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第15話 お土産の串焼き

「では、これで契約成立ですね」


 ユーフェムさんは魔導契約印とやらを()した契約書類をミシェルさんから受け取ると、一通をこちらに差し出す。

 これから、とりあえず3ヶ月間、月に一度ずつメルバの商人ギルドに商品を卸す。契約上の商品と納品量は最低保証だけで、追加は都度で交渉の余地を残した。というよりも、そうしてくれと懇願された。契約更新に関しても、そのときな状況と関係しだいだ。


「カロリーさま、ありがとうございました。これから、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ」


 どれだけ緊張してたんだか、ふたりはあからさまにホッとした顔になった。

 わたしも肩の力を抜いて、ソファーにもたれかかる。正直にいえば契約自体は、どちらでもよかったんだけど。


「意外そうですね」


 顔に出ていたんだろう。ユーフェムさんが苦笑する。たしかに、商人ギルドが条件を受け入れるとは思ってなかった。


「正直に言うと、その通りです。この街の商業を管理するギルドが、貴族の領主を敵に回してまで見ず知らずの商人を優先するとは思いませんでした」


「その“貴族の領主”が、この街の商業を壊してますからね」


 ここだけの話、と前置きをしたユーフェムさんは苦り切った顔で言った。


「いまの領主に代替わりしてから、換金性の高い作物や産物は税として取り上げられてきました。小麦もほとんどが領外に運ばれて、メルバの住民はライ麦と芋で食いつないできたんです」


 飢餓輸出ってやつか。わたしにとっては歴史の教科書でしか知らない、政治の失敗例。ここの領主は思った以上に無能か、思った以上のクズか、あるいはその両方だ。


「みなさん、ここから出ていくことは考えなかったんですか?」


「資金と能力のある商人たちの多くは出ていきました。ここに残ったのは地縁があるか、外で商売を続けるほどの力がないか、弱みを握られているひとでしょうね」


 商人だけの話ではなく、住民やギルド職員について訊いたんだけどな。と思ったら、ユーフェムさんは暗い目をして苦笑した。


「わたくしの家は、この街の商人ギルドで代々ギルドマスターを務めてきた家系です。商人の方々が残っている以上は、逃げるわけにはまいりません」


「わたくしは、何度も逃げようと思いました。何度目かは覚えてもいませんが、今度こそ本当に逃げようと思ったときに……」


 ミシェルさんは少しだけ泣き笑いのように顔を歪めて、言った。


「……カロリーさまが、いらっしゃいましたので」


 どうやら変なタイミングで来ちゃったんだなということはわかったけど。彼女の事情は、わたしにはよくわからない。深入りするつもりもない。


「では、こちらが最初の納品分ですね」


 まずは缶詰を引き渡す。ツナ缶やサーモン缶などシーフード各種、パイナップルやピーチ、洋ナシ(ペア―)フルーツミックス(フルーツカクテル)などの果物缶詰。“スーパーマーケット”で安売りしてた豆の水煮(ビーンズ)あれこれと、アメリカでよく見るチリビーンズもだ。

 透明ビニール梱包(シュリンクパック)された缶詰の塊が、テーブルの上で山になっている。契約上の納品量が100個のところ、少し多めに120個を納品した。


 サンプル用の商材も、こっそり混ぜておいた。缶入りソーダやスナックのヴァラエティパックだ。ストレージに入れたままにしとくのも邪魔だし、孤児院の子供たちにあげるには健康に良くなさそうだし。


 あとは毛布(ブランケット)だけど、置くところはないので部屋の隅に段ボールで積んでく。アウトドア用の軽くて小さく丸められるフリース素材のものを何種類かと、家で使うための少しだけ質の良いものを何種類か。こちらも納品数は100のところ少し多めに渡す。どれがメルバの住民に受けるかは読めないから、売れ行きを見て追加を調整しよう。

 どちらも大量のため、段ボール箱が応接室のテーブルや床に積み重なって倉庫みたいになってる。


「契約の規定数は揃えましたので、確認をお願いします」


「甘い汁に浸かった、いろんな果物……♪」


「……これが、毛布ですか? なんという肌触りのよさ……」


 ふたりとも、こちらの話を聞いてない。ミシェルさんは果物の缶詰に、ユーフェムさんはアウトドア用の小さく丸められた毛布に釘付けだ。


「小さく丸められた方の毛布は軽くて暖かいですが、火に弱いので焚火のそばでは使わないように必ず伝えてください。火の近くでも使えるのはこちらです」


 わたしが指したコンパクトなフリース毛布と、アウトドア用の耐火・暴風・防水仕様の毛布だ。商品によって、それぞれ長所・短所が違う。値段もぜんぜん違う。そのあたりはお客さんの用途と好みしだいかな。

 卸値も伝えて、販売価格は好きにしてもらう。


「カロリーさま、こちらで決めても良いのですか?」


「かまいません。わたしがこの街で商売をするとしても、缶詰と毛布(こちらの品)を扱うつもりはないです」


 メルバはそれなりに大きな街だ。あれこれ問題は多いとしても、競合する紹介や商人はそれなりにいる。そんなところでいままでにない商品を扱っても、面倒なことの方が多そうだ。庶民用と考えてピックアップしてみたものの、どう考えても貴族やら富裕層やらが食いついてきそうだし。特にフルーツ缶。甘味が貴重なのだとしたら、価格高騰は避けられなさそう。


