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第10話 メルバのトウモロコシ巻き

 やったった、みたいなドヤ顔で商人ギルドを出たわたしは、そこでふと我に返る。


「あ」


 忘れてた。現地通貨を確保するのが目的だったのに、顔合わせと顧客開拓で終わってしまった。先行投資とはいえ、持ち出しだけで実入りはなんにもない。


「いまさら戻るのも変だし……お金を作るとなると、どこかの商店で物を売るしかないかな」


 通りを見渡してみると、商人ギルドから街の中心部に向かう道に、露店が並んでいた。見えている商品の陳列がいかにも雑多な感じで、なんだか楽しそうだ。


「ちょっと見て回ろうか」


「にゃ」


 冷やかしに覗いてみたところ、売っているのは冒険者用の武器や防具、古着と思われる衣料品。食品関係は搾りたての果実水や炒った木の実、塩を振った串焼き肉など。価格は安くて賑わっているが基本的に安物ばかりで、コハクの反応を見る限り“スーパーマーケット”で買ったものの方が良いという感じだった。

 小銭も持ってないから、欲しくても買えないけどね。


 中心部に近づくごとに屋台は減り、ちゃんとした店舗が多くなっていく。


「どこかで商品を買い取ってもらおうか。どこがいいかな……」


「にゃ」


 コハクが一軒のお店を指す。喫茶店のようで、店先には飲食用の小さなテーブルと丸太を切った椅子が並んでいた。


「へえ。ここがいいの?」


「にゃ!」


 そうだとばかりに鼻を鳴らすコハク。この子も最近、けっこう舌が肥えてきたかな。アメリカの食品ばかりで、身体まで肥えてきそうで怖いんだけどね。


「いらっしゃい。なんにします?」


 恰幅の良い40くらいの女将さんが笑顔でわたしたちを招き入れる。

 見たところお客さんはいないみたいだから、少し交渉しても邪魔にはならないかも。


「わたしは旅の商人で、カロリーと言います。申し訳ないんですが、なにか商材の買い取りをお願いできないか、相談させてもらえませんか」


「へえ、旅の商人かい。どうりで変わった格好をしてる」


「はい。買い取ってもらえるものがあれば、もちろんお店にお金を落とさせてもらいますよ」


「面白そうだ。あいにく店も暇なんで、話を聞かせてもらおうかね」


 招き入れられた店内ではお爺ちゃんがお茶を沸かしていて、その隣でお婆ちゃんがなにやら餃子の皮みたいなかたちのものを量産してた。

 なんだかホンワリした雰囲気で落ち着く、好きなタイプの店だ。


「こちらは、このお店の名物ですか?」


「そうだよ。このあたりはトウモロコシの産地なんでね。練ったトウモロコシの粉を平らに焼いて、肉と野菜を挟むのさ。うちのは旨いよ?」


 なるほど。孤児院の近くにもトウモロコシ畑があったな。レシピも見た目も、メキシコのタコスに似てる。スパイスの香りはしてないから、たぶん味はけっこう違うんだろうな。スパイスを出すのが簡単なんだけど、もし街と商人ギルドへの影響が大きい場合はお店に迷惑が掛かりそうだ。


「お茶は……香草茶ですか?」


「ああ。飲んでみておくれ。こちらのお代は結構だよ」


 淹れてもらったお茶を、ありがたくいただく。カモミールに似た香りで、たぶん孤児院で出されたものと同じだ。シスター・ミアは庭の畑で摘んだ香草だと言ってた。

 それを伝えると、女将さんはクシャッとあけっぴろげな笑みを浮かべた。


「もしかして、アンタも孤児院の出身なのかい? そうは見えないけどねえ?」


「いいえ。たまたま、あそこの子供たちと知り合っただけですね。一緒にご飯を食べて、昨夜は泊めてもらいました」


 それは良かった、と言いながら背中をパンパンと叩く。


「この街にも、あそこを出た子が何人かいるよ。つらい目に遭っただろうに、ほとんどは真っ当に暮らしてる。きっとシスターの教育がいいんだろうねえ」


「はい。とても良い子たちでした」


 さて、挨拶が済んだところで商談だ。

 ストレージには、いくつか商談用に商品をピックアップしてある。なにが良いだろな。気の良い女将さんだからなんであれ買ってはくれそうけど、どうせなら義理ではなく本当に喜んでもらえるものにしたい。


