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03. 好都合な被験体(Sideレイビス)

「なぁ、聞いたか? 聖女が教会を追い出されたらしいぜ」


「その話なら教会側から王家に報告があったよ。どうやら治癒魔法のチカラが失われたらしい。教会としてはもう一人聖女がいるから問題ないそうだよ」


「もう一人の聖女というと、ネイビア侯爵家のミラベル嬢だろ? 彼女だけになって本当に大丈夫なのか? 追い出された元聖女の方が長年治癒活動に従事してきたんだろ?」


「教会側はこれまで通りって言ったけどね。……ん? レイビス、黙り込んでどうかしたの?」



 王宮内の一室。

 私は王太子のアルヴィンと宮廷騎士団長のリキャルドと三人で酒を飲み交わしていた。


 幼少期からお互いを知る気心の知れた友人達であり、職務から離れた極めて私用の会合だ。


 アルヴィンとリキャルドが聖女について話し出したのを耳にした途端、私の意識は別のところへ飛んでしまっていた。


 先日ふらりと足を運んだ古書を扱う店で手に入れた文献を思い出していたのだ。


 何かを考え始めると黙り込むのは私の悪い癖だ。


 酒を飲む手を止め口を閉ざし、ついあれこれ思考に耽っていたところ、目端が利くアルヴィンが私に声を掛けた。


 その声で自身の思考の中から引き戻される。


「いや、少し気になることがあって」


「気になること?」


「なぜ元聖女は治癒魔法が突然使えなくなったのか。そのチカラを取り戻す方法はないのか。気にならないか?」


 私が率直に思ったことを告げると、アルヴィンは苦笑い、リキャルドは呆れた顔を向けてくる。


「レイビスらしいね」


「あーあ、また研究馬鹿のスイッチが入った。レイビスは昔っから興味を持ったことに対してはとことん突き詰めるよな〜。その興味が魔法にしか向かないけど。もうちょっと女にも関心を持てばいいのに。なぁ、アルヴィン?」


「まあ、王太子の立場から言うと、二大公爵家の子息達には早く結婚してこの国の将来を担う子を成して欲しいけどね。二人ももう二十四歳なんだしさ。私も昨年妃を迎えたけど、結婚っていいもんだよ」


「お〜惚気かぁ? 俺はレイビスからも女の話を聞いてみたいもんだわ。無表情な上に無愛想で、しかも令嬢方に辛辣な言葉を放つもんだから今や社交界で遠巻きにされてるもんな。せっかく顔がいいのに本当にレイビスはもったいない。アルヴィンを見習って早く結婚しろよ?」


 昔馴染みだからこその気やすさでリキャルドが私を揶揄う。


 騎士団長として職務はしっかり遂行するリキャルドだが、私的な場でひとたび口を開けば女の話ばかりで若干うんざりする。


「そういうリキャルドだって結婚してないだろ。人のこと言えないと思うけどな」


「レイビスの言う通りだよ。私は二大公爵家の子息には、と先程言ったんだ。つまりラシュート公爵家の次男であるリキャルドにも向けた言葉だったんだけどなぁ」


「分かってるって。でも俺はいいや。まだまだ色んな令嬢達と遊びたいし。世の中には美女が多くて一人には絞れないんだわ。それに俺の場合は次期公爵かつ次期宰相の兄がいるから問題ないしな」


 自分への結婚勧告はするりと受け流してリキャルドは得意げに笑う。


 女好きで華々しく浮き名を流しているのはあいかわらずのようだ。


 だが、これでいてラシュート公爵家の者として相手の女の見極めはきちんとしており、綺麗に遊ぶから誰も強くは咎めない。


 その辺りのバランス感覚が絶妙なのがリキャルドだった。



「美女といえば、チラッと耳にしたところ、その追放された元聖女ってなかなかだったらしいな。アルヴィンは見たことあるのか?」


「数年前に会ったことはあるよ。確かに整った顔立ちの、清純な雰囲気の美人だったね」


「その元聖女って、教会を追い出された後、今どうしてるか知ってるか?」


 思うところのあった私は二人の会話に加わり元聖女の所在を尋ねてみた。


 すると何を勘違いしたのかリキャルドがニヤリと口角を上げる。


「もしや、美人だと聞いてレイビスは元聖女に興味を持ったのか?」


「興味はある。だが私の興味はあくまでも“治癒魔法を使えなくなった聖女”だ。言うまでもなく研究対象としてな。今までは治癒魔法の謎を解き明かしたくても教会に囲われていて機会がなかったが、教会と関係が切れたのなら尚更都合がいい」