「こちらからの条件は、領主と亜人嫌いの連中には卸さないこと。あとはトラブルが起きてもこちらに責任を被せないこと。それだけです」


「承知しました」


 買い取り価格にはかなり色を付けてくれて、金貨で200枚になった。……ということは、ええと……


「……ちょッ、5千万円弱(32万ドル)……?」


「カロリーさま、どうされました」


 思わず絶句してしまったわたしを見て、ギルドのふたりが心配そうに声を掛けてくる。

 ああ、そうだ。スーツを売った450万円弱(28、800ドル)と合わせると、金貨で218枚、約5千3百20万円(34万9千2百ドル)になる。ちょっと使っちゃったけど。

 元いた世界で庶民だった身にはもう、なにがなんだかわからない数字だ。


「だ、大丈夫です」


 気を取り直して答えると、お互いの受け取り書類にサインする。200枚の金貨は、化粧箱(いれもの)ごとストレージに入れた。こんなムチャクチャに重たいもの、手で持ち歩くのは完全にムリだ。


「では、よろしくお願いしますね」


「はい。また来月のお取引をお待ちしております」


 ホッとひと息。孤児院のお土産を買って、早く帰ろう。

 商人ギルドを出ると、陽が傾き始めていた。すぐ終わらせるつもりだったのに、ずいぶん時間がたってたみたい。

 屋台が並ぶ通りを抜けるうちに、雰囲気がおかしいことに気づいた。通りすがる街のひとたちも、なにやら落ち着きない様子で話し合っている。

 昨日、串焼きを買った店でも店主のおじさんが困った顔で腕組みをしていた。あれだけ並んでいたお客さんも、今日は誰もいない。


「それ全部、包んでください」


 昨日食べて美味しかったので、売れ残っていた焼き上がりの串焼きと塩焼きサバに似た魚(ミラネア)をお土産用に買い取る。

 店主はホッとした顔で値引きとおまけをしてくれた。


「なにかあったんですか」


「それが、わかんないんだよ。領主の私兵が道を塞いでてな」


 嫌な予感がした。予感ではなく、確信かも。おじさんが指した方向は、メルとエイルちゃんの暮らす廃屋のあったところだ。


「なんでか西の端で火が出たらしい。ここからでも煙は見えた。あそこは取り壊し中で誰もいないはずなんだけどな……」


「ありがと、また来ます!」


 あんなひと気のない廃墟が燃えるとしたら、放火以外に考えられない。

 わたしは買ったものをストレージに突っ込むと、全力で走り出す。メルたちは大丈夫だって、わかってるけど。聖獣のコハクが一緒なんだから。まかせといてって、言ってくれたんだから。

 それでも、無事な顔を見るまでは落ち着かない。


「止まれ!」


 ああ、もう邪魔! あと少しでメルたちのいた家が視界に入ったのに……

 西に向かう通りを木組みのバリケードで塞いでいたのは、偉そうな態度の男たち。制服は門番のものと似ていなくもないけど、素材が格段に上質で胸に家紋らしき模様が刺繍されてる。

 これが“領主の私兵”か。


「この先は、メルバ領主シリル・ド・メルバ様の命により立ち入りを禁じている。失せろ!」


 蔑みもあらわに言うと、手槍の石突き(うしろ)を威嚇するように地面に叩きつける。聞きかじった話から描いてた領主のイメージそのままの部下たちだった。


「わかりました。なにがあったのか、教えてはもらえませんか」


 念のため情報を得られないか、少し下手(したて)に出てみる。上官と思われる中年男が、こちらに目も向けず侮蔑の表情で吐き捨てた。


「害獣を駆除しただけだ。平民ごときが口を出すな」


 思わず怒りが噴き出しそうになる。わたしには戦闘職とことを構えるような力はない。始めたばかりの商売もダメになってしまう。

 子供には手を出しておいて、相手が強いと腰が引けるのかと嗤う声が聞こえる。


「さっさと立ち去れ。これ以上は領主様への反逆とみなす」


 わたしは、背を向けて立ち去る。すごすごと、シッポを巻いて逃げ出す。背中に、私兵たちの視線が向けられているのを感じた。


「にゃ……」


 通りを中心部に戻ってゆくと、小道からコハクの鳴き声が聞こえてホッとする。小さな声なのは、私兵たちに知られないようにだろう。顔を動かさず目を向けると、木箱の上に仔猫姿のコハクがいた。木箱の陰に隠れているメルとエイルちゃんも。


「にゃ」


 もう一度小さく鳴いて、先に街を出てるって、伝えてくれた。


「ありがと」


 そのまま街の中心で南に折れて、昨日通った南門に向かう。

 門番は入ってきたときとは違うひとだったけど、商人ギルドの身分証と一緒にミシェルさんがサインしてくれた羊皮紙の切れ端も渡す。


「行っていいぞ」


 足止めされるかもとドキドキしてたのに、特にリアクションもなく通された。

 領主が忌み嫌っているのは亜人だけなのか、まだわたしがその仲間とは知られていないのか。いずれ干渉されることは考えなくてはいけないかも。

 メルバの商人ギルドとの契約は3か月だけだ。問題が起きたら更新せず他の街に向かえばいい。孤児院に帰ったら、次に近い街がどこなのかシスター・ミアに聞いてみよう。


「にゃ」


 少し歩いたところで、木陰の茂みから聖獣姿のコハクが出てきた。背中に乗ったメルとエイルちゃんは、なんだかすごく嬉しそう。

 聖獣様というのは、獣人にとっては敬い崇めるような存在なんだろう。


「それじゃ、乗り物を出すから。みんなで、孤児院に帰るよ!」

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