第16話 フライドチキンとマック&チーズ
「ただいまー」
孤児院に近づくと、車の音を聞いてシスター・ミアと子供たちが外に出てきていた。
「「「おかえりなさーい!」」」
「カロリーさま、聖獣様。ご無事でしたか」
「無事ではあるんですが、困ってた子を見かねて連れてきてしまいました。わたしもできるだけのことはするので、孤児院で預かってもらえますか」
「もちろんですとも」
車から降りてきたメルとエイルちゃんは、ひとがいっぱいいるせいで身を強張らせていた。ふたりにシスターを紹介し、シスターにはふたりが兄妹なのだと伝えておく。
「メル、です」
「……えいる、でしゅ」
噛んじゃった。恥ずかしそうにモジモジするのが可愛い。
「まあ、えらいわね。その歳でメルバ暮らしは大変だったでしょう。これからは、ここが自分の家だと思ってね」
シスター・ミアが優しく受け入れてくれたことで、少しは緊張が解けそうだったエルとエイルちゃんだけど、同年代の子たちから一斉に囲まれて思わず後ずさる。
「新しい子?」「なまえは?」「おれ、みける!」「すごーい、ふわふわー!」
「あそぼうよ!」「はたけ、みる?」「おにくと、やさい、どっちがすき?」
「ほらほら、そんなにみんなで来たらビックリするでしょう」
よく見ると自分たちと同じ獣人の子も多いとわかって、メルが驚いた顔になってる。メルバでずっと虐げられてきたメルからすると、孤児たちの屈託のなさが不思議なのかもしれない。
「ここの子たちも、最初はあなたみたいだったの。これから少しずつ慣れて行ってくれればいいわ」
シスターに言われて、兄妹はうなずいた。
「それじゃ、みんな晩ごはん食べようか。シスター・ミア、夕食の用意はされてますか?」
「いえ、いまから用意するところです」
「ちょうどよかった。わたしにやらせてください」
今回グリルは使わないので、孤児院のキッチンで調理させてもらおう。
フードトラックの冷蔵庫を開けて、“スーパーマーケット”を立ち上げる。まずはチキンの骨付き腿肉を2.3キロ弱の大袋でふたつ、油は迷ったけど香りのいいピーナッツオイルを3.8リットル弱ボトルで購入。調理用の大型ボウルも買っちゃおう。
そして、アメリカンスタンダードのマック&チーズにチャレンジ。アメリカ人のソウルフードにして超定番の家庭の味だ。ここの子供たちにも受けるはず!
育ちざかりの子供たちに肉と炭水化物だけなのは良くないので、なにか野菜も欲しいところ。フライドチキンの付け合わせで定番なのはアブラナ科の葉野菜なんだけど、わざわざ買うほどお勧めしたいものではないかな。
「それじゃ、これで!」
プラスティックのトレイに入った小分けベジタブルセット。小さいニンジン、セロリ、ブロッコリー、スナップエンドウが入っていて、アメリカでは手軽なサラダやお弁当に使われる。
同じようにフルーツのトレイも購入。いちごとメロン、ぶどう、皮つきのりんごと青りんご、パイナップルが小分けされてる。
野菜にも果物にも専用ディップがついてて、付け合わせに使うとしたら1パックで5~6人分くらいの分量か。4……いや5パックずつ買おう。
「うわ重ッ……」
山ほどの食材を抱えてフードトラックから降りると、子供たちが興味津々で待っていた。
「みんな、運ぶのを手伝ってもらえる?」
「「はーい!」」
「カロリーさま、なにするの?」
「美味しいの、いっぱい作るから楽しみにしてて!」
子供たちには、礼拝堂に食事用の長テーブルを出すのをお願いしておいた。
わたしは、まず大鍋にお湯を沸かしてマカロニを茹でる。子供たちはふたり増えて13人になった。シスターとわたしとコハクで16人分……適量がわからない。907グラムふた箱でいいか?
