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51 死闘

朝になった。洞窟の入り口から淡い光が入ってくる。

外を見ると、曇ってはいたが雨は止んでいた。


回復薬を作って瓶に詰める。

鍋に残った回復薬を、朝食代わりにみんなで分けて飲んだ。

食料がなくてお腹が空いていたが、この方が『気』がよく視えるようだ。かえって良かったかもしれない。


あの食いしん坊のガイルが食事が無くても大丈夫なのかと心配したが、何度も山の中でのサバイバルを経験してきたので、二、三日は全く食べなくても平気なのだそうだ。


「左腕の調子はどうですか?」


ユイがガイルに聞いた。


「ああ、おかげさまで、痛みは全く無くなったよ。この通りだ」


ガイルは左腕をぐるぐると回してみせた。

痛みが全く無いことはないだろうが、動かすのには問題ないようだ。傷が深くないのが幸いした。


ユイがみんなに強い結界を張ってくれた。そして、槍と矢とクナイにも。

念の為、持ってきていたサバイバルナイフにも結界を張ってもらった。

最初の旅に出るときに、ノートスの街で航さんに買ってもらったものだ。

まだ木を削るくらいにしか使っていなかったが、出番があるかもしれない。


「今日は、北の祠を目指す。わかってるだろうが、ガルヘルムが現れる可能性が高い。いや、必ず現れるだろう。油断せずに行こう」


ガイルが先頭にたって進む。

昨日僕が流された川に出ると、川沿いを上流に進んだ。

なかなか渡れそうな場所がない。ガイルとリドはどうやって来たのだろうか。


少し進むと、川幅が少し狭くなっているところがあり、大きな倒木が橋のように架かっていた。

自然な倒木ではなくて、誰かが橋代わりに渡したもののようだ。

倒木は濡れていて滑りやすかった。バランスを取りながら注意深く渡った。


「ここから先はあいつの縄張りだ。警戒して行くぞ」


ガイルが小声でみんなに言った。


そこから、森の中を黙々と進んだ。昨日の雨でぬかるんでいるところもある。

いつガルヘルムが出てくるかわからないので、周囲に警戒しながら注意深く歩みを進めた。


ところどころに悪い気が溜まった箇所がある。

これまでよりも多いのは、ガルヘルムが主に活動している場所だからだろう。


しばらく進むと、急にリドが立ち止まった。

みんなも立ち止まって、周囲の気配を探った。


『ガルルル』


リドが低く唸り声を上げた。


ーーあいつだ。


進行方向の先から、こちらに近づいて来ている。


ガイルとリドが前に出て、僕とユイは左右に分かれて後ろに下がった。


見えてきた。

ガルヘルムが真っ直ぐこちらに向かって歩いてきている。

どす黒く禍々しい気に覆われたあいつは、薄ら笑いを浮かべているように見えた。

ずいぶん、余裕ありげじゃないか。


僕らの正面に立ち塞がり、こちらの動きを窺っている。

先に動き出したのはリドだった。ガルヘルムの背後に回って左の尻に噛み付いた。

リドを払おうとガルヘルムが体を左に捻ったところで、ガイルは昨日槍を刺したのと同じ箇所を狙って、槍で脇腹を突こうとした。

だが、ガルヘルムの右手に阻止され、振り払われた。


僕はガルヘルムの気を視ることに集中した。

首からかけたペンダントの水晶を右手で握りしめ、あいつの気に集中する。

どす黒い気が全身から放射されているが視える。古傷を探すんだ。


ガルヘルムはリドに集中して攻撃を始めた。昨日撒かれたのに怒っているのだろうか。

両手を交互に繰り出してリドを襲うが、リドは右に左にと飛び回り、ガルヘルムの攻撃をかわしていた。

隙を見てガイルが槍を突き立てるが、硬い皮膚に弾かれて傷をつけることもできない。


ユイは、近くの大きな木の枝に登っていた。上方から目を狙うつもりなのだ。

リドを攻撃するガルヘルムの左目に、クナイを投げた。

クナイは、目のすぐ下の皮膚に刺さった。


『グアァァーーー』


ガルヘルムは、叫び声を上げた。ダメージを与えている。

目の近くだったので皮膚が柔らかだったのだろう。

顔を激しく振って、クナイを振り落とした。


僕はその間もずっとガルヘルムの気を探っていた。

気が薄くなっているところはないか。必死に探すが見つからない。

もしかして、古傷なんてないのかもしれない。一瞬不安がよぎる。

いや、必ずどこかに弱点があるはずだ。どす黒い気を、必死に視続けた。


ガルヘルムが、クナイを投げたユイの姿を探した。

さっきの木の枝にユイの姿が見えない。結界で姿を消しているのだ。

姿は見えないのに、ガルヘルムはユイがいる場所に方向を定めて歩き出した。姿は見えなくても匂いや気配で気がついたようだ。