「なーんだ。結局研究かよ」


 期待外れというようにわざとらしく肩をすくめるリキャルドをよそに、私は情報を持っていそうなアルヴィンに視線を向けた。


 しかし、残念ながらアルヴィンも元聖女の現況は知らないらしい。


 教会側も追放後については感知していないという。


 ……まあ、調べようと思えばできなくはないな。探知魔術を応用すれば可能だろうし。


 そう頭の中で算段をつけていると、突然アルヴィンが王太子としての顔に切り替わり、真剣な眼差しで私に問いかける。


「治癒魔法を再び取り戻せる可能性って本当にある? レイビスは何か心当たりがあったりするの?」


「やってみないと分からないが仮説はある。実際に色々試して効果を検証する必要はあるけどな」


「つまり元聖女ティナの協力が必要ということだよね? そういう話なら一度王家で彼女の行方を探ってみるよ」


 何を思ったのかアルヴィンは私の研究のために突然協力を申し出てきた。


 そのことに何かしら感じるものがあったのは私だけでなく、リキャルドも同じだったらしい。


 臣下の顔になった私たちは姿勢を改めてアルヴィンの方を向き、視線で問いかける。


「やっぱり二人は鋭いね。教会は一人いれば安泰だと自信を見せているけど、王家としては治癒魔法を使える聖女は一人でも多い方がいいと思っているんだ。……特に今はね」


()()という言葉に含みがあった。


 一体何が起きているのかと胸騒ぎがして眉根が寄る。


「これはちょうど今日王家からフィアストン公爵とラシュート公爵――二人のお父上にも共有したのだけど。……実は最近のサラバン帝国の動向がどうも怪しい。きな臭さが漂っているんだ。近いうちに戦争もありうるかもしれない」


 声を潜めながら告げられた内容に、私とリキャルドはゴクリと唾を呑む。


 サラバン帝国とはこの十年停戦状態となっている。十年前の大戦では我が国が大勝利をあげ、その結果サラバン帝国は大きく国力を落としたからだ。


 サラバン帝国と隣接するフィアストン領でも、戦争直後こそ緊張状態だったものの、この十年は平和なものだった。


 国境線での検問はしっかりしているが、対サラバン帝国を想定して集められていた騎士は、近年開墾や内政に回されている。


 たが、サラバン帝国は野心の強い独善的な侵略国家だ。他国を攻めて領土を奪い取ることを正義としている。


 だからいつかは動き出すだろうとは思われていた。この十年はおそらく再戦を仕掛ける資源や人材が不足していただけで、(きた)るべき日に備えて()の国はじっくり力を蓄えていたに違いない。


 ……いよいよサラバン帝国が国力を回復させ、再び侵攻してくる可能性があるのか。気が抜けないな。


 国境地であるフィアストン領を治める公爵家の嫡男としても、宮廷魔法師団の団長としても、アルヴィンの話は決して聞き流せないものだった。


 それは宮廷騎士団を預かるリキャルドも同じだったようで、先程とは打って変わって厳しい表情が顔に浮かんでいる。


「戦争となれば多くの負傷者が出るだろう? その時に治癒魔法があるのとないのとでは武力に大きな差がでる。サラバン帝国には聖女はいないはずだ。つまりそれは聖女の存在が我が国の強みでもあるということだからね」


「確かに重症でも瞬く間に治癒してしまう奇跡のチカラだからな。何度攻めても治癒されて騎士や魔法師が復活するなら、あちらにとっては厄介なことこの上ないだろうな」


 騎士団長のリキャルドにはその状況がありありと想像できるのだろう。アルヴィンの言葉に同意するよう深く頷いた。


「治癒魔法が使えなくなった元聖女ティナは、魔力量が桁違いに多いんだ。二人はその噂は聞いたことがある?」


「ああ、確かに。元平民なのに尋常じゃない魔力量らしいと耳にしたことがある」


「……これは公になっていないけど、どうやらミラベル嬢の魔力量を軽く五倍は超えるらしいんだよね」


「軽く五倍……。ミラベル嬢も高位貴族だからそこそこ多いだろうに。レイビスの魔力量に匹敵するくらいなんじゃないか?」


 リキャルドに視線を向けられ、私は軽く首を捻った。


 なぜならその問いに答えを持ち合わせていなかったからだ。


「さぁ? 計測してみなければ分からない。不明瞭なことに同意はできないな」


 一般的に魔力量は身分に比例する傾向にある。高位貴族ほど魔力が多いのだ。おそらく魔力量が多い者同士が結婚して、子に引き継がれるからだと考えられている。


 だというのに、(くだん)の元聖女は平民でありながら、私に匹敵すると思われる魔力量を持つ。これは異例すぎる。


 ……その点においても研究対象として大いに興味を引かれるな。


 様々な謎を内包する存在に私の研究心がますます刺激される。


 そんな私の心の内を見透かしたようにアルヴィンはこちらを見て小さく笑うと、話を続けた。


「つまりね、戦時になった時にそんな豊富な魔力量を誇る聖女がいれば確実に私たちの有利になる。だから失われた治癒魔法が再び戻る可能性があるならば、レイビスにはぜひ研究をお願いしたいんだよね」


