表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/70

57 推理

その日の夜は、前回と同じ宿屋に宿泊した。

夜に窓から見える、幻想的な街の景色が好きだったのだ。


綺麗だった。以前と変わらず。

だが、包み込むように温かく感じたはずの街の灯りが、愁いを帯びた物悲しい灯りに見えてしまったのは、僕の心を映しているからだろう。


翌日、朝早く起きて湖の周りを散歩した。

冬が近く朝夕はかなり冷え込むようになり、吐く息が白くなった。

まだ薄暗い街は静寂に包まれ、霧の中でひっそりと朝を待っている。


湖の桟橋の先まで歩いて行った。

湖面から霧が湧き上がり、雲の中にいるかのような神秘的な光景だった。

美しさが心に滲みて痛い。

そしてなんだか色を失った白黒の世界のように感じられた。



昼過ぎの荷馬車に乗って、リムネーの街を発った。


乗り合わせたのは、荷主の商人だけだった。

ゼイレンと名乗るその商人は、四十代半ばくらいの寡黙で真面目そうな男だった。


挨拶を交わしたが、その後ゼイレンから話しかけてくることはなかった。

ゼイレンは台帳のようなものを見ながらずっと黙って考え込んでいた。商売のことをあれこれ思考しているのだろう。

僕もあまり会話をしたい気分ではなかったので、無言のまま旅が続いた。


流れる景色をただ眺めていた。

一人の旅の時間がこんなに長く感じるなんて。

心に穴が開いたような感覚って、こういうことなんだなと思った。


夜になって、いつものようにスープを作ってみんなに振る舞った。

寒くなっていたので温かいスープは歓迎された。ゼイレンにも喜んでもらえた。

御者たちは賑やかに喋っていたが、その輪に入る気分ではなかった。


翌日も、同じように静かな荷馬車の旅が進む。

途中で荷主の商談のため、村に立ち寄った。

商談の待ち時間に、ぶらぶらとその辺を歩いてみた。


何だか見覚えがある村だ。

そうだ、確かこの細い道を抜けると……。


そこには……何も無かった。

以前はコスモスが咲き乱れていた場所だ。

開花の時期が終わったので、土にすき込まれたのだろう。


そうか、変わっていくんだ。当たり前のことに気付かされる。

そしてまた来年は、別のコスモスが花を咲かせるのだろう。


荷馬車に戻った。

商談が終わったゼイレンが荷馬車に乗り込み、またノートスに向けて出発した。


荷馬車にもう一泊し、前日同様に単調な一日が終わった。

翌日の朝、荷馬車が出発した。昼過ぎにはノートスに到着するはずだ。


荷馬車は順調に進んでいて、ゼイレンは昼寝をしていた。

僕は、一面の畑を見ながら考え事をしていた。

これからのことだ。


航さんは僕と一緒に島に戻るのだろうか。

ガルヘルムを倒したことも結界を回復させたことも、すでにテティーから聞いているだろう。

いや、そもそもテティーと航さんはまだ会ったりしているのだろうか。

聖水を作り終わった後いなくなって、それっきりなのかもしれない。


航さんとテティーはお似合いだったのに。

テティーはどう思っているか知らないが、航さんはテティーのことが好きなのは間違いない。

そういえば、航さんは『気になっていた人はいたけど、フラれたみたいだ』と言っていた。あの様子は何年も前のことではなく最近の出来事のようだった。

その気になっていた人というのは、テティーなのだろうと確信していた。

相手が女神だなんて、報われないな。


報われない……。ユイのことを思い出して胸が痛んだ。

そうだ、初めからわかっていたじゃないか。僕は島に戻るつもりだった。

わかっていたけど、好きになる気持ちは止められなかった。


きっと島に戻ればこの気持ちも自然に薄れてゆくだろう。

ユイもそうだ。いつもの生活に戻れば僕のことは忘れていくんだ。

航さんだって、島に戻ればいつかテティーのことを忘れられるだろう。


でも、それでいいのか?


