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第17話 秣と廃農家

 ドラムスティックのフライドチキンは、アメリカの肉料理の原点にして頂点だ。

 かぶりつくとカリッとした衣が割れて、溢れ出すジューシーな腿肉の旨味。ちょっとスパイシーなシーズニングの風味は噛むごとに濃い肉の風味と混じり合って得も言われぬ味わいになる。

 飢えが日常だった子供たちは、いま声もなく肉を貪っていた。2本の骨付き肉をある者は両手で大事そうに抱え、ある者は両手に1本ずつ握りしめて。


「おいし……」「おいしいぃ……」


 添えられたマック&チーズは、マズい。味は良いんだけど、これはなんというか、非常にマズい。

 味わいはシンプルで、濃厚で、暴力的。口にすると、心の声が叫ぶ。そこを越えちゃダメだって、警告を発する。

 ぷにぷにのマカロニが濃厚なチェダーチーズをまとって、口に入った瞬間ガンと脳に抜けるほどの強さで味蕾を蹴り上げるのだ。

 そうなると、もう止まらない。口に運ぶたびにヘビー級のカロリー(パンチ)が内なる欲望に全力で叩き込まれる。


「うッまぁ……ッ‼」


 あちこちで身悶えるような動きと、呻き声のようなささやきが上がる。そう、アメリカ料理の美味さは、ひととして超えてはいけないラインを平気で超えてくるのだ。

 ひとがカロリーで死ぬとしたら、一部のアメリカ料理は致死量を遥かに超えている。有名なところでは、エルビス・サンドウィッチだ。

 ピーナッツバターとスライスしたバナナ、カリカリのベーコンをたっぷりと挟んだサンドウィッチをたっぷりのバターで揚げ焼きにするという……


「にゃ?」


 なにを難しい顔で食べてるの? とコハクが首を傾げている。考えごとしてたのは確かだけど、なんにも難しいことは考えていなかった。単に摂取するカロリーの高さから現実逃避をしていただけだ。

 この一食で、わたしにまで望まない“豊満神の加護”がついてしまいそうだ。この世界のひとたちはともかく、死ぬまで痩せないとか言われたら、わたしは泣く。号泣する。


「素晴らしいです、カロリーさま。本当に、本当に美味しい……」


 いつも冷静なシスター・ミアも感動するくらいの味だったみたい。


「にゃ!」


 コハクにも同意してる。フライドチキンは食べにくいかと思って骨を外してあげたんだけど、食べ終えた後に骨をペロペロしてる。まだ食べたいのかと思ってお代わりいるか訊いたら、単に舐めたかっただけだって。ライオンとかが骨をガジガジしてた、あんな感じか。


 みんなで幸せな満腹に浸ってたところで思い出した。お土産の串焼きを完全に忘れてたな。まあ、いいか。ストレージに入れておいて、そのうち何かの機会にでも……


「ふあぁ……ッ⁉」


「うわ、びっくりしたぁ!」


 横に座ってたメルとエイルちゃんが声を上げたかと思うと、いきなり光り出してビクッとなる。


“豊満神の加護がつきました”

“豊満神の加護がつきました”


 やっぱり。それ自体は何度も見てきたけど、彼らふたり、いままでの子たちより光り方がすごい気がする。直視したら目が眩むくらいの光量。


「……な、なにこれ……」


「大丈夫よメル。それね、“豊満神の加護”だって」


 死ぬまで痩せないっていう神様の加護なんだと教えたら、それでエイルが元気になれるんならって大喜びしてた。そうね。最初に会ったとき、エイルちゃんは危ないくらいに痩せ細ってたもんね。


