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52 北の祠

勝利の余韻を味わう余裕は、僕らには無かった。


「ガルヘルムの死骸はどうしたらいいんだろう」


「もう浄化できると思います」


ああ、そうか。もう悪い気を生み出す源泉ではないのか。

だったら聖水で浄化できるはずだ。


僕は女神の聖水をガルヘルムの死骸の頭と胴体と足に数滴ずつかけた。

死骸は、黒い液体のようになった後、少しずつ黒い煙に変わり霧散していった。


ようやく勝利したものの、僕らはボロボロになっていた。

ガイルは肋骨が数本折れていて呼吸することさえ痛そうだ。

リドは、左の脇腹から血を流し、右の後ろ足を引き摺りながら歩いている。

僕とユイは身体の怪我さえないものの、心身ともに疲れ切っていた。


結界のおかげでガルヘルムの血を浴びても弾かれたのが幸いした。

もし魔物の血をモロに浴びていたら、無事では済まなかっただろう。


「このまま北の祠へ行くのはとても無理だ。一旦、山小屋に戻ろう」


一昨日(おととい)泊まった、廃墟近くの山小屋に戻ることにした。


そこからの距離は、とても遠く感じた。

思考する気力もなく、とにかく無心で歩き続けた。


やっと山小屋に到着した。罠を避けて、迂回して入る。

魔物化した動物がいないか確認し、扉を閉めた。


ガイルは崩れるようにその場に倒れ込んだ。意識が朦朧としているようだ。

僕は暖炉の前に毛布を引いてガイルを寝かせ、暖炉の火を起こした。

その横にリドも寝かせたが、ぐったりとしたままだった。


ユイから薬草をもらって、回復薬を作った。

明日の朝の分だけを残して、残り全部の薬草を使った。


ガイルに回復薬を飲ませると、少し楽になったと言い、そのまま眠ってしまった。

リドの右の後足は骨折していた。ガルヘルムの体に潰されたときに、骨が砕けていたのだ。

ユイは、もう元には戻らないだろうと言った。


「僕の身代わりになってくれたんだ……。ごめんね。ごめん」


リドは回復薬を舐めたあと、ガイルの横で眠った。


「治療にはなりませんが……起きたときに、少しは楽になると思います」


ユイは、寝ているガイルとリドに痛みを抑える薬を塗った。

あとは安静にして体力を回復させ、アナトリカに戻ってからきちんとした治療を受けるしかない。


あれだけ激しくガルヘルムと闘ったのだ、無理もない。

闘いを振り返っていると、ユイに借りていた水晶のペンダントのことを思い出した。


「そうだ。水晶のペンダントを返さないとね。おかげで助かったよ」


僕は首から外したペンダントを手に乗せた。

そしてそれを見て、あっと息を飲んだ。

元は透明で輝いていた水晶が、白く濁り、しかも全体にヒビが入っていたのだ。


「そんな……。僕が強く握りすぎたせいだろうか」


「いいえ、強く握っただけではこうはなりません」


ユイは変わり果てた水晶を見ながら、静かに言った。


「力を使い果たしたのでしょう」


「ごめん。僕のせいで……」


これはユイにとって、ただのペンダントではない。

ユイの両親につながるただ一つの手がかりでもある、かけがえのないものなのだ。

どう償えばいいのか。僕は頭が真っ白になった。


「違います。そうではありません。この水晶は役目を全うしたんです」


「役目を……?」


「タクミがガルヘルムの弱点を見つけてくれなかったら、とても勝つことはできませんでした。その力を引き出す役目を果たしたのです。私は、この水晶がタクミの役に立ってとても嬉しいです。この水晶を持たせてくれた両親に、初めて感謝をしたい気持ちになりました」