テティーの微笑みを思い出した。慈愛に満ちた、女神の微笑みだ。

とても美しい微笑みなのだが、どこか仮面のような感じもしていた。

そうだ、女神像の微笑みそのままなんだ。人間的な感情があまり感じられない。

女神だから、そんなものは超越しているということだろうか。

でも、そんな女神が人間的な感情を見せたことがあるのを思い出した。



……あれ? 僕の中で一つの疑問が湧いた。


航さんは、僕がこの世界に来る前からテティーに会っていた。

巫女長は、水晶玉に異世界から人を呼び寄せる力があることを知らなかった。

この国を救うために、女神が僕を呼び寄せた。


断片的な情報が、僕の頭の中で一つの答えを出した。

もし僕の推理が当たっているのだとしたら、航さんは……。


そんなことを考えていたら荷馬車が徐々にスピードを落とし、そして止まった。

ノートスに到着したのだ。

ゼイレンに別れを告げると、荷馬車屋を出た。


久しぶりにノートスの街を歩いた。

今まで行ったどの街もそれぞれの良さがあったのだが、やっぱりノートスが一番落ち着く。

ここで過ごした時間は短いが、すっかり住人のような気持ちになっている。


街を抜けて、街外れの道を進む。

右に曲がり、細い道を森がある方へ進む。

見えてきた。ログハウスが二軒。航さんの家だ。



扉をノックする。

少ししたら扉が開いて、航さんが顔を出した。


「おう、おかえり」


それだけ? 拍子抜けするくらい、いつも通りだった。

驚かないということは、すでにテティーから僕の帰りを聞いていたのだろう。


「ただいま」


家に入って荷物を置いて、椅子に座った。フウと息をつく。


「いいの着てるな」


航さんが僕の姿を見て言った。

アナトリカで買った毛皮のベストのことだろうか。

確かにお気に入りだが、最初に僕にかける言葉がそれって……。


航さんは、僕を置いて台所に行ってしまった。

僕は部屋にポツンと残された。


えーっと、僕はガルヘルムを倒して水晶玉を回復させてこの国を救ったのですが。

褒めて欲しい訳ではないが、少しくらい労いの言葉があってもいいんじゃないだろうか。


そう思ったときだった。


「タクミ。お疲れ様でした」


背後から声がしてドキッとして振り返った。

テティーが優しく微笑んでいた。


「テティー!? え、えっと、ただいま、帰りました」


台所から、押し殺した笑い声が聞こえてきた。

急に女神であるテティーに会って、焦ってしまったのだから仕方がない。


「この国を救ってくれて、ありがとう」


テティーは深く頭を下げた。


「いいえ。それより、ガイルとリドの怪我を治してくれたのはテティーですよね。こちらこそ、ありがとうございました」


「私にはそれくらいしかできませんから。本当は生死に関わるようなことに関与してはならないのですが、異世界から来た人と魔物と闘った人だけは特別なのです」


航さんがハーブティーを淹れてきてくれた。


「お疲れさま、拓海。よくやったな」


人のことをからかっておいて何を今さら、と思ったが、航さんの僕を労わるような優しい目を見たら怒る気持ちも失せてしまった。

人たらしの航さんは、いつもこうなのだ。


ハーブティーを飲みながら、簡単に旅の報告をした。


「この世界の結界を元に戻したから、あとは美波戸島の水晶玉に聖水をかければ、全て元の状態に戻るのですよね」


テティーに聞いた。


「はい。必ず元の安定した状態に戻ります。島で起こっている異変もすぐに収まるでしょう」


「では明日、美波戸島に帰りたいと思います。島に戻してくれるよう、お願い出来ますか?」


早く島の異変を止めなくては。

少しのんびりしたい気持ちもあったが、ここに長居してもますます離れ難くなるだけだろう。


「わかりました。明日の朝、コウと一緒に丘の上の祠に来てください。二人を元の世界に戻します」


「俺はここに残る。拓海だけを戻してくれ」


航さんが言った。そう言うと思っていたので驚きはなかった。


「コウもタクミと一緒に美波戸島に帰ってください」


「テティー、俺はここに居たいんだ。たとえここに来たきっかけが事故だったとしても、俺はもうここに馴染んでいるし、離れたくないんだ」


「コウは元来この世界の人間ではありません。元の世界に戻るべきです」


「ずっと、テティーのそばにいたいんだ。お願いだ、そばにいさせてくれ」


「それは出来ません。大丈夫です。戻ったら、ここで過ごしたことは全て忘れます。この世界を忘れて元の世界の生活に戻ることが、一番自然なことなのです」


「全て忘れる? じゃあ、ここで過ごした九年間はどうなるんだ?」


「コウの世界では三年間です。辻褄が合うようにしますから、心配しないでください」


「そういうことじゃないんだ」


話が完全にもつれてしまったようだ。

二人とも全く譲らない。ここにも頑固者がいた。


「あの、お話し中ですが、ちょっといいですか?」


僕が話し出すと、二人は話を止めてこちらを見た。

僕はテティーを見て言った。


「航さんがこの世界に来たのは、航さんが願ったせいでも、水晶玉が共鳴した事故でもないですよね」


「は? どういう意味だ?」


航さんが少し怒った口調で聞いた。

テティーはいつもの微笑みを浮かべて僕を見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