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07. 助言と注意喚起(Sideレイビス)

「団長、王太子殿下が本日の午後にお時間が欲しいとのことですよ。従者から先触れが来ました」


 王宮内の魔法師団棟にある団長執務室で、私が机に向かって書き物をしていたところ、ふと団長補佐官・サウロの大きな声が耳に飛び込んできた。


 同時に机の前に立った彼の影が書面に落ちてきて、私は万年筆を持った手を止める。


「はぁ〜やっと気づいてくれましたか。何度も呼びかけたんですよ? 相変わらず団長は研究に夢中になると周りが見えなくなるんですから困ったものです」


 どうや先程から何度も私に声を掛けていたらしい。まったく気づかなかった。


 サウロはやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、呆れぎみの顔を私に向けた。


「その書き物、研究の考察をしているんですよね? 今度はなんの研究です? 魔法師団絡みではなさそうですし、また趣味のやつでしょう?」


 何もかもお見通しといったふうにサウロに指摘され、無言で頷く。その通りだったからだ。


 元聖女を被験体とした治癒魔法に関する研究を始めて、かれこれ三ヶ月が経つ。これまで一週間に一回の頻度で十二回の実験を進めてきた。


 その結果と考察を今まさに紙に書き綴っていたというわけだ。


「なんだか浮かない顔ですね。研究が上手くいっていないんですか?」


 団長に就任した頃から補佐官として私に付いてくれているサウロとはもう四年の付き合いだ。私より一つ年下の伯爵家三男なのだが、兄二人を見て育ったせいか、柔軟で要領がよく、人の機微に聡い。


 感情が表に出ない無表情な私の状況も何も言わずとも汲み取ってくれる上に、他の団員との緩衝役にもなってくれるので、今や手放せない補佐官だった。


「ああ、偶然見つけた文献から立てた仮説を検証しているんだが、なかなか思うような結果を得られなくてな」


「団長が研究に行き詰まってるなんて珍しいですね。魔法に関することならばなんでも朝飯前。高度な魔法を自由自在に扱う腕前と豊富な魔力量で、この国始まって以来の天才と言われているレイビス・フィアストンなのに」


「今回は今までの研究と勝手が違うんだ」


「そうなんですか? で、具体的にはどんな研究なんです?」


 一瞬そのまま答えてしまいそうになったが、思いとどまった。


 厳密に言えば、この研究は完全なる趣味というわけでもない。王家からの頼まれごとでもある。それに治癒魔法に関する研究をしていることが漏れれば、教会が横槍を入れてきかねない。


 返答するまでの短い間でそれらが頭の中を瞬時に駆け巡った私は、結局機密事項にあたるから話せないと言葉を返した。


「機密ということは、察するに王家も絡んでいるんじゃないですか? それならちょうど午後に王太子殿下と面会されるんですから、意見を聞いてみたらどうです? 王太子殿下は魔法に関して造詣が深い方ですし、なにか新しい着眼点を得られるかもしれませんよ」


