第13話 戦闘開始
結局、その夜はメルたちの屋根裏部屋に泊めてもらった。
暗くなると外に出てフードトラックを出し、“スーパーマーケット”に接続して自分用のシュラフとLEDライト、メルたちのためのキャンピングマットと毛布を購入。丸まって眠るメルとエイルちゃんを、聖獣姿のコハクが寄り添って温めてくれた。混ざろうと思ったがスペースがなく、少し離れてシュラフのなかから見守る。
なかなかに、ほっこりする絵ヅラだった。
「おはよ、かろりー」
「おはよう、エイルちゃん。メルも、おはよう」
「……ぉはょ……」
翌朝、メルたち兄妹は見違えるように血色と毛艶がよくなっていた。ちなみに、まだ“豊満神の加護”とやらはついていない。もっと食べたら加護がつくのかな。孤児院の子たちも二食目からだった気がする。
朝ご飯を食べても、ふたりが光り出す気配はなかった。まあ、急ぐことでもない。死ぬまで痩せない、なんて聞くと加護というよりアメリカ製の呪いみたいで怖いし。
「……おいし」
朝食として出したハムとチーズのサンドウィッチとミルクを、兄妹とコハクは美味しそうに平らげてくれた。光ろうが光るまいが、幸せそうならそれでいい。
モジャモジャした毛もキレイにしてあげたいけど、いますぐ風呂を用意するのは難しい。孤児院に着いたら、みんなを入浴させる方法を考えよう。
「今日は商人ギルドで仕事を済ませてから、お土産を買って孤児院に戻ろうと思ってるの。あなたたちも、いっしょに行かない?」
「……エイルも?」
「もちろん! もし後でメルバに戻りたくなったとしたら、いつでも連れてきてあげる。他に行きたいところがあるなら、そこに送ってあげる。……どう?」
メルとエイルちゃんは顔を見合わせ、恥ずかしそうにうなずいた。
「いく」
◇ ◇
買ったばかりのキッチリした現地服で身を固めたわたしは、ひとりで商人ギルドへと向かう。
コハクには念のため、メルとエイルちゃんの護衛をお願いしておいた。なにかあった場合には兄妹の安全を最優先。危害を加える相手が現れたら、先にメルバの街を脱出して孤児院に戻ってもらうように伝えてある。
「にゃ」
出かけるとき、コハクは“まかせといて!”と笑顔で送り出してくれた。うん、頼りになる相棒だ。
「さて、と」
ギルドのドアを開けた瞬間から、雰囲気が変わっているのを感じた。お客の姿はまばらなのに、空気がピリッと張り詰めている。
「お待ちしておりました、カロリーさま」
今度は、身なりの良い男女がお出迎えだ。来訪時間を伝えてあったわけでもないのに、ずっと待ってたのかな。それとも、わたしが来ることを見越していたか……あるいは見張りを立てていたか。
ひとりは、昨日も会ったミシェルさん。ただ着ている服が、上流階級っぽいものに変わっている。
昨日はたまたま受付業務に就いていたのか、立場のあるひとがなにかの目的で受付嬢を装っていたのか。真相は不明。極論を言えば、どうでもいい。
「わたくしは、商人ギルドのギルドマスターを務めております、ユーフェムと申します。以後お見知りおきを」
まずは年配の男性が会釈して微笑む。表情は柔らかく落ち着いた雰囲気だけど、相手を見通すような目力の強さがあって、油断できない印象を受ける。厳しいビジネスの場で鍛え上げられれば、良いひとでも悪いひとでもこんな目になることはあるので先入観を持つのはやめておこう。
「お越しいただきありがとうございます。昨日ご挨拶させていただきましたが、わたくしは商人ギルドの事務長を務めておりますので、本日も同席させていただきます」
なるほど。ミシェルさんは受付を含む事務方のトップみたいな感じなのね。わたしの読みは合っていたような間違っていたような。どちらでもいいのには変わりない。
「こちらへ」
招かれた先は、二階の応接室だった。昨日は受付カウンターの前だったのに、えらい待遇が上がった。すぐに若い女性がお茶とお茶菓子を運んでくる。ミシェルさんの部下になるのか、事務職っぽい真面目そうなひとだ。
差し出されたお茶にお礼を言うと、彼女はなぜか嬉しそうに微笑む。その表情を見て、イタリア製チョコを分けてもらったんだろうと察しがついた。
「まず、ひとつお伝えさせてください」
口火を切ったのは、ギルドマスターのユーフェムさん。
