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第11話 アイスと服と屋台メシ

休日なのでストックからもう一本追加!

「……がらがっだぁ……」


 お店を出てしばらくしても、まだ口のなかが痛い。喉までガラガラになってる。

 コハクはホットソースを完全拒否してたから、トウモロコシ巻きを美味しく堪能できたみたいでズルい。


「にゃ」


 自業自得、みたいな顔をされた。


「どりあえず、銀貨1枚は手に入った。次に行ぐ前に、どごがで宿の値段を聞いでみようがな」


 なにか甘いものでも口に入れて、この塩辛声をなんとかしないと。“スーパーマーケット”にアクセスしようにも、街中ではフードトラックを出すスペースがない。こんなとこで出したら大騒ぎになっちゃうしな。

 いまストレージに入ってるサンプル用の商材のなかに、甘いものはない。チョコは商人ギルドで渡しちゃったし……と思ったら、昨夜みんなで食べたアイスクリームの残りがあった。商品ではなく、ほぼ空の容器としてだけど。


「もうムリ、舌が痛い……」


 街の中心にある広場まで来ると、隅のベンチに腰掛ける。バケツサイズのアイス容器を出して、底に残ったわずかなアイスを口に入れた。スプーンはないので、指ですくうしかない。こんなもん街中で抱え込んで手づかみで貪ってるのは、特殊なデブみたいで少し恥ずかしい。


「あまい……」

 

「にゃ」


 自分も欲しい、みたいな顔で鳴かれたのでコハクにも指先ですくって差し出す。ひんやり甘い乳製品パワーで、口のなかの辛さはだいぶ緩和された。


「……」


 ふと視線を感じて横を向くと、なにやらモサモサした毛の塊がこちらを見つめていた。たぶん羊の獣人なんだとは思うんだけど、あまりに薄汚れていてよくわからない。


「たべる?」


 もうあんまり残ってないアイスの容器を差し出すと、その子は奪い取って走り出した。逃げなくてもいいのにと思いながら、獣人の子がメルバ(この街)で暮らしていくのは辛いことなんだろうなと切なくなる。孤児か育児放棄された子か、ひどい姿だった。あげたのがアイスの残片だけだったのも悔やまれる。


「にゃ」


 コハクが、少しだけニュアンスのわからない声で鳴く。

 これからずっと、飢えた子をみんな助けるのか、って訊いてる気がした。


「だよね……」


 貧困の解決は社会の問題、為政者の仕事であって、異世界から来た部外者のすることじゃない。そんなの、わかってる。野良猫にエサやりするのと同じ独善的偽善で、そこに暮らすひとたちにとっては“悪意なき悪行”だ。

 無計画で感情本位の施しは、与えられた者の自立を妨げる。継続したとしても途中で手を引いたとしても、しばしば感情的対立を生み、結果として社会規範を乱す。


「はあ……」


 わたしは噴水脇の水道で手を洗って、またメルバの街を歩き始めた。


◇ ◇


「朝食付きで一泊が銀貨1枚だね」


「ありがとうございます。また来ますね」


 メルバの宿を何軒か回って、それが庶民的な宿の標準的な価格だとわかった。

 ということはつまり、いまの手持ちでは一泊して終了だ。お土産どころか夕飯も食べられない。

 “スーパーマーケット”内のキャッシュはあるから食料を買うことはできるものの、街中ではフードトラックが出せない。となるとストレージに入れておいた商材を食べるしかないんだけど、買い取り目的なのでそのまま食べられるものは少ない。


「もう一軒くらい、買い取りをお願いしてみようか」


「にゃ」


 まかせろ、って感じで先導してくれるコハク。聖獣様は、この街のことを知ってるのか。それとも、単なる勘と嗅覚か。


「にゃ?」


 ここなんかいいんじゃない? という風に紹介されたのは、意外なことに服屋だった。店内から店先まで、こっちの世界のひとが着ている、生成りというか素材のまま染めていない布地のシンプルな服が並んでいる。