 察しの良いサウロは、機密という言葉だけで大体の事情が分かってしまったようだ。


 そして実に建設的な意見を述べてきた。


 ……確かに。アルヴィンになら現状報告も兼ねて意見を求めてみてもいいかもな。ちょうど次の段階に進みたいところでもあるし。


「そうだな、そうしてみよう。……それで面会は何時だ? 午後に新人魔法師への指導が予定されていたと記憶してるが」


「夕食前にとのことです。新人魔法師への指導の件はご心配なく。副団長に依頼しましたので調整済みです」


「さすがサウロだな。助かる」


 サウロはやはり優秀だ。

 彼が補佐官として手際よく執務を捌いてくれるから、私は余計な雑務に手を煩わされず、こうして研究に没頭できる。


 サウロを労いながら、私は万年筆を机に置く。研究の考察は一旦休止だ。心置きなく研究に熱中するためにも、自身に課された仕事はこなす必要がある。


 頼りになる補佐官がいい笑顔をしてドサっと持ってきた各種報告書に私は目を通し始めるのだった。


◇◇◇


「悪いね、レイビス。わざわざ時間をとってもらって。予定は大丈夫だった?」


「補佐官が調整してくれたから問題ない。私もちょうどアルヴィンに聞きたいことがあったからむしろ都合が良かった」


「へぇ、僕に? 何を聞きたいの?」


「アルヴィンの方が話があるんだろう? それはいいのか?」


 西空が橙色に染まり、静かに夜の気配が近づいてきた頃、私はアルヴィンの私室を訪れていた。


 私室という極めてプライベートな空間を面会の場所として指定するあたり、かなり内密な話があるようだ。


 それを察していたため、アルヴィンに尋ねたいことはあるものの、まずは本題をと配慮したのだが、アルヴィンは軽く笑って私に先を促した。


 どうやら単純に私からの質問に興味を引かれているようである。


「それじゃ遠慮なく聞くが、恋人を相手に見つめ合いや、手や頬への身体的接触を果たしたら、次の段階は何をすべきだと思う?」


「へ⁉︎ 恋人……⁉︎」


 余計な前提は省き、核心の部分のみを率直に尋ねたところ、アルヴィンは鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまった。


「アルヴィンは妻もいるし、そういったことに知見があるだろう? リキャルドに聞く手も考えたが、あいつがいつも相手にしてるのは恋人ではなく、遊びの女ばかりだからな。参考にならないと判断した。それで何をすべ――……」


 アルヴィンが黙ったままのため、私はなぜアルヴィンに尋ねているのか理由を重ねて説明する。


 その間に絶句して固まっていたアルヴィンは平常運転に戻ってきたようで、私の言葉を遮って「いやいやいや」とツッコミを入れてきた。


「レイビス、ちょっとストップ! なぜ僕に尋ねてきたのか理由は分かった。他でもないレイビスからの質問だから僕も真摯に答えると約束するよ。……ただ! ただその前に!」


「なんだ?」


「レイビスに恋人が出来たって理解でいいんだよね⁉︎ 女性にまったく興味がなかったあのレイビスに! いつから⁉︎ 相手は⁉︎」


 立て続けに問われ、そこでようやく私は自分の失態を自覚した。


 これが研究の話だと伝えていなかったのだ。


 さらに言えば、研究の核となっている仮説についても確かアルヴィンには話していなかったと思う。


「悪い。この話の前提を伝えそびれていた」


「前提? どういうこと?」


「実は今のは、この前言っていた治癒魔法を取り戻す研究の話だ」


「えっ、研究? それと恋人がどう繋がるの? 話が見えないんだけど……」


 よく分からないと疑問符を浮かべるアルヴィンに、私は仮説を始めこれまでの研究の進捗などを手短に説明した。


「……つまり、レイビスに恋人ができたわけではなく、元聖女ティナと仮説検証のために恋人ごっこをしてるって理解であってる?」


「ああ、その通りだ」


 事情を把握したアルヴィンは、なんとも言えない表情になり、肩をすくめ、私に視線を向けた。


「なんていうか……レイビスらしくはあるね。興味を持ったことに対してなら一直線というか、手段を問わないというか。よく元聖女が協力してくれたね……?」


「まあな。協力を得るためにこちらも報酬を用意するなど手は尽くしたからな」


「ああ、そう。うん、分かった。……それで質問は次の段階に進むにあたり何がいいかってことだったよね?」


 ここまで前提の説明で時間を食ってしまったが、やっと聞きたかった核心部分だ。


 私は軽く頷き、アルヴィンに再び尋ねる。


「何か考えはあるか?」


「そうだなぁ、やっぱりデートとかじゃない?」


「デート?」


「二人で外へ出掛けて、会話を交わして、心の距離を近づけるんだよ。スキンシップも恋人らしい行為ではあるけど、やっぱり心の触れ合いが大切だと思うな。遊びの相手との違いでもあると思うしね」