ユイは水晶のペンダントを受け取り、大事に両手で包んだ。


「タクミに力をくれてありがとう」


僕は、胸が一杯になった。ユイの気持ちが嬉しかった。

ユイの両手を僕の両手で包んだ。


「僕に力をくれてありがとう」


心を込めて、ユイとペンダントにお礼を言った。

ユイは少し照れながら微笑んだ。



僕とユイは、山小屋に残してあった乾パンと干し肉を食べた。

少しの量だったが、空腹を落ち着かせるのには十分だった。


まだ外は薄暗くなってきた程度で、夜になるまでには時間があったが、疲れていたので早めに寝ることにした。


横になったらすぐに眠っていた。

泥のように眠った。深い深い眠りだった。



***



翌朝、早い時間に目が覚めた。

久しぶりに熟睡した感覚があった。背伸びをすると、体中がこわばっていた。

昨日は思考することすらできなくなっていたのに、頭がクリアになっている。


ロフトから降りて、ガイルとリドの様子を見た。ぐっすり寝ているようだ。

僕が起きたのに気がついて、ユイも起き出してきた。


「おはよう。身体は大丈夫?」


「ええ。久しぶりにぐっすり眠れました」


ユイが笑顔を見せたので、少しホッとした。


「北の祠まで行けそう?」


「全く問題ないです」


僕らはすぐに出発することにした。できれば今日の暗くなる前に戻ってきたい。

残りの薬草を全部使って回復薬を作り、器に入れてガイルとリドの枕元に置いた。

僕とユイも回復薬を飲み、その後、ユイに結界を張ってもらった。



山小屋を出た。薄曇りの天気だった。


北の祠はヴォラス山の山頂近くにある。

山道自体は荒れていても問題ないが、魔物化した動物が出てこないかだけが不安要素だった。


黙々と山を登る。

周囲の様子に警戒していたが、動物の気配は全くなかった。


登る途中にも、悪い気が溜まっているところが何箇所かあったが、ガルヘルムを倒した辺りほど多くはなかった。

獲物も少なそうだから、ガルヘルムはこの辺りまでは来なかったのだろう。


途中で道が途切れていたが、ユイが通りやすそうな場所を先導してくれた。

上へ上へと進むうちに、山頂へと続く一本道に出た。


道が険しくなり、だんだん息が切れてきた。かなり登ってきただろう。

灌木の林を抜け、土や岩に覆われた山肌を歩き続ける。

最後は崖のような斜面を登っていった。


上の方に、白い建物が見えてきた。

崖を削ったところに建ててある。よくこんなところに建てたものだ。


その建物には見覚えがあった。

転移してきた、ノートスのあの丘の上の祠と同じだ。


ようやく北の祠に到着した。


「やっと着いたね」


「やはり結界が不安定なのを感じます。入りましょう」


深呼吸をして呼吸を整え、祠の扉を開ける。

入ると、途端に神聖な空気に包まれた。


曇りのせいか、ステンドグラスから入る陽の光が弱く、祠の中は薄暗く感じた。


中央にある水晶玉は、確かに神気が不安定なようだ。

中の光が、ゆらゆらと揺れているように見えた。

丘の上の祠にあった水晶玉は、虹色に輝いて圧倒されるような神気を感じたのだが、この水晶玉は光が鈍く神気も弱い。


いよいよこの時が来た。女神の聖水を取り出す。

ユイは少し後方に下がって見ていた。


テティーに言われたことを思い出す。


『タクミと水晶玉が共鳴して光を発したら、少しずつ聖水をかけてください』


水晶玉の前に立って、そっと手をかざした。

手が暖かくなり少し痺れるような感覚がした後、水晶玉の光が強くなってきた。

共鳴しているようだ。


聖水の瓶の蓋を開け、水晶玉の上から数滴垂らしてみる。

聖水は、そのまま水晶玉の中に吸い込まれていき、内部の光が少し強くなった。

さらに少しずつ聖水を注いでいく。聖水を吸い込み、徐々に光が増していく。


全て注ぎ切ると、水晶玉は眩ゆいほどの虹色の光を放った。

そして、水晶玉から湧きあがる神気が、渦巻きながら祠の天頂へと上昇していくのが視えた。

龍のようだーー。

その美しさと神々しさに圧倒され、僕はしばらく我を忘れて立ち尽くしていた。


「結界が復活しました」


ユイの声に、ハッと我に返った。


「成功……したんだね」


これでもう魔物が入ってくる心配はない。

みんな安心して過ごせるんだ。


「タクミ!」


ユイが駆け寄り僕に抱きついた。


「ありがとう、タクミ。この国を救ってくれて」


ユイは泣いていた。

この国を背負って、ユイも相当なプレッシャーがあったのだろう。

あんな恐ろしい怪物と闘ったうえに、家族のリドは大怪我を負ってしまった。

今まで涙を見せなかったのは、ずっと気を張り続けていたのだろう。


「こちらこそ、ありがとう。ユイがいなければここまで来れなかった」


ユイを抱きしめて、今この時の喜びと感動を分かち合った。



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