50 作戦
焚き火を囲んで、僕らはこれからの作戦をたて始めた。
「あいつを倒さないと、北の祠には行けないようだね」
「問題は、どうやったら倒せるか、だな」
どうやって倒せばいいのか? 全く歯が立たなかったのだ。
みんな黙り込んでしまった。全く光明が見出せない。
「あいつの体は異様に硬かった。身体中を覆っているあの剛毛と皮膚がとにかく硬い。俺の槍も弾き返されるくらいだった」
「僕の矢も、皮膚の表面にしか刺さらなかった」
「私は目を狙っていたのですが、かわされてしまいました」
「どこか弱点でもあればいいんだけど……」
三人とも考え込んでしまった。あいつに弱点なんてあるのだろうか。
「そういえば、ガイルがガルヘルムの脇腹に槍を刺して、その後また同じ場所に槍を刺したとき、ガルヘルムは初めて痛そうな様子を見せてましたね」
「ということは、表面の硬い皮膚のさらに奥だったら、槍の先程度でもダメージを与えられるってことだな」
かといって、どうやって皮膚の奥にまで届かせればいいのだろう。
「古傷でもあったらいいのだが」
ガイルがつぶやくように言った。
「古傷?」
「ああ。今のガルヘルムは魔物の中でも敵はいないだろうが、まだ小さい頃は別の魔物から傷を負わされたこともあっただろう。古傷なら表面の硬い皮膚が完全に再生していない可能性がある」
「でも、どこに古傷があるのか、あれだけ毛に覆われていたらわからないよ」
しばらく俯いて黙って考えていたユイが、顔を上げて口を開いた。
「……もしかしたら、タクミなら古傷の場所がわかるかもしれません」
「僕なら? どういうこと?」
「すべての生物は、微弱ながら固有の『気』を放っています。古傷の部分は、気が弱くなっているはずです」
「いや、僕が視えるのは、土地や物質の神気だけなんだ。生き物の気は視えないんだ」
「ガルヘルムの気は視えませんでしたか?」
そういえば、ガルヘルムから強く禍々しい気を感じた。
いや、ガルヘルムを取り巻く黒い気が、『視えて』いた。
「視えた……と思う」
「生き物の気が視えない訳ではなくて、弱いから捉えられていなかっただけではないですか? もし弱い気も捉えられるようになったら、古傷のわずかな気の変化もわかるかもしれません」
生き物の気を視ることはできないと思い込んでいたので、自分から視ようとしたことはなかった。
少しでも可能性があるのなら……。
「できるかわからないけど、でもやってみる」
「では、リドの気を視てみてください」
今まで神気を視る場合、対象に近づいたら自然に視えていた。
どうやったら視えるのだろうか。
そういえば、オーラが視えるという人の話を聞いたことがある。
体の外側にぼんやりと光るように視えるらしい。
それをイメージしながら、リドの体の周囲に目を凝らした。
……しばらくやってみたが何も見えない。
「ああ、だめだ。何も視えない」
「どうにかして視る力を強化できないのか?」
ガイルが言った。
視る力の強化か。考えたこともなかった。
どんな時によく視えるだろうか。……考えたが、何も思いつかなかった。
「もしかしたら……これを使ってみてください」
ユイは首から下げていた水晶のペンダントを外して、僕の手に握らせた。
「タクミならこの水晶の力を引き出せるはずです」
「こんな大事なもの……」
「とにかく、やってみてください」
水晶は僕の手の中で神気を放っていた。暖かく、強いエネルギーを感じる。
僕は水晶を握りしめて、リドの体の周囲を見た。
リドの体の周囲の空間を見ていると、ぼんやりと光が見えてきた。
いけそうだ。目を瞑って深呼吸してから、もう一度集中してやってみた。
ぼんやりとした光は次第にはっきりとしてきて、リドの体全体を包んでいるのがわかった。
「視えてきた。リドの体が光ってる」
「では、リドの古傷がどこにあるのか、探してみてください」
リドの気に目を凝らす。
集中してじっくりと視ると、一部分だけ少し光が弱くなっている。
「左の後足の付け根のところが光が弱いみたいだ」
「そうです。私が五歳のときに誘拐犯と闘って怪我をしたところです」
ユイがリドの左の後足の付け根の毛をかき分けると、傷跡があった。
視れた。かなり集中力が必要だが、なんとかいけそうだ。
「リドはずいぶん長生きなんだな」
ガイルが言った。
そういえば、通常の犬の寿命で考えたら、もう相当なおじいちゃんだ。
なのに、リドには加齢を感じる要素が全く無い。
「それが、この大きさまで育ってから年を取っていないようなんです」
なんだか、聞いたことがある話だ。
……そうだ、航さんが年を取らない理由の設定と似た話だ。
もしかしてリドもどこか違う世界から来たのか?
