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09 再会

美波戸島! まさかここでその名前を聞くとは。

鼓動が速くなるのがわかった。

震える声で聞く。


「君、美波戸島のことを知っているの?」


「テトラ」


は……? 何か聞き間違えたのか? 呪文? 合言葉なのか?


「テトラ? テトラって?」


「わたし、テトラっていうの」


少女は人懐っこい笑顔で言った。

そうかこの少女の名前なのか。


「テトラ。素敵な名前だね。お兄ちゃんは拓海っていうんだ」


「タクミちゃん? すてきなお名前ね」


テトラと会話するうちに、鼓動がしだいに落ち着いてきた。

無邪気に笑うこの少女が、今の僕にとっては暗闇の中の一筋の光明だ。


「ねえ、テトラ。美波戸島のことを知っているの?」


テトラはこっくりとうなずいて言った。


「コウちゃんからきいたの」


コウちゃん……? コウって、航さん!


なんで忘れていたんだろう。

航さんも女神殿でいなくなったんだ。ということは、航さんはここに来てるんだ。

そしてテトラは航さんのことを知っている。

落ち着き始めた鼓動が、また速くなっていく。


「航さんのところに連れて行ってくれ」


テトラは少し口を尖らせながら首を傾げて考えているようだった。

怪しまれてしまったのか? 口調が強かったのかもしれない。

笑顔をつくり、なるべくゆっくりと優しく話しかけた。


「航さんに会いたいんだ。連れて行ってくれるかな?」


テトラは首を傾げたまま上目遣いに僕を見て、そして言った。


「タクミちゃんは、コウちゃんのお友だち?」


「そうだよ。とっても仲良しなんだ」


テトラは、了解した、とでも言うように大きく頷いた。


「いいよ。ついてきてね」


そして得意げに歩き出した。まるで冒険団の隊長にでもなったかのようだ。

その姿の可愛らしさに思わず笑みがこぼれる。

そういえば、ここに来て初めて笑ったかもしれない。


「ねえ、テトラは何でお兄ちゃんが美波戸島から来たって思ったの?」


「コウちゃんと、おんなじおようふくきてる」


そう言って僕の作務衣を指差す。

そうか、航さんは普段から作務衣を着ていた。おそらく転移してきた時もそうだ。変わった服なので覚えていたのだろう。

作務衣を着ておいて良かったと心底思った。


テトラは裏通りの道をちょこまかと歩いていく。

近道なのだろうが、どう見ても民家の庭のようなところも構わずに通り抜けていく。僕は家主に見つからないようにキョロキョロ辺りを伺いながら、小走りでついていった。

側から見ると、どう見ても不審者だっただろう。


やがて祠の丘から街に来たときの道に出た。

テトラは僕を振り返ることもなく、何か歌いながら街外れの方へさらにどんどん歩いていく。

どこまで行くのだろう。足袋はもうボロボロだ。右足の親指が破れた足袋から顔を出している。足が痛くて限界に近い。

細い道と交差しているところに出た。そこを右に曲がる。森がある方向だ。


さらに進むと、森の手前にログハウス風の家が二軒並んでいるのが見えてきた。


「あそこだよ」


そう言ってテトラは急に走り出した。僕は足を引き摺りながらついていくのがやっとだった。

テトラは手前の家の扉をノックして、返事を待たずに開けて入っていった。


「コウちゃん、お友だちつれてきたよ」


家の中で話し声がしたあと、すぐに足音が近づき、扉の向こうから懐かしい顔が現れた。


「航さん!」


「拓海……か?」


間違いなく航さんだ。トレードマークのバンダナに作務衣風の服を着ている。

ホッとしたら一気に力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


「拓海! 大丈夫か!?」


航さんが駆け寄ってきて、僕の体を支える。そのまま航さんの肩を借りながら部屋に入った。

航さんは、そばにあった椅子に僕を座らせた。


「テトラ、拓海を連れてきてくれてありがとう。じゃあ、テトラを送っていくから、拓海はここで待っててくれ」


テトラは自慢げな笑顔で僕に手を振った。


「タクミちゃん、バイバイ」


「バイバイ、テトラ。案内してくれてありがとう」


僕が力無い笑顔でテトラに手を振ると、二人は扉から出ていった。



***



僕はしばらく放心状態になっていた。

意識が戻ってくると、ようやく周囲を観察する余裕が出てきた。

部屋を見渡す。航さんはここに住んでるんだ。

それほど広くはないが、とても居心地が良さそうな部屋だ。


目を引くのは部屋の奥にある暖炉だ。昔から暖炉がある家に憧れがあった。

暖炉の前にはロッキングチェアがあり、ブランケットが乗っていた。

