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10. 忍び寄る敵国の影(Sideレイビス)

 ……果たして心の触れ合いは叶ったのだろうか?


 今回の実験を終え、瞬間移動魔法でティナを邸宅へ送り届けた私は、久しぶりに実家である領主邸へ立ち寄っていた。


 父と弟に会うためだ。

 サラバン帝国に関する情報交換を行いたいと考えていた。王都とフィアストン領では得られる情報が異なるからだ。


 先日アルヴィンから伝えられた情報を信じていないわけではないが、複数の相手から話を聞き、精度を高めたいと思っていた。


 しかし、なにぶん先触れも出さずにふらりと立ち寄ったものだから、当然父も弟も今は他の予定が入っている。


 突然顔を見せた私に領主邸の使用人達も驚いていた。


 だが、さすが鍛えられた熟練の者たちばかりである。すぐに応接間へ私を案内すると、紅茶でもてなしつつ、父と弟へ話を通しにいってくれた。


 結果、三十分後に会う時間をとってくれる手筈となっている。こんな急な来訪に応じてくれるのは、おそらく父と弟も王都周りの情報を欲しているのだろう。


 こうしてしばしの待ち時間ができた私は、淹れてもらった紅茶を啜りながら、先程までの実験を振り返っているわけである。


 ……泣かせてしまったのはまずかっただろう。褒めたつもりだったのだが。


 いまだにティナがなぜ涙を見せたのかはよくわからない。


 ただ、顔を隠そうとした彼女を咄嗟に抱擁した対応は間違っていなかったように思う。


 ……それにしてもデートとはなかなか有意義なものなのだな。


 アルヴィンに助言されたものの、街歩きをするなど無駄な時間だと最初は思っていた。実験でなければ絶対に私は実行しなかっただろう。


 だらだらと歩くくらいなら、魔法に関する文献を読んだり、新たな魔法を考案したり、団員と魔法談義をしたりする方がよっぽどいい。


 街を歩くにしても、視察など目的を持って見て回りたいと思っていた。


 だというのに、ティナとの街歩きは思いのほか充実した時間だった。


 市場では未知の美味しさに巡り会えたし、治癒魔法が使えなくなった原因に繋がるかもしれない興味深い話も聞けたし、それに彼女の笑った顔も見ることができた。


 ……ティナは微笑むことはあっても、声を出して笑うようなことはあまりないからな。


 だからこそ印象に残ったのだろうか。


 耐えようと思ったのに思わず溢れてしまったと言わんばかりの自然な笑みには思わず目を奪われた。


 薄い金色の瞳を柔らかく細めて、少女のようにくすぐったそうに笑う様子は、誰が見ても愛らしいと思うに違いない。


 そしてもうひとつ印象的だったのが、ティナの体の華奢さだ。


 あの小ささと細さには、本気で大丈夫かと不安に駆られた。これでよく十年もの間、聖女として治癒活動をしてこれたものだ。


 魔法を行使するのは案外精神力と体力がいる。呪文を唱えれば簡単に使えるというわけではない。


 治癒魔法は呪文は不要なようだし、他の魔法と同じとは一概に言えないが、とはいえその点はそう大きくは変わらないだろう。

 

 誰よりも魔法を研究しており、桁外れに魔力量の多い私だからこそ、聖女としていかにティナが教会へ尽くしていたのかが理解できる。


 彼女の献身は賞賛に値する。


 しかもティナはチカラが使えなくなった今も、治癒魔法を使わない方法で苦しむ人々を救おうとしている。


 私はその彼女の心のあり方はとても好ましいものだと感じていた。


 ……だというのに、治癒魔法が使えなくなった途端に手のひらを返すとは教会は腐っているな。


 ここ数年の教会の驕りぶりは、目を覆いたくなるような酷さだ。


 以前はそうでもなかったらしいが、聖女を得てからというものの、治癒魔法を武器に貴族を懐柔して次々に味方に取り込み、平民人気も得て、国内での発言力を高めていった。


 今では王家へも口出しをしてくる、権力に執着した集団に成り下がっている。


 ……そんな状態であるからこそ、教会がサラバン帝国と繋がっていたり、神官に工作員が紛れこんでいたりする可能性も捨てきれないな。


 ティナから聞いた話も引っかかっている。


 彼女が治癒魔法を使えなくなる前に、いつもと違う行動を見せたというある人物。確証はないがかなり怪しいと私は睨んでいる。


 なにしろ私と同じように、ティナもサラバン帝国にとって邪魔な人物の一人だと思われるからだ。


 アルヴィンがティナのチカラを欲するように、戦乱となれば治癒魔法の恩恵は計り知れない。


 ということはつまり、逆に敵国にとっては脅威であるということを意味する。排除したいと考えても不思議ではないだろう。


 ……だが、治癒魔法のチカラだけを奪うなど可能なのか?


