53 帰路
祠から出ると、外の空気も一変していた。
重苦しさが無くなり、清々しさに満ちていた。
この国は救われたんだーー。そう実感した。
僕が救ったという気持ちは無く、やり遂げたという思いだけがあった。
大きな力に動かされ、大勢の人に助けられてここまでこれたんだ。
雲間から陽の光が差し、放射線状の光が下界に降り注ぐ。
神々しいまでの光芒だった。
どこかの国ではこの光を『天使の梯子』と呼ぶらしい。
きっと天使達が降りてきて、この国に祝福をもたらしてくれているのだろう。
僕らは、しばらくこの美しい景色に見入っていた。
そっとユイの顔を見ると、喜びに満ちて輝いて見えた。ここにも天使がいた。
「帰りましょうか」
「そうだね。ガイルとリドのところに戻ろう」
注意深く崖を降りた。
崖を過ぎてから山小屋までの道のりは、下りということもあり足取りは軽かった。
途中で、ユイがキノコがたくさん生えている場所を見つけた。
今日の夕飯にしようとキノコ狩りを楽しんだ。
薬草が密集している場所もあり、使い切ってしまった薬草も補充できた。
寄り道をしたので、少し暗くなり始めている。
歩みを速めてしばらく進むと、遠くに山小屋が見えてきた。
山小屋の外で、何かが動いている。
「リド?」
ユイが驚いて立ち止まった。
山小屋の方から走ってくるのは、間違いなくリドだ。
僕ら目掛けて勢い良く走ってくる。ユイはしゃがんで両腕を広げた。
リドはユイの腕の中に飛び込んできて、激しく尻尾を振りながらユイの顔を舐めた。
「リド? 足は? 足は大丈夫なの?」
どう見ても足は治っている。なんせ走れるくらいなのだから。
リドを連れて山小屋へ行くと、扉の外にガイルが立っていた。
元気に僕たちに手を振っている。
「罠は取り除いたから、普通に来ていいぞ」
僕らはガイルに駆け寄った。
「ガイル! もう起き上がって大丈夫なのか?」
「ああ。すっかり良くなった」
ユイの塗り薬が効いたのか? でもあれは痛みを和らげるだけのはずだ。
自然に治るほど軽症ではなかったのだが。
狐につままれたような気分のまま、山小屋に入った。
「結界の回復に成功したんだな」
「うん。無事に北の祠の水晶玉に、聖水をかけることができた」
「この辺りの空気が変わったよ。俺でもわかるくらいに」
「それより、ガイルは本当に痛みはないの? それにリドの足はひどい骨折だったのにもう治っているなんて。何かしたの?」
「それがな、昼過ぎくらいだったか、寝ていたら急に体が軽くなったんだ。そこから記憶が曖昧で夢だったのかもしれないが、体が光って痛みが引いてくような感じがした。近くに誰かがいたような気がしたけどわからない。起きたらこの通り、すっかり治ってたんだ」
テティーだ。
結界が復活したので、来て治療してくれたんだ。
「それはきっと女神様のご加護だね」
「そうかもしれないな。……あと、きっとこれのおかげだ」
ガイルは、変な『仮面もどき』を手に持って、ニッと笑った。
昨日僕が寝る前に作って、出かけるときに回復薬の横に置いておいたものだった。
以前にガイルに作ってもらった魔除けの仮面を真似して作ったものだ。
ガイルほど器用に作れなくて、薪を削って顔っぽく彫っただけの、妙ちくりんなものだった。
「目を覚ましたとき目の前にこれがあって、大笑いして肋骨がまた折れるかと思ったよ」
恥ずかしくなって仮面もどきを奪おうとしたが、ガイルは僕に届かないように持ち上げた。
「持って帰ろうかな」
「駄目だよ。役目が終わったんだから、土に還さないといけないだろ」
僕はガイルから仮面もどきを奪い取ると、暖炉の火にくべた。
仮面もどきは、すぐに燃え始めた。
「すまん、嘘だ。笑ったんじゃない。実は嬉しくて少し泣きそうになった」
ガイルは照れくさそうに小声で言って、燃えている仮面もどきに手を合わせた。