「なるほど、心の触れ合いか」


 自分の引き出しにはなかった意見だ。

 遊びの相手と対比して語られると、説得力が増す。


 まったく反応が見られず行き詰まっている今、心の触れ合いというこれまでとまったく違う方向性の行為は試してみる価値がありそうだ。次の段階として最適だろう。


「僕も妻とは結婚前にお忍びで城下へデートに行き、心を交わし合ったからね。あ、そうそう。デート中、女性を褒めるのも大事だよ」


「褒める?」


「レイビスは基本的に必要なことしか話さないでしょ? それに無表情で何考えてるのか相手は分かりづらいだろうし。だからあえて言葉にするよう心がけた方がいいと思うよ。それが褒め言葉なら女性も喜ぶだろうし、雰囲気も良くなるはずだからね」


 さらにアルヴィンから経験に基づく助言を与えられ、私は忘れないようしっかりと頭に留めた。


 さっそく次の検証で試してみる心づもりだ。


「さて、それじゃあレイビスからの質問にも答え終えたことだし、そろそろ本題に入るね」


 話にひと段落ついたところで、アルヴィンはテーブルの上にあったティーカップに口をつけ一息つくと、そう切り出した。


 打って変わって真剣な面持ちを私に向ける。


「実は僕達の周囲にサラバン帝国の手の者がいる可能性がある」


「それは……」


 告げられた情報に息を呑む。


 面会の場に私室を指定されたのも納得だ。それほど機密性の高い話である。


「この前サラバン帝国の動向にきな臭さがあると話たのは覚えてる?」


「ああ、もちろん。父上や弟とも話し合って、あの後すぐにフィアストン領にある国境の警備は強化した。騎士の配備も見直し済みだ」


「ありがとう。国境領を守るフィアストン公爵家が備えてくれているのは心強いよ。ただね、敵は外からだけではないかもしれないんだ」


「国内の貴族に密通者がいるかもしれない、と言いたいのか?」


「その可能性が否めなくてね。というのも実際に過去の事例があるんだよ」


 そしてアルヴィンは以前に起こった事件を詳説(しょうせつ)し出した。


 サラバン帝国とは今から十年前に大戦があったのは周知の事実だが、その戦争のさらに十年前に密通の容疑をかけられて投獄された者がいたそうだ。


 若くして伯爵家を継いだ青年貴族だったという。彼はサラバン帝国に国内の情報を流すほか、敵国の工作員を侵入させる手引きまでしていたそうだ。


 だが、その悪行が露呈し、サラバン帝国の手の者は一掃された。


 これにより、あともう少しというところで侵略計画を丸潰しにされてしまった帝国は、一旦手を引き大人しくなったらしい。


 それから力を蓄えて再び仕掛けてきたのが、十年前の大戦なのだという。


「僕も大戦当時は成人前の十四歳で、そのさらに十年前に起きたという密通事件は知らなかったんだ。先日父上から教えられてね。レイビスは知ってた?」


「いや、私も初耳だ」


「どうやらサラバン帝国は、戦争を仕掛ける前に内部から攻めようとする傾向があるらしい。工作員が放たれていたり、うちの貴族が取り込まれていたりね。今回もその可能性があるかもしれない。だから、レイビスにはくれぐれも身辺に留意して欲しいんだ」


「分かった。重々気をつける」


 アルヴィンからの注意喚起に私は深く頷き、真摯に受け止めた。


 なにしろ私は、国境領を守護するフィアストン公爵家の嫡男であり、武力において騎士団と双璧をなす魔法師団の団長である。


 敵国にとって間違いなく邪魔な人物の一人のはずだ。


 ……有事に備えてやはり一刻も早くティナには治癒魔法を取り戻してもらわないとな。


 両国の緊張感が高まる中、以前アルヴィンが言っていた通り、魔力量が桁違いに豊富なティナのチカラがあるか否かは勝敗に影響してくるだろう。


 アルヴィンの私室を後にした私は、シンと静まり返った王宮の廊下を一人歩く。


 研究熱は今やひっそりと影を潜め、代わって切実な使命感が胸に宿っていた。


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