だから僕や航さんに同じ何かを感じて、いきなり懐いたのだろうか?
さっきからリドのことをずっと見ていたので、リドが不思議そうな目で僕を見た。
『クウン』と鳴いて首を傾げて僕を見ている。
その仕草が可愛らしくて、つい笑ってしまった。
何はともあれ、生き物の気が視えるようになれて良かった。
かなり集中が必要だが、練習すればもっと上手くできるだろう。
「しばらく練習したいから、このペンダント借りててもいい?」
「持っていてください。返してもらうのは全てが終わってからで構いません」
ユイが笑顔で言った。
ありがたく預かることにした。
「古傷の位置はわかったとして、もう少し攻撃力も強化したい」
ガイルが言った。
「槍の先に動物を麻痺させる薬を塗っていたんだが、全く効き目がないようだった。ユイ、もっと強い薬は作れないのか?」
「あれ以上強い薬を作ることは禁じられているので、作り方がわかりません。作るにしても、おそらく毒を持つ植物を使うのですが、そもそも魔物には毒は効かないと聞いています」
そうだった。『毒を持っている生き物は魔の性質がある』と航さんが言っていた。
毒は魔の性質なんだ。だとしたら魔物に効くわけがない。
「そうだ、だったら女神の聖水を塗ったらいいんじゃないかな。ここを浄化したみたいにガルヘルムにも効き目があるかもしれない」
たった数滴でこの洞窟全体を浄化してしまったのだ。ものすごい効果だ。
きっとガルヘルムにも効くに違いないと考えたのだ。
ユイはしばらく考えてから言った。
「確かに聖水には、場所や物質に対する強力な浄化作用があります。ですが、ガルヘルムはそのものが魔の存在です。多少浄化したところで無意味でしょう」
焼け石に水、ということか。
そういえば、『女神の力は魔物には通用しない』と航さんが言っていた。
出発の前に、今回は女神の御守りはないのかと航さんに聞いたときだった。
そんな筈はないだろうと内心思っていたが、女神の力は浄化や治癒の力なんだ。
そもそも魔物に対抗するための力ではなかったのだ。
だから水晶玉の力を借りて結界で魔物を弾いているのだろう。
結界で魔物を弾いて……?
「ねえ、ユイ。この国に魔物が入ってこないように結界を張っているんだよね。魔物が結界に触れたらどうなるの?」
「聞いた話では、魔物が結界に触れると火傷したようになるそうです。近づいただけで痛みを感じると聞いています」
「ガルヘルムにも結界が効くかな」
「結界が弱くなったときに入り込んだので、ある程度の耐性は持っているでしょう。ですが強い結界であれば……効果はある、と思います」
ユイも僕の質問の意図に気がついたようだ。声が力強くなってきた。
「ユイは強い結界を張る練習をしてきたんだよね」
「はい。巫女長が直々に指導してくださいました」
焚き火の炎に照らされたみんなの顔が明るくなった。
やっと光明が見えてきたのだ。
「槍や矢に強い結界を張ります。これで攻撃力が上がります!」
三人で顔を見合わせて強く頷いた。
次は、次こそは、あいつを倒してやるんだ。




