわたしを見て、罠の残骸を見て、またわたしを見た。
「だいじょぶ? 動ける?」
「にゃ」
大丈夫、という感じで鳴く。でも立ち上がろうとした仔猫ちゃんは、ぜんぜん大丈夫じゃないっぽい。生まれたての小鹿よりも頼りなげにフラフラしとる。
「ちょッ……⁉」
よろめいたところを危うくキャッチすると、驚くほどに細く、軽い。
これは、怪我や病気じゃなさそう。触れるとハッキリわかるくらい、ガリガリに痩せてる。せっかくの毛並みもツヤとふんわり感がないせいで、あばら骨が浮いてるのが丸見えだ。これは良くない。良くないよ、これ。
「猫ちゃん、お腹へってるんだよね? なにが食べたい? 好きなものは? お肉? お魚?」
「にゃ」
返答は、“魚”かな?
「ちょっと待ってて」
わたしは“スーパーマーケット”のステータスボードを開いて、猫ちゃんの食べられそうなものを探す。
検索してみると、残念ながら魚はヒットしなかった。まだレベル1だからか、「食料品」のなかでも選べるのは「軽食類」と「パン」だけ。生鮮食品は選択できないみたい。「飲料類」にミルクはあったから、なにか器を購入して……
「あ、そうだ」
たしか「ペット用品」の項目があった。ペットフードがないかと見ると、いくつか選択可能になってる。よしよし。
シーバのウェットフード、お魚が入ってるバラエティパックを約2千円で購入。そのへんの樹から大きな葉っぱをむしって、仔猫ちゃんの前に敷くとその上にパックの中身をあける。
「食べてみて。どっちも、お魚だよ」
くんくんと匂いを嗅いで、仔猫ちゃんはすぐに、はぐはぐと食べ始めた。
「にゃ!」
「美味しい? よかった」
違う味がふたつ連結されてる不思議な形のパッケージだ。ひとつでは物足りないようなので、もうひとつ別の味のも追加で開ける。
自分用には、最初に買ったリーシーズのピーナッツバター・チョコレートの残り。せっかく途中で止めたのに、結局全部食べてしまうあたりが完全にデブの生き様だ。まあいい、いまは非常時だし(デブの言い訳)。
「にゃにゃ、にゃうん!」
猫ちゃんが、なんか言ってる。もちろん、なに言ってるのかは想像の範囲でしかないけど。2種類の魚について話してるような印象。
「最初のはサーモン……こっちにいるのかわからないけど、海にいる赤身の魚で、ふたつめのはオーシャン・ホワイトフィッシュって書いてあったから、海にいる白身の魚だと思うよ」
「にゃ!」
満足そうに鳴いてるので、気に入ってもらえたみたいだ。
足りなければもっと出すつもりだけど、その前にちょっと気になる商品を見つけてしまった。
日本でも猫に超人気の“ちゃおちゅ~る”。アメリカでも売ってるって、聞いたことはあった。英語名は“INABA Churu Creamy”だって。“ちゃお”どこ行った。
とりあえず、一番安い約9百円の4本入りパックを購入。猫ちゃんから見えない位置で、こっそり一本を開封する。
「に?」
ウェットフードを食べ切ろうとしていた仔猫ちゃんが、くんと鼻を鳴らしながら振り返る。やっぱり、元いた世界でも異世界でも、食いつきがすごい。
「これ、気になる? わたしのいたところで伝説になってる、猫ちゃん用の魔法のおやつ。食べてみる?」
じゅるり、とヨダレが垂れてる。息が荒く、目がハートマークになってる感じ。
あまりにも食いつきが良すぎるんで、アメリカじゃ“猫用ドラッグ”、なんて呼ばれてるとかなんとか。
「にゃあぁッ!」
差し出した瞬間、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろーって超高速で舐めとられた。
もうないの? って顔されたけど、ちゅ〜るはおやつなのでキャットフードのように正しく栄養が摂れる食品ではない。用法容量を守るのは大事。あげ過ぎると、ふつうの食事を食べなくなったりするみたいだしね。
「また今度あげるからね?」
「にゃ!」
わたしが声を掛けると、返事をした仔猫ちゃんの頭上にピコンと妙な表示が現れた。
“聖獣との従属契約を結びますか?”
「従属契約って、……いや、ちょっと待って」
――聖獣? この仔猫ちゃんが?
「にゃぅ~ん!」
どうも、自分と契約を結べと言っているようだ。結ぶのはかまわない、というかむしろウェルカムではある。夢にまで見たモフモフライフの始まりだ。
ただ、聖獣というのがどういう存在なのかを知らない状態では飼育に責任が持てない。たとえば、毎朝毎晩、聖なる糧を与えなければいけないとか言われても、それがアメリカのスーパーマーケットに売っているとは思えないし。
「なにか、必要な条件とかあるのかな? 猫ちゃんは、わたしと一緒に暮らせると思う?」
「にゃ!」
だいじょぶ! と言われた感じなのは理解した。であれば、できる限りのことをするだけだ。後のことは後で考えよう。
「わかった。契約を結ぶよ」
真名を、と頭のなかに意思が伝わってくる。仔猫ちゃんの心の声なのか、神様の声なのか、システムメッセージなのかは知らない。なんにせよ、名前は必要だ。いつまでも“仔猫ちゃん”てよぶのもなんだしね。
金褐色に輝く、ふわふわで柔らかな毛並み。そこからすぐに名前は浮かんだ。
「“従属契約”……“琥珀”」
「にゃー♪」
まばゆい光の粒子に包まれて、仔猫ちゃん改めコハクが姿を変える。
「えええぇ……⁉」
光が収まった後にいたのは、猫というよりもピューマのような1.5メートルほどのモフモフだった。
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