「まずは小さく刻んだベーコンを、ピーナッツオイルで炒めまーす」
青い箱に入ったクラフト社のマック&チーズなら、マカロニも粉状チーズも入っててお手軽簡単なんだけど。今回は子供たちが最初に体験するマック&チーズなので、わたしのお薦めレシピで作ってみたい。
「べーこん?」「おにく?」「おいしそ……」
ベーコンがちょっとカリカリになりかけたら、ミルクを注いでコンソメを投入。それが温まってきたところで生クリームとバター、そしてチェダーチーズを入れる。
このときのコツとしては、“自分のなかの日本人”が「そんなにチーズ入れたら死んじゃう!」と泣き崩れるくらいに投入すること。
日本人にとって、アメリカ料理は罪悪感との戦い(2回目)。美味しいものを食べたければ、避けては通れない道なのだ。知らんけど。
「ここにマカロニを入れて、少し煮詰めます」
「カロリーさま、そちらはわたくしが」
「お願いします」
マック&チーズの仕上げはシスター・ミアにお任せして、わたしは大型ボウルに向かう。
今日のメインはフライドチキン。鶏肉の揚げ物は世界中で人気だけど、アメリカでは南部発祥の超ド定番料理だ。
ボウルに5キロ近い骨付き腿肉を投入。ミルクと卵とコーンスターチの混合液で混ぜ合わせる。このまま漬け置きしたいところだけど時間がないので省略。
小麦粉とフライドチキン用のシーズニングミックスを混ぜた衣を、少し厚めにつける。
「これでよし、と」
大鍋に揚げ油をたっぷり注いで加熱。適温まで上がるのを待つ。
「おにく?」「いっぱい……」「あぶら、どうするの?」
なにが始まるのかと間近で見守っている子供たちに気づいて、少し下がらせる。
「危ないから、こっちに近づいちゃダメだよ? 油がパチッて跳ねたら火傷するからね?」
「かろりーさま、おてつだい、したい」
お利口なお姉ちゃんのイリーナちゃんと、かわいい妹のニーナちゃんが少し離れたところでわたしに言う。
そうだ、あれをお願いしよう。わたしは、プラスティックのトレイに入った野菜と果物のセットを指す。
「イリーナちゃん、みんなのお皿を並べて、野菜と果物を配ってくれる?」
「はい!」
「ニーナも! ニーナも、おてつだい、する!」
「えいるも、おてつだい、したい」
あら。いつの間にやらメルとエイルちゃんも。なんか並べると似た感じの姉妹と兄妹だ。
「それじゃ、イリーナちゃんは野菜、ニーナちゃんは果物をお願い。お皿に載せた後で、真ん中の白いのを少しずつかけてね」
「「はい!」」
「エイルちゃんはパンを配ってくれるかな?」
「あい!」
「メルは、みんなのコップにミルクを注いで。重いから気をつけて」
「……わかった」
配膳は彼らにお願いして、わたしは揚げ油に向き直る。ここからは、真剣勝負だ。
「それじゃ、いきますか」
160度くらいで揚げたいところだけど、温度計は買ってないので少しだけ衣を投入して泡の出方で油の温度を見る。
そういえば骨付き鶏腿肉をドラムスティックと呼ぶのは、アメリカでは一般的だけど日本だとあんまり聞いたことないな。そもそもドラムを叩く細長い棒にぜんぜん似てないしな。
考えごとしているうちに油の温度はちょうどよい感じになった。温度を調節しながら少しずつ鶏肉を投入。じゅわじゅわと上がる揚げ油の音と衣の色を見ながらカラッと揚げていく。
ぐきゅるるるるる……
後ろの方でお腹の鳴る音が聞こえてくる。みんな揃うまで食べ始めないのが孤児院のルールなので、できるだけ急いでどんどん揚げてく。
ここで焦って鶏肉をたくさん入れすぎると、油の温度が下がって揚げ上がりがべチャッとしてしまう。
「お腹減ったよね。もうちょっとだから待っててね」
衣は少し厚くてカリカリした感じでスパイシー、肉は淡白でジューシーな揚げ上がりがアメリカの南部風フライドチキンだ。
アメリカ人は胸肉派が多くて、日本と違って値段も胸肉の方が高い。そもそもアメリカの鶏肉は腿肉だと少し脂がキツいんだけど、それでもわたしはドラムスティックが一番美味しいと思ってる。
このあたり、アフリカ系アメリカ人の歴史も絡んで単なる食嗜好の話では済まなかったりもする。奴隷制時代の可食部位の胸肉と本来捨てる部位の扱いとか。日本の内臓肉にちょっと近いか。
「よし、完璧! みんな、できたよ!」
できるだけアツアツのところを食べてもらいたいので、急いで配っていく。待ちかねた顔で座っている子供たちは、目の前にフライドチキンが置かれるとウットリした顔で鼻をクンクンさせる。
「おいしそ……」「いい、におい」
「とりの、おにく?」「こんなの、はじめて」
大きなドラムスティックがひとり2本ずつ、年齢も体格も食事量も違うので2本にしたけど、足りなければお代わりもひとり1本以上ある。
わたしとシスターで配り終わったところで、シスター・ミアから食事前のひとこと。
「今日から、新しい仲間が加わりました。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
「「「はーい!」」」
「では、女神様と聖獣様、そしてカロリーさまに感謝を」
「「「めがみさま、せいじゅうさま、かろりーさまに、かんしゃを」」」
本人からすると身悶えたくなるいつものフレーズでお祈りを捧げた後、子供たちが満面の笑みでドラムスティックにかじりついたところで一斉に同じ声が上がる。
「「「あちゅッ!」」」
「ご、ごめんッ! 言い忘れてた、熱いからフーフーして食べてね⁉」
コハクも猫だけに猫舌だったらしく、“言うの遅いよ!”みたいな顔で見られてしまった。
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