58 告白
「航さんがこの世界に来たのは、航さんが水晶玉と共鳴した事故なんかじゃなくて、テティーが呼び寄せたからではないですか?」
「拓海、何言ってるんだ? 前に言っただろ。俺がどこか遠くに行きたいと願ったんだ」
航さんはイライラした口調で言った。
僕が言っていることが納得できないのもあるし、僕が横から口を出してきたのが気に入らないのもあるだろう。
「でも巫女長は、水晶玉に異世界から人を呼び寄せる力があることは知らなかったんだよね」
航さんが話を聞いてくれるように、努めて冷静に言った。
「だから事故だったんだろ。俺に水晶玉と共鳴する力があったから」
「テティー、本当に事故なんですか?」
僕はテティーを見て言った。航さんもテティーを見た。
テティーはしばらく沈黙していたが、観念したように口を開いた。
「タクミが言った通りです。私がコウをこの世界に呼び寄せました」
「え? それは……どうして?」
航さんは驚いた顔でテティーに聞いた。
「照波神社に私を模った女神像ができてから、私からもあなたがたの様子を視ることができるようになったと前に話しましたね」
「ああ。確かにそう聞いたが……」
「コウはいつも私に花を捧げてくれました。そしていつも私に話しかけてくれました」
「……」
「私はコウに会うのが楽しみになっていました。コウともっと一緒にいたいと思うようになっていたのです」
「テティー……!」
「いくら水晶玉と共鳴したとしても、水晶玉単体では人を転移させることはありません。そこに私の意図が加わらない限り」
「では、本当にテティーが俺のことを……?」
航さんは戸惑いながらも、嬉しさが込み上げてきているようだった。
「はい。私がコウをこの世界に呼び寄せたのです。正確には、呼び寄せようとした訳ではないのです。ただ、もっとコウの近くにいたい、コウと一緒にいたいと願ってしまった。その思いが水晶玉に伝わりコウを転移させてしまったのです」
「だったら、なぜすぐに俺の前に現れてくれなかったんだ?」
「私は自分がやってしまったことに気がついて恐ろしくなりました。コウとコウを取り巻く人の人生を狂わせてしまった。申し訳ない気持ちから、すぐにはコウの前に出ることができませんでした」
「そんなこと……」
「遠くからコウのことをずっと見ていました。コウが宿屋で働いていたとき、何度か泊まりに行ったこともあります。顔を合わせると気付かれると思って、顔を隠して行きました。コウが竹細工の店を出したとき、やっと顔を出して竹細工を買いに行くことが出来ました。声を掛けてきてくれたとき、とても嬉しかった……」
航さんはテティーに駆け寄り、優しく抱きしめた。
「俺だって、テティーに会うのが楽しみだった」
航さんの声には愛情が溢れ出していた。
「ずっとそばにいさせてくれ。永遠に」
テティーは恥じらった笑顔を見せた。
恋をする乙女のような、そんな笑顔もするんだな。
僕に対してはどこか人間離れした仮面のような笑顔しか見せないけれど、航さんの前でだけは人間の感情が出てしまう。
女神に対してこう言っていいのかわからないが、何だかいじらしい。
航さんは両思いになれたんだ。
やっと気持ちが通じ合った二人を邪魔してはいけない。
「明日は、僕一人で美波戸島に帰るよ」
僕は荷物を持つと、二階の部屋へ行った。
***
夜、部屋で片付けをしていると、開けていたドアから航さんが顔を覗かせた。
「拓海、少し話してもいいか?」
「航さん。僕も話したいと思ってたところなんだ」
僕と航さんは、並んでベッドに座った。
「改めてだが、ガルヘルムの討伐、お疲れさま。この国を救ってくれてありがとう。拓海のことを誇りに思うよ」
「僕もこの国を救うことができて嬉しいよ」
航さんに真正面から褒められると照れてしまう。
「討伐したときのこと、詳しく話してくれないか?」
