第1話 リーシーズのピーナッツ・バターカップス
新作始めました。
ストック分ある内は8時と19時公開で進めますので、よろしくお願いします。
「……なにこれ⁉」
目覚めると、わたしは鬱蒼とした森のなかにいた。
いやいやいや、待って。アメリカ出張からの帰国便、エコノミーのクソ狭シートでアクロバティック爆睡してたとこまでは覚えてるんだけど。
「なにか不測の事態が起きて、機内から放り出された……とか?」
だとしたら生きてないか、少なくとも大怪我はしてると思う。それに、周囲になんらかの痕跡が残っているはず。
「なんにもない……」
見渡してみても、モッサリした木と草の他にはなにも見えない。墜落機の残骸も、機体が森を薙ぎ倒した物理的ダメージも、炎も煙も散乱した荷物や乗客も、なんにも。
自分の身体を調べてみても、怪我や痛みどころか服に汚れさえもない。一張羅のパンツスーツにパンプス。預けた荷物の紛失対策でパスポートと財布とスマホは身に着けてるけど、他の私物はない。当たり前だ。トランクはチェックインのとき預けてあるし、手荷物も座席の上にある、あの……なんてったっけ、あれ。
「座席頭上の……手荷物入れ?」
わたしの言葉に呼応するように、目の前で光る板が現れた。
「ん?」
懐に触れると、お財布が消えてた。いつの間にやらスマホもパスポートもなくなってる。その代わり、画面上に表示が増えた。
【プロフィール】天籟 香里(24)
【体力】218/256
【魔力】489/512
【攻撃力】64
【防御力】32
【ストレージ】財布/鍵/ボールペン/i-phone/パスポート/ハンカチ/ウェットティッシュ
【キャッシュ】152ドル40セント
【スキル】スーパーマーケット(レベル1)
【サブスキル】オンラインショップ
「これ……ステータスボード?」
ゲームでプレイヤーの性能や成長値なんかが表示されるものだ。一瞬なんでこんなもんが現れたんだろうと思ったけど、わたしが“ストレージ”って言ったからかな。よくわかんない魔法的な処理として、持ち物を収納しちゃったみたい。
「これは完全に、異世界転移って感じかー」
なんでか不思議なくらいに冷静だった。正直、あまりに現実感がなさ過ぎて驚きも焦りもツッコミも出てこない。
さてどうしたもんかとは思うものの、現実問題として、どうしようもない。どうやって生き延びるかって話になるんだろうけど、ここがどんな世界かによる。
実は隠れファンだった乙女ゲームの世界とかだったら良かったのに。いまのところ王子様も悪役令嬢も出てきそうにない。あのジャンルは転生じゃないと立ち位置ないしね。
それよりなにより、思っきりスキルに表示されている“スーパーマーケット”というのがもうツッコミ待ちにしか見えないくらい違和感ある。
異世界でスーパーマーケットって、美味しい日本の食材で現地人を魅了して和やかにスローライフを満喫するヤーツだったら、それはそれで不満はないんだけれども。
ホントに期待していいの、これ?
「す、スゥパァマーケッツ!」
海外出張帰りなんで無駄に発音を気取っちゃったりなんかして、ピコンという電子音とともに開かれたスキルメニューを見たわたしは思わず固まってしまった。
「たしかに、オンラインショップの画面だね、これ」
そこに並ぶ商品は、見覚えがある。アメリカに住んでいた頃に何度も利用した、庶民向け巨大スーパーマーケットのものだ。日本人の感覚でいう“スーパー”ではなく、ホームセンターと合体した郊外型の“スーパーセンター”だ。消費大国アメリカだけあって、品ぞろえも店舗も商品そのものも日本のそれとは桁違いに幅広く、巨大で、さらに言えば安っぽく大味だ。
うん、“美味しい日本の食材で現地人を魅了”の線は消えた。
商品の項目は他にも大量にあるのに、ほとんどが非表示状態になってる。これは、まだレベルが1だからかな。
「軽食類」「パン」「飲料類」が選択可能になってるから、とりあえず飢え死にの心配はなくなった。「キャンプ用品」「簡易工具」などもあるから、最低限の生活はできそう。
「異世界なのに、なんでアメリカのスーパーマーケットなんだろ」
わたしがアメリカで暮らしてたのは小学校五年生までだ。日本に戻った後は、それほどアメリカとつながりはない。今回の海外出張も、たまたま帰国子女だからってだけで押し付けられただけだし……
「まあ、いっか」
自分のスキルはわかった。ある程度は状況も理解した。わかんない問題は先送りにして、なにを購入しようかと頭を悩ます。
手持ちの現金は152ドル40セント。滞在先での支払いのほとんどはクレジットカードだったから、チップ用に両替しておいた小額紙幣と小銭の残りだ。日本ではキャッシュレス派だったこともあって、手持ちの貨幣はわずかなドルだけ。なのにクレジットカードは使えないみたい。となると最初の購入アイテムからこの世界の現地通貨を手に入れて、徐々にステップアップしていくしかない。
異世界わらしべ長者クエスト開始ってとこかな。この世界が和やかイージーモードであることを祈ろう。
安心したら、小腹が減ってきた。
「とりあえず、こんなときには糖分補給!」
糖分は心の栄養だ。困ったときにはまず甘いものと相場が決まっている。知らんけど。
チョコレートの品揃えを見て、いかにもなアメリカらしさに苦笑する。定番のハーシーズにキットカット、スニッカーズ、そしてアメリカ人が大好きなオレンジ色のパッケージ。
「おお、久しぶりのリーシーズ。日本では見かけないんだよね、これ」
端数の2ドルほどで、ごく小さなパッケージを購入。
リーシーズといえばピーナッツ・バターカップス。アメリカらしい雑で甘ったるいチョコがカップケーキ型になっていて、なかにはアメリカの甘くないピーナッツバターがぎっしり。合わさると甘じょっぱくてクセになる、まあ簡単に言えばカロリーの塊だ。
齧りつくとアメリカ菓子特有の強烈な甘さが脳に突き抜ける。糖質と脂質が身体に染み渡ると、空腹とともに不安や焦燥も収まる。問題を先送りにするような感覚で、なにもかもがどうでもよくなる。アメリカがデブの楽園になるわけだ。
危うく4個入りを一気に食い尽くしそうになって、2個で止める。一番小さいパッケージとはいえ、80グラム弱だから日本人感覚では小さくない。アメリカの商品を見てると、サイズの感覚がバグる。さらに言えば、体形と体重の標準値もだ。
ここだけの話、まだ小学生でしかない在米中の方が現在より体重があったんだよね。
「気をつけないと。あの国は魔窟だ。……ん?」
そのとき、どこかで猫の鳴く声が聞こえてきた。
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