「にゃ?」


 孤児院で食べたのはみんな美味しかったよ、とコハクがアドバイスしてくれた。そうだね。“スーパーマーケット”だけに、強みはやっぱり食べ物だ。


「こんなのはどうです?」


 いくつか商品を出すと、女将さんは目を丸くして驚く。でも驚いてるのは商品に対してではないみたいだ。


「スゴいじゃないか。アンタ収納魔法が使えるのかい?」


「ええ、長旅で荷物は負担になりますから。あんまり大きなものは無理ですけどね」


 “収納魔法”とやらの標準値がどのくらいなのか知らないので、当たり障りのないように答えておく。

 なるほどね、と言いながら女将さんは商品を手に取った。ふたを開けてクンクンと匂いを嗅ぎ、ぶん殴られたように顔をしかめる。


「ぶへッ! なんだい、これは⁉」


「すんごく辛いソースです。この味はお客を選びますが、好きなひとは好きなのではないかと」


 女将さんは少し考えて、ちょっとだけ指につけて舐める。その後は百面相みたいになりつつ、お茶を飲んで辛みが落ち着いてきたところで笑いながらわたしを見た。


「なんでまた、これをうちに売ろうと思ったんだい?」


「個人的な勘なんですが、お婆ちゃんの作っているそれに合うんじゃないかと思ったんです」


「トウモロコシ巻きに? そうなのかねえ……」


 思ったよりそのまんまのネーミングだった。異世界タコス改めトウモロコシ巻きに合うかは未知数ながら、興味は持ってもらえたみたいだ。


「これは、()くらになるかね?」


 舌がヒリヒリしてるのか少し活舌がおかしい女将さんが、値段を訊いてくる。

 “スーパーマーケット”での価格は、いま出した354ミリリットル(12液量オンス)入りのボトルで3.8ドル。倍くらい大きな680ミリリットル(23液量オンス)ボトルで6.3ドルだ。

 どうしようかな。わたしはステータスメニューを開いて、換算レートを見る。


【換金レート】

・金貨:1、600ドル

・大銀貨:64ドル

・銀貨:16ドル

・大銅貨:2ドル

・銅貨:50セント


 この数値が市場の実情に沿ったものなのかは、まだ検証できていない。そもそも現地貨幣での換算は、レートだけではなく食品や調味料の市場価格を知らないと適正値が読みにくい。

 うん、“旅の商人”という設定なのに勉強不足だったかも。悩んでいるわたしを見て、女将さんが不安そうな顔になる。


「もしかして、かなり高いのかい?」


「そうでもないです。12オンスボトル(そちらのもの)で大銅貨2枚ですね。もっと大きな23オンスボトル(こちら)と合わせて、銀貨1枚。おまけにこちらの、さらに辛いソースをつけますよ」


「もっと辛いのかい⁉ ……いや、面白いじゃないか。ぜひ買わせてもらうよ」


 あまり儲けを考えず、乗っける利益は少しだけにした。この街で最初の商いは、おカネより出会いを優先しよう。まだ“スーパーマーケット”に資金そのものは残っているから、いま必要なのはこの街で使うための現地通貨だしね。


「それじゃ、銀貨1枚だ。こちらはおまけに、トウモロコシ巻きをつけるよ。アンタの勘が正しいのか、そのソースをつけて食べてみておくれ」


 笑顔で言われたけど、わたし実はあまり辛いものが得意じゃない。でも、まさか売った人間がそれを言うわけにもいかない。ありがたくいただこう。

 カロリー以外には食に保守的なアメリカ人が食べられるくらいのソースなら、死にはしない。……はず。


「めぢゃぐぢゃがらいでずうぅ……ッ!」


 お婆ちゃんのトウモロコシ巻きは、ホントにタコスみたいでとても美味しかった。

 ホットソースの掛かったふた口めからは、まったくなんにも味がわかんなかったけど。

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カレーとかにしときゃいいのにw 無茶しやがって。
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