それから僕は、アナトリカに到着してからガルヘルムを倒して戻ってくるまでの経緯を詳しく話した。
アナトリカの様子、首長と長老との会話、ヴォラス山の様子、廃墟のイタチのこと、山小屋での会話、最初のガルヘルムとの遭遇、敗走、洞窟での会話、ガルヘルムとの決戦、北の祠のこと、アナトリカに帰ってからのことーー。
ガイルの武勇伝のようには上手く話せなかったが、航さんがいろんなリアクションをしながら質問を交えて聞いてくれたので話しやすかった。
航さんは人から話を引き出すのも上手いのだ。
「厳しい闘いだったんだな。俺の想像以上だった」
「うん。あのメンバーでなかったら、絶対に勝てていなかったよ」
振り返ってみて改めて思った。本当に最高のメンバーだったんだ。
「それで、その懸賞金はどうしたんだ?」
「ユイにペンダントを買ってプレゼントしたんだ。大事な水晶を壊してしまったから、そのお詫びに」
「そうか……ユイに……」
航さんはしばらく沈黙した後、口を開いた。
「なあ、本当は拓海もここに残りたいと思っているんじゃないか?」
いきなりの直球だった。
考えないようにしていた。考えたって仕方がないことだから。
「そりゃあ、ずっとここにいたい気持ちもある。でも島のことを放っておくわけにはいかない」
僕が戻らないと島の異変がいつまで続くかわからないじゃないか。
それに母さんやみんなのことを思うと、僕の気持ちを優先させるわけにはいかない。
「そうだな。すまん」
航さんは、きっと僕の気持ちを理解してくれている。
ユイに対する好意も、ガイルとの友情も、この世界から離れ難い気持ちなっていることも、全部わかってくれている。
だからこそ、自分だけがここに残ってテティーと幸せになることに、僕に対しての申し訳なさを感じているのだろう。
そんな航さんの気持ちが、僕にはよくわかる。
「いいんだ。航さんにはこの世界でテティーと幸せになって欲しい」
僕の分まで、という言葉は飲み込んだ。
「ちなみに、テティーが言っていたんだが、拓海がこの世界に来てすぐ街中をうろうろしていた時に、テティーが声を掛けたそうだぞ。覚えてるか?」
は? テティーが? そんなことあったっけ……。あっ!
「そういえば、歩き疲れて噴水のところに腰掛けてたら、女性に声をかけられた」
「きっとその女性だ。拓海を俺のところに案内するつもりだったらしい。だが、逃げられたと言っていた」
「えーー? そうだったの?」
驚いて声が裏返ってしまった。航さんは僕の様子を見て笑い出した。
そうだ。あのときは、人に声を掛けられるのが嫌で逃げ出したんだった。
焦っていて顔まではよく見ていなかったが、テティーだったなんて。
呼び寄せた僕を、航さんのところまで案内してくれようとしてたんだな。
この世界に呼び出されてほったらかしにされたような気がしていたが、ちゃんとケアしようとしてくれてたんだ。
航さんは、ひとしきり笑った後、真面目な顔になり僕を見た。
「拓海が来てくれて、嬉しかったし、楽しかった」
「僕もここに来れて良かった。短いけどすごく濃厚な時間だったよ。航さんのおかげでこの世界に馴染むことが出来たし、旅もできたし、いい仲間にも出会えた」
航さんを見ると、包み込むような優しい目で僕を見ていた。
航さんと過ごした時間が走馬灯のように思い出されてきて、込み上げてくるものがあった。
「航さん、色々とお世話になりました。ありがとう。本当に感謝してる」
「いい宮司になれよ」
「うん。航さんも、テティーとお幸せに」
おそらく死ぬことはないであろう女神と、歳を取らなくなった航さん。
これから永い永い悠久の時間を、共に過ごしていくのだ。
僕にはどれほどの永さなのか想像がつかないが、それはきっと穏やかで温かくて愛に満ちた日々になるのだろう。