 店先ではダンディ未満な感じのこざっぱりした中年店主が、女性のお客さん相手にあれこれ服の説明をしていた。


「ええ、それは王都から運んできた婦人服ですからね。すぐ売り切れるから買うならいまです。たったの大銀貨2枚」


「あら、こっちも良いわね」


「お目が高い。貴重な染料で染め上げた鮮やかな赤がすばらしいでしょう。元は金貨で取引されるような布地なんですが、少しほつれと色ムラがあるので大銀貨5枚になっています」


 服は、意外に高価なのがわかった。話に出てきた数字からしても、いくつかある値札を見ても、単位はほぼ大銀貨だ。布地自体が貴重品なんだろう。きれいに洗われてはいるようだけど、ほとんどは古着だった。

 そりゃそうだよね。元いた世界だって産業革命以前は、統一規格での大量生産は行われていなかった。すべて手仕事で仕上げた布を、さらに手仕事で作られた服だもの。使い捨てにはできないし、高価になるのも当然だ。


「ああ……“スーパーマーケット”で手に入れた服を持ち込めばよかったのか。大金持ちになれるかもだけど、たぶん大騒ぎにもなるね。……あと、異世界のひとがモッサリしたアメリカ人ファッションになっちゃう」


「にゃ!」


 そうじゃなくて! みたいな顔で怒られた。なに? わたし、いま服屋で売れるものなんて持ってきてないんだけど……

 チョイチョイ、ってわたしの胸元を指すコハク。


「あ、そっか」


 門番さんにもツッコまれたのに完全に忘れてた。いま着てる服を売って、現地の服に着替えればいいんだ。


「どうしました、なにか問題でも?」


 ご婦人の応対を終えた店主が、わたしのところにやってきた。服屋の主だけあって、すぐにこちらの服をしげしげと眺め始める。


「これはこれは、とても珍しい生地ですね。……そして、素晴らしい縫製(仕立て)です。意匠も変わっていて、こんな服は見たこともありません」


 変わってるのかな。変わってるんだろうな。こっちに女性用パンツスーツなんてないだろうし。そもそも、こっちに来てからウールの布も、黒く染めた布地も見てない。門番の男性が来ていた制服には識別用なのか青い帯が巻かれていたが、色のついた布は帯だけだった。

 問題は、日本で10万円もしなかった服が、どれくらいで売れるかだ。


「ありがとうございます。これを買い取ってもらうことは可能でしょうか」


「ええ、もちろん。願ってもないことです。金貨7枚……いいえ、12枚でどうですか?」


 高ッ⁉ 金貨って、“スーパーマーケット”の換金レートだと1、600ドルとか出てた気がする。12枚だと……300万円弱(19、200ドル)!!!


 オオオォッ! 一気に大金持ちだ!


 いや、落ち着け。にやけそうになる顔を引き締めて、わたしは店主さんにこちらの世界の服を見せてもらう。


「わたしは旅の商人で、こちらの服飾文化をあまり知らないんです。明日、商人ギルドで取引がありますので、少し身なりがよく見える服をお願いできますか?」


「はい、こちらへどうぞ」


 店内に案内され、とても丁寧に説明を受けながら堅めの服を一着と普段着を二着、そしてこちらで標準的な女性用の革靴を選んでもらった。

 ちなみにブラウスが金貨2枚、パンプスが金貨4枚になり、合計で金貨18枚。おまけに現地衣料は靴まですべて無料サービスにしてくれた。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 現地人ぽい普段着に着替えたわたしは、ホクホク顔の店主さんから最敬礼で見送られた。金貨2枚分は使いやすいよう銀貨と大銀貨にしてもらい、残りの服と一緒にストレージに入れた。

