第19話 農機具ショッピング
ハーメイさんを見送った翌日、わたしはコハクといっしょに畑を見てみることにした。農作業なんてやったことないけど、このまま畑を放置するのも問題な気がしたから。
雑草が生い茂ったりしたら虫もわくし、視界も悪くなる。そうなると“魔境の森”から出てきた魔物の隠れ場所になったり、孤児院側から発見しにくくなるかもしれない。
「かろりーさま、はたけ、きになる?」
わたしが畑を見に行くと言ったら、孤児院の子供たちのなかで畑仕事の経験がいちばん豊富なイリーナちゃんがついてきてくれた。初めて会った思い出の場所だしね。
「うん、ちょっと気になるかな。ハーメイさんの畑、誰も使ってない状態になるでしょ? 全部を使うには広すぎるけど、なにか植えられたら少しは足しになるかって思ったの」
「やさい、できると、みんな、たべられる」
「そうだね」
作るとしても売るための商品作物ではなく、自分たちで食べるための野菜とか果物だ。どうせ奪われるんなら最初から売らなきゃいい。
「やっぱ広いね……」
元ハーメイさんのトウモロコシ畑は、改めて見ると30メートル四方くらいある。ハーメイさんお爺ちゃんなのに、よくこんな面積を管理してたな。
イリーナちゃんと出会ったときと同じく、トウモロコシの茎と葉っぱだけが残っている状態。次になにかを植えるとしたら、片付けるにしても肥料としてすき込むにしても、全部いったん刈り取らなきゃいけないんだろうな。
「はーめいさん、ろば、かってた」
ハーメイさんはどうしてたのかイリーナちゃんに訊いたら、土を耕したり収穫後の作物を片付けたりといった重労働にはロバのパワーも使ってたことがわかった。もちろんロバが全部をやってくれるわけもないので、主な作業はほとんどハーメイさんと奥さんの手作業なんだけど。
孤児院の子たちも収穫のお手伝いをして作物を分けてもらってたみたいだけど、なんとなくそれも寄進の一部というかハーメイさんの気遣いだったように思える。
「う~ん……ちょっと待っててね」
畑の横にフードトラックを出して、冷蔵庫から“スーパーマーケット”に入る。このアクセスの仕方、何度やっても不思議な感じ。購入するだけなら、最初のオンラインショップ形式の方がずっと使いやすいんだけどな。
「さて、と……」
アメリカのスーパーマーケット……というかスーパーセンターならタネとか苗も置いてそうだし、たぶん肥料も農薬もある。あとは便利な農機具があれば欲しい。
とはいえ、わたしの家は農家とも家庭菜園とも縁がなかったので正直あんまり詳しくない。
農機具という商品タグのあるコーナーに向かうと、よくわからないものがいっぱい置いてあった。
欲しいのは草刈り機なんだけど、置いてあるのは芝刈り機ばっかりだ。さすがアメリカ。
畑は平坦じゃないし、トウモロコシの茎とか雑草の刈り取りに芝刈り機は使えない。
「となると……チェーンソー?」
これは電動のもエンジンのも大小取り揃えてあった。木を切り倒すならともかく、これでトウモロコシの茎を刈り取るのって、できなくはないだろうけど効率的でもない。小さいのだと茎に弾かれそうだし、あまり大きいと重すぎて扱える気がしない。
他になにか……
「あ、これネットの動画で見たことある!」
短距離用の火炎放射器みたいな、除草用バーナー。
動画では横着で短絡的なアメリカのおっちゃんが、庭の除雪に使ってた。これで焼き畑農業みたいにトウモロコシの茎を焼けば、畑は片付くし肥料にもなるし一石二鳥!
「……いや、ちょっとマズいか」
あんなとこで派手に煙が上がったら、メルバから丸見えだ。道をたどって10キロそこそこだから、直線距離だと5、6キロくらいしかない。街の衛兵か領主の私兵か面倒な連中が押しかけてきて厄介なことになりかねない。
「ああ、もう……どうするのがいいんだろ?」
ここは地道に草刈鎌で刈り取るしかないのかな。効率を考えると死神が持ってるみたいな両手で振り回す両手鎌? だけど、売ってない。
しょうがないので、片手鎌をいくつか購入。ふつうサイズと大きめのと、刃が円形に湾曲した鎌タイプといろいろ試してみよう。
鎌をいっぱい買い込んだ後で、刈払い機のコーナーを発見。田舎で道端の雑草とかブインブインしながら刈り取ってる、刃が水平に回ってる機械。
「ああ、もう! 必要だったのはこれだよ!」
じゃあ鎌は……って、返品はできないみたい。なんで⁉ アメリカと言ったら返品文化なのに!
価格は約2万6千円。高いのか安いのかもわかんない。
いいや。買っちゃえ。ラインナップは電動が主流だったけど、ガソリン式の……回転紐型刈払い機?
なんで紐? と思ったら、グラスファイバー製の紐みたいなのが高速回転して下草を刈り取るらしい。刈るものによってステンレスの円盤型鋸刃にも取り換えられるみたいだから、トウモロコシの茎くらい大丈夫だろう。
よし決定、これにしようそうしよう。使えるかどうかは、使ってみればわかる。
「ふぃーッ」
グッタリしたけど、とりあえずの買い物は終了。そのままガーデニングコーナーを見ていく。種も苗も種類がめちゃくちゃ多い。花でも野菜でもハーブでもより取り見取り。園芸用の培養土や堆肥も様々なのがあった。
こういう趣味の土いじりって、スローライフな感じで惹かれる。思わずあれこれ買い込みたくなるけど、孤児院に園芸してる余裕はないんだよね。うん。当初の目的を見失ってる。
食べられる作物を育てるとしても、いま収穫が終わったばかりだから種蒔きはもっと先だ。
「おおお、園芸用温室まで売ってる……」
農家で使う倉庫サイズのものから鉢植えがギリギリ入るサイズまで、いろんな素材とデザインで大量のラインナップがあった。買えない値段じゃないし、これなら寒い時期でも畑が維持できるんじゃないかな。
ダメかな。ダメだろうな……
「……にゃ?」
フードトラックから降りたとき、なんでそんなに疲れてるの? ってコハクから不思議がられた。
お金に困らなくなったせいか、物欲が暴走して優先順位を見失ってた。あんまり無駄遣いはしていないつもりだけど、買い物が終わった頃には気疲れしちゃった。
「かろりーさま、だいじょぶ?」
「大丈夫だよ、ありがとねイリーナちゃん。でも畑仕事は……明日からにしようか」
今夜は美味しいご飯を食べて、英気を養おう。
……今日は実質、なんにもしてないんだけどね。
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