「王家公認の研究かよ。こりゃ、レイビスの研究馬鹿に拍車をかけるんじゃねぇのか? 良かったな、レイビス?」


「まあ、私はもともと自分の仮説を検証するつもりでいたからな。アルヴィンに頼まれても、頼まれなくてもやることは同じだ。ただ……」


 自分のスタンスを告げながら、私は最後にチラリとアルヴィンを見やる。


 どうしても一言釘を刺しておきたいことがあったからだ。


「……その元聖女を王家に取り込む手伝いはしないからな。それを望むならアルヴィン自らがやってくれ。あくまでも私の興味は研究。そして公爵家の人間として、戦時に備えて治癒魔法を取り戻すことだ」


「レイビスには敵わないな。本音を読み取られていたね。うん、分かってる。レイビスはただいつも通り研究に没頭してくれればいいよ」


「んん? なんだ? どういう意味だ?」


 私の言葉にアルヴィンはやや気まづそうに頭を掻き、リキャルドは「訳が分からん」と私とアルヴィンを忙しなく交互に見た。


 ……やはり王家は聖女を取り込みたいのだな。ここ数年、教会が力を持ちすぎているから無理もない。


 神の教えを説く教会だが、治癒魔法を持つ聖女の存在を全面に打ち出すようになってから急激に影響力を増していた。


 治癒を武器に国家に対しても強気に出られる立場になったのだ。


 今のところ教会と王家は表立って明確に対立していないが、王家にとって油断ならない存在だろう。


 その教会が二人のうち一人の聖女を自ら追放したのだ。


 治癒魔法を使えなくなった――つまり役に立たなくなったゆえの処遇だろうが、もしそのチカラが再び手に戻るならば?


 もはや教会の息がかからぬ聖女を、再び教会に取り込まれる前に王家側に欲しいと思うのも自然な流れだ。


 その展開も見越した上での私への依頼だったのだろう。


 ……公爵家の人間として責務は果たすが、教会と王家の権力闘争には巻き込まれたくはない。私はただ興味のある研究をとことんできればいいのだから。


 そんな私の考えはきっと聡いアルヴィンなら察している。


 アルヴィンはあっさり私からの指摘を認めると、研究だけしてくれれば良いと述べたのだった。


 その言葉通り、数日後にアルヴィンは元聖女の行方を調べた結果を報せてきた。


 驚いたことにその行方というのは、私の父が領主として治めるフィアストン領だった。


 そこなら私もなにかと動きやすいし好都合だ。


 残念ながらフィアストン領のどこにいるのかは不明との報告だったため、私はさっそく瞬時移動魔法でフィアストン領に赴き、探知魔法で彼女の居場所を特定した。


 探知魔法はもともと魔物を探知するための魔法なのだが、応用すれば魔力を持つ存在なら同様に突き止めることができるのだ。


 特に元聖女は突出して魔力量が多い。

 フィアストン領という限られた領域内で、その魔力を感知するのは比較的容易なことだった。


 突き止めた場所は、「ここに本当に元聖女がいるのか?」と思わず疑わしくなるような宿屋だ。


 実際に足を運んで宿屋を前にした私は自分の目が信じられなかった。


 元とはいえ、長年教会で確固たる地位に就き、人々から崇められていた聖女だ。


 てっきり高慢な女なのではと想像していた。


 もう一人の聖女ミラベル嬢がまさにそうだからだ。彼女であればこんな宿屋にはまず目もくれないだろう。


 そして宿屋の主人に面会を申し入れ、しばらくの後に姿を現した元聖女と実際に対面し、やはり思い描いていた人物像とは違うという事実を思い知った。


 元聖女ティナは、アルヴィンが話していた通り、穢れとは無縁な清らかな雰囲気を纏う女だった。


 白く透明感溢れる肌、柔らかな薄桃色の長い髪、温かみのある金色の瞳。客観的に評価して美人だと言えるだろう。


 高い地位に長年在位していた割に横柄さがなく、非常に控えめな態度なのだが、なぜかやたら謝礼に反応していた。


 ……こんな貧相な宿屋に泊まっておきながら金に目がないとはチグハグだな。


 金に困る経験がない私には、金欠という状況が思い至らず、そんな感想を抱いた。


 こうして謝礼に目を輝かせた元聖女を被験体として、私の仮説を立証する研究が幕を開けた。



 この研究が(のち)に、私の運命を大きく左右することになるとは思いもせずに――。

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