46 北の山
朝食を摂った後、部屋で身支度を整えた。
ガイルに勧められて買った防寒具を身につける。
暖かくて動きを邪魔しない。すごくいい感じだ。
宿屋の一階で待っていると、ガイルがやってきた。
おそらく食料が入っているであろう大きな袋と、長い槍を持っていた。
槍は柄まで金属でできた、頑丈そうなものだった。
重そうな槍をガイルは軽々と持っている。
「準備はいいな。よし、行こう。まずは廃墟の村の近くにある山小屋を目指そう」
出発前に、ユイが僕らとリドに結界を張ってくれた。
街道をヴォラス山の方向へ進む。空にはひつじ雲が出ていた。
街の中心なのに人通りは少なかった。既に凶暴な熊の話が広まっているのだろう。
街外れに近づくにつれて人の気配も無くなり、静まりかえっていた。
普段であれば長閑でいい街なのだろうが、今や廃墟のような寂れた雰囲気になってしまっている。
住民のことを思うと心が痛む。
やがて街を抜けて山道の入り口に来た。
門が閉まっていたが、ガイルが警備についていた狩護師に声をかけると門を開けてくれた。
既に首長から指示が出ていたのだろう。
警備の狩護師達が、心配げにガイルに声をかける。ガイルは笑顔で答えていた。
門を抜けて山道に入ると、途端に嫌な感じがした。呼吸がしにくく感じる。
どこにガルヘルムがいるかわからないという緊張と恐怖のせいだろうか。
気持ちで負けてはいけないと自分を奮い立たせて歩いた。
やけに静かだ。鳥の鳴き声すらしない。それに、生き物の気配が全くない。
大きい野生動物がいなくなったと聞いたが、小動物もいなくなっているのだろうか。
山道を進んでしばらくすると、さらに息苦しくなり体が重くなってきた。
ガイルは平気そうだが、ユイは少し顔色が悪かった。
僕のペースが落ちたのに気がついて、ガイルが声をかけてきた。
「タクミ、大丈夫か? 気分が悪いのか?」
「何だか息苦しくなってきたんだ」
リドが心配そうに、うつむいた僕の顔を覗き込んだ。
ユイが僕の様子を見て言った。
「恐らく悪い『気』のせいでしょう。この辺りにまでガルヘルムの邪悪な『気』が影響を及ぼしているようです。神気が視える人は、特に敏感に感じ取ってしまうのです」
そうなのか。
今までパワースポットと呼ばれる場所に行って神気を感じることは多かったが、その逆の忌み地と呼ばれるようなところには行ったことがなかった。
こんなことになってしまうのか。
「ユイは大丈夫なの?」
「私も少し息苦しいのですが平気です。しばらくすると耐性がついてくるのですが、タクミの場合は神気を視る力が強いので影響も大きいのでしょう」
「我慢していればいずれ慣れてくるのかな」
「そのはずです。気休め程度かもしれませんが、結界を強化してみますね」
ユイが背中に手を当てて結界を強化してくれた。
途端に息苦しさが弱まり、体が楽になってきた。これならいけそうだ。
「どうですか?」
「ずいぶん楽になったよ。ありがとう」
「ここで少し休むか?」
「いや、大丈夫だ。進もう」
山道を進んだ。整備された道ではあるが、倒木などもあり歩き辛かった。
主要な街道や山道は、山小屋と同じで近くの街が管理しているのだが、ゴールドラッシュの村が廃村になってからはあまり管理がなされていなかったそうだ。
「歩きにくいが我慢してくれ。夏の嵐で倒木や土砂崩れなんかがあってなあ。これでも狩護師の有志がたまに整備をしに来ていたんだが」
進むにつれて、森が深くなり見晴らしが悪くなってきた。
周囲への警戒を強める。いつガルヘルムが襲ってくるかわからない。
周囲の物音や気配を気にしながら慎重に歩いていく。
かなり俊敏なやつだというが、三メートルもの大きい体だ。全く物音も気配もなく近寄ってくるのは難しいはずだ。
目指しているのは、廃墟の村の少し先にある、ガルヘルムが潜んでいるであろう場所に一番近い山小屋だ。そこから北の祠へは半日程度の距離になる。
そこまで行ければいいが、かなり慎重に歩いているし道は悪いし、僕の体調不良のせいで速度を落としているので、このペースでは難しいかもしれない。
少なくとも、その一つ手前の山小屋には到着しなければ。
悪い気に、身体が慣れて耐性がついてきたようだ。
ユイが後から張ってくれた強い結界が切れてきたのを感じるが、平気だった。
だが、耐性がついてきてからわかったことがある。
ところどころに、悪い気が溜まっている場所があるのだ。
そういえば、悪い気が溜まるとその干渉を受けた野生生物が魔物化することがある、と航さんが言っていた。
ということはもしかして……。嫌なことを考えてしまった。
とにかく山小屋に辿り着くまでは、気を張っていなくては。
黙々を歩みを進める。
山小屋が見えてきた。廃村よりもずっと手前にある山小屋だ。