ガイルが立ち塞ごうとするが、ガルヘルムの右手で突き飛ばされた。

リドがガルヘルムの左足のアキレス腱に噛み付く。

ガルヘルムの歩きが遅くなった。リドが噛み付いたまま引き摺られていた。


「逃げろ!」


ガイルが立ち上がりながらユイに向かって叫んだ。

姿を消しても無駄だと判断したのか、ユイが木の枝に現れた。

だがユイは木の上から逃げようとせず、クナイを構えて、向かってくるガルヘルムの目に狙いを定めようとしている。


「古傷は視えたか!?」


ガイルがガルヘルムの背中に槍を突きたてながら叫んだ。槍は弾かれていた。


『どこだ、古傷はどこにあるんだ!?』

僕は水晶を強く握りしめ、さらに目を凝らした。

ガルヘルムを取り巻く黒い気がくっきりとしてきた。

視えた! 黒い気の一部が薄くなっている。


「右の肩甲骨の下だ!」


僕が叫ぶと、ガイルが駆け出した。

その勢いのまま、ガルヘルムの右の肩甲骨の下に槍を突き刺した。


『グアォォォ』


ガルヘルムが叫んで仰け反る。

ガイルは素早く槍を引き抜くと、もう一度同じ場所に槍を刺した。

血が噴き出した。どす黒い血がガイルにかかった。


ガルヘルムが狂ったように体を左右に振った。

ガイルはその勢いで、後方に弾き飛ばされ、岩にぶつかって倒れた。


ガルヘルムの体の正面がこちらを向いたとき、また視えた。

首の左側と下腹だ。


ガルヘルムが倒れたガイルの方に向かおうとした時、リドが足に噛み付いて引き止めた。

僕は首の左側を狙って弓を引いた。動きが激しくて狙いを定め辛い。

放った矢は、ガルヘルムの肩を掠めて飛んでいった。


リドがガルヘルムの前で左右に動き回って注意を引いている。

ガルヘルムはリドを捕らえようと、狂ったように左右の手を振り下ろしている。

リドはかなり疲れてきたようだ。動きが今までよりも鈍くなっている。

このままでは危ない。もう一度弓を構えて首の左側に狙いを定める。


ガルヘルムの右手がリドに振り下ろされる。

鋭い爪が、リドの左脇腹を引き裂いた。


『ギャン』


リドが鳴いて退いた。左脇腹からは血が滴っていた。

それを見てガルヘルムの動きが止まった。一瞬の油断だった。

その瞬間、ユイがクナイを投げた。クナイは、ガルヘルムの左目に刺さった。


『グアォォォーーー』


ガルヘルムが仰け反り、首が(あらわ)になった。ーー今だ!

僕が放った矢は、ガルヘルムの首の左側の古傷に突き刺さった。

血が噴き出し、ガルヘルムの動きが止まった。


もう一度、同じ場所に矢を放つ。が、外れて後ろに飛んでいった。

もう一度矢を放つ。先ほどの少し下に矢が刺さった。

さっきよりも深く刺さったようだ。また血が噴き出した。


「よし、このまま畳み掛けるぞ」


起き上がったガイルが、既に血を噴き出している右の肩甲骨の下の同じ場所に、また槍を突き刺した。

ガルヘルムは痛みに苦しみもがき出した。


あとは下腹だ。横に細長い古傷がある。

僕は、サバイバルナイフを取り出した。

走った勢いを乗せて、ガルヘルムの下腹にナイフを突き刺した。

かなり深く入った。ガルヘルムの血がナイフを伝って来るのがわかった。

そのまま、古傷に沿って左横に引き裂いた。血が噴き出す。


ガルヘルムは力無く両腕をだらりと下ろした。

体が前に倒れてきた。


「危ない!」


ユイの叫び声がした。その瞬間、誰かに突き飛ばされた。

僕の後ろでガルヘルムが倒れた。そして、息絶えた。


「リド!」


ユイの声にハッとして振り向くと、リドがぐったりとしていた。後足がガルヘルムの下敷きになっている。僕を突き飛ばして、身代わりになってくれたのだ。

ガルヘルムを持ち上げ、リドの後足を引き出した。

ユイがリドの上半身を抱いて顔を覗き込むと、リドは少しだけ目を開けてユイの顔を舐めた。


「リド。生きていてくれて良かった」


「助けてくれてありがとう、リド」


ガイルがよろけながら歩いてきた。


「タクミとユイは怪我はないか」


「私は大丈夫です」


「僕も大丈夫。それより、ガイルは? ガルヘルムに突き飛ばされたよね」


「ああ、肋骨が数本折れたみたいだ。ユイの結界がなかったら内臓が潰れていたよ」


ガイルとリドに、作ってきた回復薬を飲ませた。

少しは痛みが落ち着くだろう。


全員の状態を確認して、改めてガルヘルムの死骸を見た。

あの激しく放射されていたどす黒く禍々しい気が霧散して、ただの黒い気の塊になっていた。


「……僕ら、勝ったんだね」


傷だらけの勝利だった。



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