僕も一緒に手を合わせた。
心の中で『ガイルを助けてくれてありがとう』と仮面とテティーにお礼を言った。
夕食に、キノコのスープを作った。あとは乾パンと干し肉だ。
たっぷり作ったスープのおかげでお腹が満たされた。
さっき採ってきた薬草は、乾燥させるために暖炉の近くに広げておいた。
ガイルは、ガルヘルムとの闘いを熱く語っていた。
「ーーいやあ、しかしすごかったな。ユイが槍に結界を張ってくれたおかげで、相当ダメージを与えられた。それに、タクミはあの状態でよく古傷の場所がわかったよな。リドもあいつを右に左にと翻弄してーー」
ガイルの話は尽きない。武勇伝が増えたようだ。
ガイルは自分の活躍よりも、僕やユイやリドの活躍を大袈裟に褒め称えてくれる。
聞いていて少しくすぐったいが、悪い気はしなかった。
夜が更けてきた。
「明日中にはアナトリカに到着したい。明日は早い時間に出よう」
僕らは眠りについた。
***
朝、目を覚ますと、いい匂いがしていた。
起き上がってロフトから降りると、すでにガイルがキノコのスープを作っていた。
乾パンと干し肉とスープの朝食を食べた後、僕は昨日採ってきた薬草を使って回復薬を作った。
治療のためではなく、エネルギーチャージのための回復薬だ。
みんなで回復薬を飲み山小屋の掃除を済ませると、すぐに出発した。
外に出ると、空は晴れていた。
ヴォラス山に来て初めて見る晴天だ。気持ちが良くて深呼吸をした。
周囲の景色の見え方が全く違う。そこにあるのは、暗く鬱蒼とした森ではなく、緑豊かな森の姿だった。
鳥の囀りが聞こえてきた。
「鳥の声だ。鳥が戻ってきたんだ!」
久しぶりに普通の生き物の気配を感じて嬉しくなった。
帰りの道は、警戒する必要がなくなったのでスムーズだった。
廃墟の村を通った。当然イタチの死骸はない。
寂れた雰囲気はそのままだが、異様な不気味さは消えていた。
廃墟を過ぎて、歩みを進める。
ところどころに悪い気が溜まっていた場所も、薄らいできたようだ。
元々この辺りは、悪い気の溜まり方はそれほど酷くはなかった。
酷かったのは、ガルヘルムがいた辺りだ。
「ガルヘルムがいた場所に悪い気が溜まっている場所をそのままにしてきちゃったけど、浄化しなくて良かったかな」
ガイルに聞いた。
「女神の聖水をもらえれば、浄化はこちらでやっておくよ。ガルヘルムさえいなくなれば、あとは俺たち狩護師の出番だ。任せておけ」
「わかった。そうさせてもらうよ」
あとはガイル達がやってくれるのなら心配はない。
そういえば、金塊の洞窟は結局どこにあったのだろう。
そもそも、本当にそんな洞窟が存在したのだろうか。
フェルナンドが見たという金塊も、本当に洞窟から採れたものだとは証明できないのだ。
嘘なのだとしたら、誰が、何のためにそんなことをしたのだろうか?
そんなことを考えているうちに、最初に泊まった山小屋が見えてきた。
いつの間にかここまで来ていたのだ。
ここで休憩することにした。
「ここまで来れば、後は道も楽だ。このペースでいけば暗くなる前に着きそうだ」
昼食として、残っていた乾パンと干し肉を全部食べた。
と言ってもたいした量は残っていなかったので、満足には程遠かった。
少しでも早く到着したいので、休憩を切り上げて出発した。
歩いていると、道の脇の落ち葉の中で何かが動いているのが見えた。
一瞬警戒したが、顔を出したのはリスだった。
「良かった。魔物化していない動物も残ってたんだね」
「きっと、どこかに隠れていたのでしょう」
いずれここに住み着いていた動物達も戻ってくるだろう。
たくさんの生き物が住む豊かな山に戻る日も、そう遠くはないはずだ。
そうなったヴォラス山で、ガイルと狩をしたかったな……。
それだけが残念だった。