「がろりー、ありがど……!」


 涙を流しながら喜んでくれると、こちらとしても嬉しい。エイルちゃんも嬉しそうに笑っているから、幸せならなによりだ。

 でも神様お願い、わたしにはその加護をつけないでください……


◇ ◇


「シスター、ハーメイさん、おはなし、あるって」


 食後の後片付けをしていると、イリーナちゃんがシスターを呼びに来た。


「入っていただいてください」


 わたしは席を外した方が良いかと皿洗いを続けていたら、同席して欲しいと言われた。なんでか聖獣様(コハク)もだという。


「ハーメイさんというのは?」


「お隣の、トウモロコシ農家の方です」


 シスターは孤児院の南側、わたしたちが森から来た方角を指しているから、たぶんイリーナちゃんと会った畑の持ち主だ。当然わたしとはなんの関係もないので、同席を頼まれた理由もわからない。訊こうと思ったところで、シスターはキッチンから出て行ってしまった。


「おお、シスター・ミア。夜分にすまんの」


 長テーブルを片付けた礼拝堂で、お祈りのポーズのままシスターを迎えるハーメイさん。いかにも農家らしく日焼けした、白髪で白髭のお爺さんだった。


「どうされました、ハーメイさん。収穫後は、メルバまで行かれていたんですよね?」


「そうじゃ」


 男性は苦笑しながら首を振る。その目に感情がないのが気になった。


「領主の命令で、御用商人に卸したんじゃがの。……全部で銀貨10枚だと」


「え? 1年分のトウモロコシが、ですか?」


「だったら商人ギルドに売るというと、領主の兵士たちが槍を向けてきて。無理やりに奪われてしもうたわい」


「そんな……トウモロコシを植えろというのは領主からの命令だったんでしょう?」


 ハーメイさんは諦めきった顔でうなずく。一年かけて育てた作物が、たったの160ドルで根こそぎ奪われたとなればそんな顔にもなる。


「去り際に、御用商人は(まぐさ)を植えろと。それが領主の命令だそうじゃ」


「それを聞き入れるんですか?」


「聞くわけなかろう。もう終わりじゃ。あんな領主の言いなりになるのも、こんな不毛の地を耕すのもな」


 ハーメイさんは、吹っ切れた顔で革袋をシスターに渡す。チャリッと音がしたから、中身は寄進(おかね)なんだろう。


「いただけません。ハーメイさんのご寄進がなければ、ここの子供たちは飢えに耐えられませんでした」


「いいんじゃ。子もおらんわしらには、あの子らは孫みたいなもんじゃった。おかげで、楽しく過ごさせてもらった」


 これを機に隠居して、親族の暮らす西部の街オーベルに引っ越すのだそうな。わたしは旅の商人カロリーだと名乗って、ハーメイさんに尋ねてみた。


「その御用商人の名前を教えてもらえますか」


「すまんが、わからんな。名乗りもせんかったが……積み替えるとき見た馬車には羽ばたく鳥の紋章がついとった」


「……ケルベル商会」


「ん?」


 声がして振り返ると、メルがモジモジしながら立っていた。


「……会頭は、領主の弟。……だまして、おどして、なんでも奪うって、聞いた」


「この子は今日までメルバで暮らしてきたんで、街のことに詳しいんです」


 怪訝そうなハーメイさんに、わたしが説明する。なるほど、と言ってお爺さんはメルの頭を撫でた。


「ありがとうな。あんな街で獣人の子が暮らすのは、大変だったじゃろう。ここに来たからには、もう大丈夫じゃ」


 ワシャワシャと撫でられて、メルは恥ずかしそうに笑う。どこにだって、良いひとはいる。そんなことはわかってるんだけど。そんな良いひとたちがみんな苦しんでるようなのが納得できない。


「それじゃあの、シスター・ミア。わしらは明日の朝早くに立つのでな。いままで、世話になった」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 別れのあいさつの後、扉まで見送ったわたしはハーメイさんに金貨を一枚手渡す。


「これを、旅の足しにしてください」


「ん? なんで嬢ちゃんがわしに?」


「言っておきますが、これは施しではありませんよ。あなたが受け取るべきだった、トウモロコシの代金です。わたしにとって、獣人を虐げるメルバの領主は敵ですから。先ほど聞いたケルベル商会とも、いずれ潰し合うことになるでしょう」


 あまり似合わないと自覚しながら、わたしはニヤリと笑って見せる。


「お渡しした分は、わたしが代わりにむしり取ってやります」

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