 こっちは想像をはるかに超える大儲けだったけど、向こうも利益を乗っけて売れる算段があるんだろう。とりあえずはWin-Winだ。


「すごいよね、コハク! あのお店だけで450万円弱(28、800ドル)だって……!」


 せっかくの大金、それも現地通貨だ。“スーパーマーケット”には入金せずストレージに保管しておこう。この街で使う分は、手元に銀貨を何枚か残しておけばいいか。

 なに買おうかなあ……まずは食べるものでしょ、それから孤児院のお土産と、あとは……


「にゃ」


 落ち着け、みたいな感じでツッコまれた。世俗の金勘定からは超越した存在なせいか、聖獣様は冷静である。


「とりあえず、どこかで軽くなにか食べようか」


「にゃ♪」


 ご機嫌な返事が返ってくる。ちょっと前にトウモロコシ巻きを食べたけど、それはそれだ。辛さは体温を上げてカロリーを消費するからね。そして、わたしは商人として現地の食事情を市場調査しなければいけないのだ。

 デブの常套句みたいだけど、街を歩き回るのには体力が必要で、体力にはカロリーが必要だ。


「にゃ」


 てこてことコハクが向かった先は、なにかを焼いている屋台だった。

 売り物は串に刺した肉と、見た目がサバに似た魚の塩焼きと、よくわからない野菜かなにかを炙ったもの。あれこれ焼ける煙が周囲に香りを拡げているせいか、ひっきりなしにお客さんが訪れている。


「おじさん、肉と野菜の串をふたつ……いや、3本ずつ。この魚はなんですか?」


「ケルベ川で獲れたミラネアだよ。いまは脂が乗ってて旨いよ」


 コハクに目をやると“食べたい!”という反応だったので、そのミラネアとやらをひとつ追加。魚は一匹丸ごと焼かれた姿のまま、串焼き肉と炙った野菜らしきものはまとめて、それぞれ経木(きょうぎ)みたいな薄い木の皮に載せてくれた。


「はい、大銅貨6枚と銅貨2枚のおつりね」


 いっぱい買っても3ドルくらいだった。近代以前の社会って、食材などの非耐久消費財は安いんだっけ。いや、でも衣料品も非耐久消費財(そのひとつ)だったような……


「まあ、いいや。食べよ食べよ」


 店先に並べられた丸太椅子で街のひとたちが食べていたので、わたしとコハクも空いていたところに座る。


「はい、どうぞ。熱いから気をつけて」


「にゃ♪」


 串焼き肉は塩味の豚肉っぽいもので、焼き加減も塩加減も絶妙。臭みもなくて美味しい。味付けはシンプルに塩だけなのに、素材と技術で美味しく仕上げてる。


「やっぱりスパイスは出回ってないか、あっても高価なんだろうね」


「にゃ……」


 コハクはミラネアの塩焼きに夢中で聞いてない。どうやら気に入ったみたいで、はぐはぐと嬉しそうに食べている。


「この野菜は……なんなんだろ。カボチャのようなサツマイモのような」


 味の大まかなイメージで言うと、串に刺した焼き芋のような感じ。

 ほっこりした柔らかな実が炙られたことで、素朴な甘みが引き出されてる。インパクトはないものの、じんわり美味しい。


「こういうのがお土産っていうのも、いいかもしれないねえ」


「にゃあ」


 魚を平らげて満足げに顔を上げたコハクが、なにかに気づいて目で追う。


「あ」


 さっき広場で見た、モジャモジャの(たぶん)羊獣人の子だ。ちょっと身体の大きい子たちに追いかけられてる。獣人の方が体力があるのか、足の速さでは引き離せてるようだけど、相手はどんどん仲間を呼んで囲まれて捕まってしまった。


「コハク」


「にゃ」


 残りの食べ物をストレージにしまって、わたしは子供たちの方に向かう。路地裏に引きずり込まれていくのを見て、この街の嫌な面を目の当たりにするのかと暗い気持ちになった。






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