「まだ時間は早いが、次の山小屋まで行くには時間が足りない。今日はここに泊まろう」
ガイルが言った。
山小屋に入ると緊張の糸が切れて、へたり込んだ。
歩いた距離は短かったが、わずかだが息苦しさが続いていたし、ずっと気を張っていたせいでとても疲れていた。
ガイルは厳重に戸締りをしていた。
討伐隊がこの山小屋も使ったのだろう。山小屋の中は掃除されていて薪も補充されていた。
ガイルはすぐに火を起こした。
いつもなら真っ先に料理を作り始めるところだが、匂いが出てしまうので今回は料理はしない。
夕食は持ってきたパンにハムとチーズを挟んだ、定番のサンドイッチだ。
リドはユイから干し肉をもらって食べていた。
ユイは回復薬を作り始めた。
薬を作るのに使う道具は、たいていの山小屋には置いてあるそうだ。
「仕上げの『気を送る』っていうのが巫女や結界師にしかできないんだったよね」
「ええ。でも、もしかしたらタクミにも出来るかもしれませんね」
「僕が? できるのかな?」
「水晶玉と共鳴する能力があるのならできるはずです。よかったら、やってみませんか?」
ユイが持って来ていた薬草を使って、回復薬の作り方を教わった。
二種類の薬草を二対一の配分で鉄鍋に入れて軽く煎った後に、すり潰して粉にした。
それを器に入れてぬるま湯で溶く。
「これに手をかざして、薬草が融合して薬になるのをイメージします」
僕は器に手をかざした。薬草が融合して薬になるのをイメージ……。
やってみたが上手くできない。器の中は、何の変化もなかった。
「薬草が融合して薬になるというのがイメージできないな」
「回復薬は以前に飲んだからわかりますよね。この器の中のものが、あの回復薬になるとイメージしてみてください」
僕はまた器に手をかざした。これが回復薬になるのをイメージ……。
なんだか手が温かくなってきた。そして器の中がぼんやり光った後すぐに元に戻った。
ユイは小指の先で少しすくって舐めてみた。
「成功です! 初めてで成功するなんて、やっぱりタクミには才能がありますね」
「僕にこんなことができるなんて思わなかった」
「すごいじゃないか、タクミ」
横で見ていたガイルも褒めてくれた。
これって、魔法みたいじゃないか。
魔法のことは諦めていたので、僕はテンションが上がった。
「もしかして、僕も結界が張れるようになれるかな?」
「通常は二年ほど訓練しますが、タクミならきっと半年でできるようになりますよ」
半年かあ。それはちょっとやめておこう。
「水晶玉と共鳴できるって、すごいことだったんだね。不思議な感じだ」
「これが世界の理なんです」
回復薬は病気や怪我の時だけでなく、ちょっと疲れたり元気になりたい時にも良く効くのだそうだ。エナジードリンクのようなものだろう。
これでいつでも元気が回復できる。戻ったら航さんに作ってあげて自慢しよう。
回復薬を飲むと、疲れが吹き飛ぶようだった。
まだ少しだけ感じていた息苦しさも、完全に無くなった。
ユイも顔色が戻ったし、ガイルも元気が復活したようだ。
暗くなって冷えてきたので、暖炉の前で体を暖めた。
少し落ち着いたので気になったことを聞いてみた。
「ここに来るまでに、何箇所か悪い気が溜まっているような場所があったのだけれど、気がついた?」
「そうなのか?」
ガイルが焦った様子で聞いてきた。
「私も少し感じました。とても嫌な感じがする場所がありました」
ユイが眉を顰めながら言った。
「あの邪悪なガルヘルムがいるせいで、悪い気が溜まってきているんだな」
ガイルが苦々しげに言う。
「悪い気が溜まりやすいところは、狩護師が避けてくれるって航さんから聞いたけど、他にもそういうところがあるの?」
「ああ。この国の中では八箇所あって、全て把握している。そのうち五箇所はこのヴォラス山近辺だ。それが増えてしまうということだな」
「この悪い気が溜まったところって、水晶の力が戻ったら自然になくなるのかな」
「程度によると思います。軽いところならば時間が経てば自然に元に戻ります。ですが、大量に悪い気が溜まっている場所は自然には戻りません。個別に浄化が必要になると思います」
「どうやって浄化するの? 放っておいたら、野生生物が魔物化しちゃうんだよね」
「巫女が五人で囲んで祈祷することで浄化できます。先ほどガイルが言っていた八箇所も、定期的に浄化を行なっています。ですが、なるべく早くガルヘルムを退治しないと、どんどん悪い気が溜まって浄化が追いつかなくなってしまいます」
その存在ばかりでなく、周囲にまで悪影響を与えるとは。
明日も早い時間に出発するので、早めに寝ることにした。
昨日寝付けなかったせいか、疲れているせいか、横になるとすぐに眠りについた。
たぶん、ガイルと同時だっただろう。




