54 凱旋
道幅が広くなり、遠くにアナトリカの門が見えてきた。
自然にみんなの歩くペースが早くなる。
門番をしていた狩護師たちもこちらの姿に気がついたようで、動きが慌ただしくなっていた。
門に近づくと、門が開いて狩護師が何人か出てきた。
「ガイル! 無事だったか。あいつを倒したのか?」
ガイルは笑顔で拳を天に突き上げた。
狩護師たちから歓声が上がった。
門をくぐると、狩護師や結界師が数人駆け寄ってきた。
ガイルは狩護師仲間にもみくちゃにされていた。
ユイに結界師の先輩らしき人達が話しかけていた。
「タクミ! よくやったな。すごいじゃないか」
話しかけてきたのはネイトだった。満面の笑みだった。
「ネイトの弓の指導のおかげだよ」
「ありがとう。本当にありがとう」
ネイトは僕の手を取って、何度も何度もお礼を言った。
その後、僕たちは首長のもとへ報告に行った。
既に連絡が入っていたのだろう。首長と長老は執務室の前で待っていて、僕たちの姿を見ると駆け寄ってきて歓迎してくれた。
「無事に帰って来てくれて嬉しいよ。詳しい話を聞かせてくれないか」
執務室に入ると、首長が僕たちに椅子を勧めた。
首長も長老も目の下のクマがさらに酷くなり、前会ったときより十歳くらい老けて見えた。
この数日間、ほとんど寝ていないのだろう。心労もかなりのものだったはずだ。
椅子に座ると、ガイルが、ガルヘルム討伐の経緯を話した。
僕は北の祠の水晶玉が回復し、この国の結界も回復したことを話した。
「ずいぶん危険な目に遭ったようだな。本当にお疲れさま。この国を救ってくれてありがとう」
全て聴き終わると、長老が言った。首長と長老は深々と頭を下げた。
本当にこの国を救ったんだという実感がじわじわと湧いてきた。
「ガルヘルムの討伐隊を募集する際にかけられていた懸賞金だ。金貨千枚、受け取ってもらいたい」
首長が、金貨が入っている重たそうな麻袋を僕の前の机に置いた。
驚いてガイルとユイを見た。二人とも初耳だったようだ。
「僕は故郷の島を守るのが目的だったので、その金貨はガイルとユイに渡してください」
「いや、俺は狩護師としてタクミを支援しただけだ。タクミがもらうべきだ」
「私も結界師としての仕事を果たしただけです」
ガイルもユイも受け取れないと言った。
「金貨千枚でも安いくらいなのだ。受け取ってくれないと、我々が嘘をついたことになってしまう。どうか受け取ってもらいたい」
首長は困ったような顔をして僕を見た。これ以上困らせるわけにはいかない。
「では、受け取らせていただきます。そのうえで、金貨九百枚をアナトリカに寄付させていただけませんか。警備のためにお金がかかった筈です。少しでも足しにしてください」
「わかった。ありがとう」
首長は頭を下げた。
有能な首長が、金貨九百枚を上手く活用してくれるだろう。
その後、受け取った金貨百枚をどう分けるか、ガイルとユイと話し合った。
僕はガイルとユイに五十枚ずつ渡すつもりだった。
どうせこの後は美波戸島に戻るのだ。そんな大金をもらったところで使い道がない。
だが、ガイルとユイは少なくとも半分は僕が受け取るべきだと言って譲らなかった。
結局、僕が四十枚、ガイルとユイが三十枚ずつということで話がついた。
話していて気がついたが、三人とも頑固なところがよく似ている。
その日の夕食と宿泊は、街からのお礼として首長が手配してくれた。
レストランは、先日ガイルに勧められてユイと二人で食事をしたところだった。
今回はガイルも一緒だ。
店内は前回来た時とは、全く雰囲気が違っている。
静かで寂しかった店内は、今や大勢の人で賑わっていた。
『凶暴な熊が退治された』という知らせが街中に広まったようで、人々の顔は明るく開放的になっていた。
ビールが届いて、三人で乾杯をした。
「僕たちの勝利を祝って、乾杯!」
歓喜と共にビールが乾いた喉を潤す。勝利の美酒とはこのことか。
この時のビールの味を、僕は一生忘れないだろう。