 そこがわからない。


 いずれにしてもティナの話に出てきた疑わしい人物を敵国に通じている可能性が高いと仮定して、慎重に調査をすべきだ。


 そう結論づけたちょうどその時、応接間の扉がノックされる音が辺りに響いた。


 どうやら待ち人が来たようである。


「待たせたな。まあ、約束もなく突然来たお前が悪いのだが」


「そうですよ、兄上。前もって知らせてくだされば良かったのに」


 使用人からは父と弟は別々の予定が入っていると聞いていたが、廊下で偶然出くわしたのか、二人は一緒に中へ入ってきた。


 四十代にはとても見えない鍛えられた肉体と鋼の精神を持つ美丈夫と、その父をそっくりそのまま若返らせたかのような弟である。


 血縁であるにもかかわらず私が父や弟と似ていないのは、私が母親似だからだ。


 二歳年下の弟は、その恵まれた体躯を活かして、フィアストン領で騎士団長を務めており、領内の武力の要として父を補佐している。


 本来は跡継ぎである私が担う役目なのだろうが、なにぶん私の興味は魔法に向いている。また、才もあったことから領地を離れての宮廷勤めを選択したという経緯があった。


「お前が領地に戻ってくるとは珍しいな。相変わらず王都で魔法研究に明け暮れていると方々から聞いているぞ。それで今日はどうしたのだ?」


 二大公爵家の当主として、国境領で敵国からの守りを担う父は冷静沈着な人物だ。


 向かい側のソファーに腰を下ろすと、人払いをした上で、さっそく真意を問うような眼差しを私に向けてきた。


 私は盗聴防止魔法を発動しつつ、率直に告げる。


「情報交換をしたいと思いまして」


「情報交換だと?」


「ええ。父上も陛下から聞かれているのでしょう? サラバン帝国の動きがきな臭いと」


 そう口にした瞬間、父は眉をピクリと動かした。弟も緊張感を身に纏い、部屋の空気が明らかに変わる。


「……やはりその件か。王都でも噂が広がっているのか?」


「いえ、多くの貴族はまだ何も知らないでしょうね。王都は平和そのものです。ただ、王家や宮廷内の一部の者は警戒を強めています」


 併せて私は先日アルヴィンから伝え聞いた話も父と弟へ開示した。


 二十年前の密通事件について話した時には、私にとっては物心がつく前の出来事であるのに対し、父には記憶に新しい出来事だったようで、当時を回想するように遠い目をしていた。


「そうか、王都でも危機感を抱いてくれているのだな。それに王太子殿下がお前に注意喚起をしてくださった内容は実に核心をついている」


「というと?」


「フィアストン領でもここ数ヶ月、諸外国から来る者の検問を厳しくしているのだが、帝国の工作員だと思われる怪しい人間を何度か摘発したのだ」


「父上のおっしゃる通りです。検問で引っ掛かった者は然るべく対処しましたが、もし国内貴族に密通者がいたならば……巧妙な手口で手引きされ、入り込まれている可能性も否めません」


 父と弟からもたらされた情報により、すでに相手の手の者が潜伏している疑いが濃厚になった。


 敵国の動きに遅れをとっている事実に歯痒さを感じる。


「それとな、もうひとつ気になっているのは教会の動きだ。ここ半年ほど教会の人間の行き来が多い。布教のためだと主張してはいるが」


 それはなんとも疑わしい。

 教会への心証が悪いため余計にそう感じてしまう。


 その後、私は父と弟に頼み、ここ数ヶ月の間で国境を行き来した貴族のリストも見せてもらった。


 密通者の疑いが僅かながらもあるとして、このリストはすでに王家へも秘密裏に共有しているそうだ。


 私はそのリストの中に記載された一人の人物の名前を見つけ眉を寄せた。ティナが教えてくれた人物に縁がある貴族だったからである。


 ……これは……二人が共謀している? もしくは片棒を担がせている?


 実験結果を考察する時のように、思考の波に沈みそうになっていた私だったが、残念ながらそれは長くは続かなかった。


「さて、そろそろ次の予定も迫っているから話はこの辺りにするか。せっかく領地に帰ってきたんだ、今夜はゆっくりしていけ。ちょうど夜会もあるからな」


 父がニヤリと笑って口にしたこの言葉に意識を引き戻されてしまったからだ。


 どうやら今日という日に領主邸に立ち寄ったのは大きな選択ミスだったらしい。


 『夜会』という面倒極まりない催しに巻き込まれようとしている自分に私は気づいたのだった。


◇◇◇


「よう、レイビス! お前がこの夜会に出席しているとは驚いたな」


「……リキャルドこそ、なんでここに?」


 なかば強制的に出席させられた当家主催の夜会で、私は早い段階から壁にもたれかかり空気に徹していた。


 そこへ声を掛けてきたのが友人のリキャルドだった。


 王都で宮廷騎士団長を務める彼がなぜフィアストン領にいるのか。意外な場で顔を合わせ、疑問が頭をもたげる。


「俺はお前の親父さんと有事に際した事前の打合せだ。数日前から滞在してる。フィアストン領の騎士団との連携は重要だからな。で、ついでに夜会に出席していかないかと誘われたんだ」