「わたくしどもは、カロリーさまとのお取引を全面的に、できうる最大限の力で行うつもりでおります」
いきなり対応が変わった理由は、ミネラルウォーターかチョコレートか。少し考えていたわたしに、ミシェルさんが笑みを浮かべる。
「魅力ある商材をお持ちの方とお取引したいと思うのは、商人であれば当然です。もちろん、それによって長く付き合いのあった方々にしわ寄せが来るようではギルドの対応として論外ですが」
彼女はそう言って、テーブルの上に羊皮紙を差し出してきた。
「いまメルバで需要のある商材で、競合する商会がないものをまとめました。お目通しいただけますか」
書かれた一覧の上段は食品系のラインナップ。これは、わたしが身分登録用の書類にそう書いたからだ。下段には別枠として食品以外が並んでいる。どれも高価な希少品で、利幅が大きそうなものばかりだった。
わざわざ資料を作ってもらっておいて悪いんだけど、あまり参考になるものではないかも。この資料は、購買層として一般市民を想定していない。
それはミシェルさんの責任ではなく、昨日わたしがやり方を間違ったせいだ。
「すみません、昨日お見せした商品で誤解させてしまったようですね。わたしは、貴族や富裕層を相手にしようとは思っていません」
「「えっ⁉」」
ユーフェムさんとミシェルさんが、そろって小さく驚きの声を上げる。
表情は笑顔を保って隠そうとしているものの、理解できないと思っているのは丸わかりだ。もしかしたら、このひとたちからすると、“商人なのに儲けたくない”と言っているようなものなのかもしれない。
「では、どのようなものをお考えですか?」
「とりあえず最初に考えているのは、保存食と毛布です」
わたしが答えると、落胆と失望を隠しきれないミシェルさんが、餌を求める仔犬のような顔でこちらを見る。
「保存食も毛布も大変ありがたく、待ち望まれている素晴らしい商材です。……ですが、……あの、お菓子などは……」
昨日イタリア製チョコを渡したのは完全に失敗だった。この街の領主がクズって知らなかったこともあるけど、あれは駆け出し商人としてナメられないためのマウントでしかなかった。
いまとなっては菓子類なんて、嫌な奴らからボッタクる道具としか考えられない。
「仕入れられますが、数は限られますし、かなり高額になります」
「それは……大変失礼ながら、昨日いただいたもので、どのくらいでしょうか」
「だいたい、1280ドルですね」
「「ぜひ」」
買うんだ。仕入れ値の100倍で吹っ掛けたのに、ギルドのふたりはあっさりと乗ってきた。このあたりの違和感は、わたしが階級社会を知らないせいかも。
買ってくれるんなら、それでもいいか。お金を持ってる相手からは、せいぜい儲けさせてもらおうっと。
「それと、もうひとつ。わたしが商品を卸すのには条件をつけさせてもらいます」
「なんなりと」
「亜人に差別意識を持つひと、排斥に加担するひとには売りません」
ピクリと、ギルドマスターの表情が強張った。またゴミの回収くらいに考えていたのか、ミシェルさんも笑顔のまま固まっている。
「……そ、それは……」
「特にメルバ領主シリル・ド・メルバとその家族は、わたしとの商業的接点を完全に断ってください。もし商品が流れていることがわかったら、この街から手を引きます」
ふたりは目を伏せて黙り込む。
やっぱり、難しいんだ。わたしの商品の購買対象として考えているのが貴族と富裕層だとしたら、たぶん差別主義者と層が重なるんだろうね。
まして、この街の長である領主を締め出してまで商業活動が行えるかは疑問だ。
このひとたちが亜人について、どう考えているのかは知らない。亜人に肩入れするこちらをどう思おうと興味はない。単なるビジネス上の関係、それも出会ったばかりの相手だ。イヤになったら手を引くだけのこと。
「……」
しばらく沈黙が続く。孤児院でなにかあったときのために言伝を頼むつもりだったけど。どうやら、それは不要になりそうだ。
昨日もらったばかりのギルドカードをテーブルに置き、わたしは一度だけの質問をする。
「それが取引の条件です。是か非か。他の答えは必要ありません」
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