僕たちが食事をしていることを聞いて、狩護師たちが続々とレストランにやってきた。レストランは大賑わいとなった。
ずっと警備についていた狩護師たちにとっても、久しぶりに緊張から解き放たれたことだろう。
シェフが張り切ってたくさん料理を作ってくれた。
畜産が主要な街だけあって、肉やチーズを使った料理が多かった。
僕たちはお腹が空いていたので、とにかくよく食べた。どれも最高に美味しかった。
リドも山羊のミルクと肉の塊をもらって嬉しそうだった。
ガイルは早速、出来たてホヤホヤの武勇伝をみんなに披露していた。
僕の活躍をかなり盛って話してくれたおかげで、みんなの注目を浴びて恥ずかしかった。
みんなが、僕のことを英雄だとか勇者だとか言ってくれた。
そう言ってくれるのは嬉しいが、僕が勇者だというのはピンと来なかった。
でも、勇者パーティーだと言われると、自信を持ってそうだと言える。
僕が勇者でそのパーティーということではなく、全員が勇者のパーティーだ。
なんだか誇らしい気持ちになった。
宴会の途中で、ガイルのところに年配の狩護師がやってきて、二人で何か話していた。
ガイルは感極まって目を潤ませていた。ガイルが涙を見せるなんて初めてだ。
近くで飲んでいたネイトに聞いてみた。
「ガイルと話しているのは誰なの?」
「ん? ああ、カイロスだ。ベテランの狩護師だ」
カイロス……聞いたことがある名前だ。
そうだ、最初にヴォラス山で怪物を発見したという狩護師が確かそんな名前だった。
「カイロスは、ガイルの師匠だったんだ」
「ガイルの師匠?」
ガイルに師匠なんていたんだ。
てっきり父親に仕事を教わったとばかり思っていた。
「そうだ。狩護師になるには、二年間ほどベテランの狩護師に師事して学ばなければならないんだ。ガイルはカイロスのことをすごく尊敬してたからな。一生現役だと言っていたカイロスが、ガルヘルムのせいで引退を決意したんだから、悔しい思いがあったんだろう」
そんな事情があったんだ。
ガイルはカイロスに肩を優しくさすられながら、男泣きしていた。
それを見ていた僕までもらい泣きしそうになって、慌ててビールを飲んで誤魔化した。
賑やかな宴会が終わり、宿屋に行った。
前回と同じ、街で一番いい宿屋の一番いい部屋に泊まらせてもらった。
部屋を見たいと言って、ガイルが部屋までついて来た。
大きくてフカフカなベッドを見て、ガイルが「おおーっ」と声を上げた。
子供のようにはしゃいで背中からベッドに倒れ込む。
僕もその横で背中からベッドに倒れ込んだ。フカフカで気持ちいい。
二人が並んでもベッドにはまだ余裕があった。
「なあ、タクミ」
「何?」
「きちんと言えてなかったけど、本当にタクミに感謝してる。ありがとう」
「なんだよ。それはお互い様だよ。僕はどれだけガイルに助けられたことか。こちらこそ感謝してる」
「タクミと旅が出来て、楽しかった。俺たち最高の仲間だよな」
「うん。最高の仲間だ」
ガイルは上半身を起こして、背伸びをした。
「眠くなってきた。そろそろ帰るか」
立ち上がって、扉の方へ歩いて行った。
僕も立ち上がりガイルを見送るために追いかけた。
「この後、故郷の島へ帰るんだろ?」
「うん。島の水晶玉にも女神の聖水をかけて、回復させないといけない」
「そうか……。コウはどうするんだ? 一緒に帰るのか?」
「どうだろう。まだ話をしていないんだ」
そうだ、航さんはどうするんだろう。
母さんや大我や島のみんなは、航さんがいつか帰ってくると待っている。
でも航さんはこっちの生活にすっかり馴染んで、ここが気に入っているようだった。
僕もここが気に入っている。僕も本当は……。
「まあ、遠くと言っても海で繋がっているから、いつでも来れるしな。次に来た時は、絶対に知らせてくれよ。またいつか、一緒に狩りに行こう」
「うん、またいつか」
手を振りながらガイルは扉を出て帰って行った。
その『いつか』は来ないことを、僕だけが知っていた。