中央にはダイニングテーブル、その椅子の一つに僕が座っている。

壁際には階段があり、二階に続いているようだ。


暖炉の前に移動した。ロッキングチェアに揺られながらチロチロと燃える炎を眺めていると、何も考えられずにまたボーッとしてしまっていた。

疲れと空腹で、完全にエネルギー切れだ。


「拓海、戻ったぞ」


航さんの声で、ハッと我に帰る。


「おかえり、航さん」


「ずいぶん疲れてるみたいだな。これに着替えて。靴も」


航さんは着替えと靴を渡してくれた。航さんが着ているのと同じで薄手の作務衣のような服だ。

着替えていると、肉を焼いたいい匂いがしてきて、お腹がグーッと大きく鳴った。

靴は少し大きかった。


「お腹がすいただろう。まずは夕食にしよう」


テーブルにつくと、航さんは焼いた肉と野菜のスープ、パンを出してくれた。


「いただきます!」


肉を頬張る。塩胡椒のシンプルな味付けが、かえって肉の美味しさを引き立てている。


「美味しい!」


「ははは、いっぱい食べろ」


航さんは嬉しそうに笑った。久しぶりに見る笑顔だ。最後に会ったときと全く変わらない、むしろ若返ったんじゃないだろうか。

聞きたいことが山ほどあるが、今はとにかく体が食べ物を求めている。

スープもパンも美味しくて、体の要求に従って貪るように食べ続けた。


「おいおい、もっとゆっくり味わって食べてくれよ」


航さんは笑いながらスープとパンのおかわりを出してくれた。



***



「ごちそうさま」


お腹が一杯になり、やっと一息ついた。

食べ終わった食器をキッチンに運んで、またダイニングテーブルに戻った。

航さんは、聞きたいことがあるんだろう?と言いたげに僕を見ている。


「あのさ、航さんもあの水晶玉に吸い込まれてここにきたんだよね」


「そうだ。女神殿を掃除していたときに」


ずっと考えてきた疑問を投げかけてみる。


「ここって、異世界ってことだよね」


「ああ。そのようだ。この国はローレンシアというらしい」


ローレンシア……。

聞いたことがない国名だ。ほんとに異世界なんだ。


「みんなは元気にしてるか」


今度は航さんが聞いてきた。


「うん、元気だよ。元気だけど、航さんがいなくなって寂しがってる」


「みんなは、俺のこと、家出したと思ってるのか?」


「家出だとは思ってないみたい。じいちゃんは神隠しだって言ってる。青年会の人とかには海外に行ったってことにしてる。母さんも海外に行ったと思ってて……きっといつか帰ってくると信じてるみたい」


航さんは、すごく辛そうな顔をした。


それから僕は、転移してきた経緯と美波戸島の異変、龍神様と女神殿の神気が減少していることについて話した。

航さんは難しい顔をして黙ってそれを聞いていた。


「偶然かもしれないけど、航さんがいなくなってから島の異変が続いているんだ。何か関係があるんじゃないかと思ってるんだけど、航さんはどう思う?」


「そうか。俺が転移してからか……」


航さんは下を向いて考え込んでいた。

しばらくしてから、顔を上げて言った。


「みんなに迷惑かけてしまったな。申し訳ない」


「いや、航さんも被害者の一人なんだし、謝ることないよ」


「うん、そうなんだが、やっぱり俺が関係してるかもしれないとなると……」


航さんが関係しているというのは単なる考察ではあるが、龍神様と女神殿の神気が落ちたことと島の異変は確実に影響があると思う。水晶玉がここに繋がっているということは、ここに何か手がかりがあるはずなのだ。

そして航さんが関係しているのなら、同じく水晶玉に転送された僕にも関係があるということだ。


「もしかしたら、この場所に島の異変の原因があるんじゃないかな。その原因を探るようにと、女神がここに僕を送ったのかもしれない」


「そうか、拓海はそう思ってるんだな。俺もここに来てから色々調べてみたことがあるんだが、詳しい話は明日にしよう。今日は疲れただろう。ゆっくり風呂に入って早めに寝たらいい」


お風呂もあるとはありがたい。


航さんは二階の空き部屋に案内してくれた。階段を上がってすぐの部屋だった。

もともとゲストルームだったところを物置きとして使っていたらしいが、部屋の隅に少し物が置いてあるだけですっきりと片付いていた。

ベッドはふかふかで気持ち良かった。


ベッドに横になると急激に眠気が襲ってきたので、ランタンの明かりを消した。

体勢を変えたとき、ふと明かりが見えた気がして窓から外を見ると、どうやら隣の家らしい。

一階の居間の窓に人影が見えた気がした。


次の瞬間、僕は深い眠りに落ちた。

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