 なるほど、リキャルドもサラバン帝国との戦いに備えて水面下で動いているようだ。


「いや〜それにしても今日の夜会は可愛い子が多いなぁ! 眼福、眼福!」


 リキャルドは私の横に陣取ると、会場全体を物色するように見回し始めた。その顔には嬉々とした表情が浮かんでいる。相変わらずの女好きだ。


「ねぇ、見て! あちらにレイビス様とリキャルド様がいらっしゃるわよ!」


「うそでしょう⁉︎ 二大公爵家のお二方がいらっしゃるなんて! 普段は王都にいらっしゃるのよね⁉︎」


「お二方とも素敵……!」


「レイビス様はめったに夜会でお目にかかれない方よ。せっかくの貴重な機会、ぜひお近づきになりたいわ!」


「それなら貴女、いってきなさいよ。ほら、今なら声を掛けるチャンスよ!」


「え、あ、でも……」


 ふいに私の耳には令嬢たちのかしましい声が飛び込んできた。


 私とリキャルドを目にして噂しているようだが、あの声量で相手に聞こえていないとでも思っているのだろうか。まったく不思議だ。


 すると同じく声を拾っていたらしいリキャルドが、耐えかねたように「ぶはっ」と突如噴き出した。


 何事かと視線を向ければ、若干涙目になって腹を抱えている。


「あはは。あの子の顔見たか? レイビスに近づきたいのに怖気付いちゃってさ、可哀想に」


「……それの何がそんなに可笑しいんだ?」


「たぶん過去にレイビスから冷たくあしらわれた令嬢達の噂を知ってるんだろうぜ。で、それを思い出して、自分も同じ目に遭うかもと想像して二の足踏んじゃったんだろうなぁ〜」


 笑いながらリキャルドは社交界で知れ渡っているという私の噂を教えてくれた。


 噂といっても、過去に夜会へ出席した時に実際に起きた一幕が広まっているだけなのだが。


「あの時のレイビスは確かに手厳しかったからな。俺、思わず令嬢に同情しちゃったし」


 そう言われて当時を回想してみるが、リキャルドが指摘するほどのことは口にしていない。


 秋波を送りながら声を掛けてきた相手に「君と話せば魔法の研究よりも有意義な時間が過ごせるのか?」と問い返しただけだ。


 さらに強引に粘ってくる相手には、「具体的に有益性を示して欲しい」とあしらった。


 どうやらそれらの対応が令嬢の心を折ってしまったらしい。


 ……私としては、結果的に余計な羽虫が寄ってこなくなり、過ごしやすくなって助かっているが。


「レイビス、女には優しくが基本だせ? いくらお前の顔や家柄が良くても、研究馬鹿すぎて女心のわからない痛いヤツになるんじゃねーかって友人として俺は心配だわ。いざ本気で想う女が現れた時に困るぞ?」


 いつもならうんざりするに違いないリキャルドの台詞だが、この日は妙に心に沁み込んできた。


 というのも、ティナを泣かせてしまった自分を思い出したからだ。


「……ああ、わかった。気をつける」


「お? なんか今日は珍しく素直に聞き入れるじゃねぇか」


「まあな。女心がわからないのは事実だから言い返せない。……ところで、参考までに聞くが、リキャルドは良い仲になった女性とはどんなことをするんだ?」


「は? なんだその質問は⁉︎」


「見つめ合う、手や頬に触れる、デートをする……他には?」


「そりゃ次は口づけだろ。いきなり唇を奪うのもいいが、髪や額、瞼、頬……と焦らすのも楽しいんだよなぁ。って、おい! なんだよ、この唐突な話は⁉︎」


 ……なるほど。次の段階はこれだな。


 リキャルドが指摘した通り、私には女性のことはさっぱりわからない。


 たとえわかろうとしても、それほどすぐに理解できるものでもない気がする。あまりにどうでも良すぎて今までが酷かっただけに。


 であれば、女性の扱いが上手い友人を参考にするのが手っ取り早いだろう。


 なにしろ敵国の影は確実に迫りきている。治癒魔法を取り戻す研究も悠長には進めていられない。一刻も早い成果が望まれるのだ。


 リキャルドが隣で説明を求めてくる中、私は次の実験計画を思い描き始めたのだった。


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