40 宝石
幌がついた荷馬車に乗り込むと、以前に乗った荷馬車とは様子が違うので驚いた。
中央に仕切りがあったのだ。前と後ろで完全に区分けされている。
しかも、以前に乗った荷馬車に比べて造りが立派で、全体的に綺麗だ。
「変わった造りの荷馬車だね」
小声でユイに言った。
「アレクシスは神経質な方なのでしょう。個室を好む方もいるので、こういう造りの荷馬車もあるんです。もちろん荷主側の料金は高いようですが」
僕達の料金は普通の荷馬車と一緒だ。立派な荷馬車に乗れてラッキーだ。
航さんは僕らに別れを告げて帰って行った。その背中は寂しげに見える。
テティーも僕もいなくなって、また一人になってしまったんだ。
もともと一人で暮らしていたけれど、前と今では感じ方が違うだろう。
荷馬車がアクティに向けて出発した。
二泊三日の旅だ。リムネーよりも遠いのにかかる時間が一緒なのは、途中の村に立ち寄らないからだ。少しでも早く到着したいので丁度良かった。
荷馬車にはアレクシスと僕たちの他にもう一人、若い商人が同乗した。
ラザロという、僕より少し若そうな男性だった。中肉中背の真面目そうな青年で、リムネーで宝石店を営んでいると言った。
ノートスで商談をした帰りだが、リムネー直行の荷馬車がなかったのでアクティ経由にしたのだそうだ。
「その若さでもう店を持っているなんてすごいね」
宝石商といえば、宝石の目利きが必要だろう。素人考えだが、相当の経験を積まないと難しいのではないかと思った。
「いやあ、父親の代からやっていて後を継いだだけですよ」
ラザロはそう言って笑った。笑うと余計に人が良さそうに見える。
宝石の商談って値段交渉とかが厳しそうなのに、大丈夫なのだろうかと少し心配になった。
「宝石の商談って難しそうだね」
「いや、商いはほとんど信用でやっているようなものなんです。そんなに難しくはないですよ」
なるほど。この規模の国なら宝石の取引先は限られてくる。ほとんど全員が顔見知りなのだろう。だとしたら、もし一度でも不正なことをしたら悪名が知れ渡って、この地で商売ができなくなるのだろう。
「ユイさんのペンダント、いい水晶を使っていますね。東の大陸のものでしょう?」
ラザロはユイに言った。宝石商も伊達ではないらしい。
リドは最初は荷馬車の後ろから小走りでついてきていたが、疲れたのか飽きたのか、途中で荷馬車に乗り込んできてユイの足元で昼寝を始めた。
あの大きさなので結構な重量がありそうだが、軽々と飛び上がってストンと見事に着地したので、荷馬車は全く揺れなかった。
「ずいぶん大きな犬ですね」
ラザロが言った。
「はい。大型犬なんです。賢くて大人しいですよ」
事前にユイからは、リドのことを大型犬として扱うことを聞かされていた。
狼犬と言うと怖がる人がいるからだ。
大きなあくびをして寝そべるリドの姿を見れば、誰も狼犬だとは思わないだろう。
僕の場合は、初対面でいきなり追いかけられて飛び掛かられたので、狼の血を引いていることが納得できる。
空が薄暗くなってきて、荷馬車が休憩所に入った。
僕はガイルがやっていたように、焚き火用の囲いに火を起こした。
ガイルのようにすんなりできなくて時間がかかったが、なんとか火がついてホッとした。
航さんの家で何度か練習しておいて良かった。
御者に鍋や食器の場所を聞いた。みんなに温かいものを作ると言うと、喜んで教えてくれた。
ユイに手伝ってもらってスープを作った。
食材をたくさん買ってきたので具沢山だ。味見をしたらなかなか美味しくできた。
肉屋で買ったソーセージがいい味を出してくれている。
御者がハムとチーズを挟んだパンを配ってくれた。荷馬車ではこれが定番だ。
リドにはユイが持ってきていた干し肉のようなものを食べさせていた。
スープを注いで、みんなに配った。
馬の世話をしている人以外は、みんな焚き火の周りに集まっていたが、アレクシスの姿が見えない。
御者に聞くと、荷馬車の中で一人で食事を摂るらしい、ということだった。
僕は迷ったが、スープをアレクシスに持っていくことにした。
幌の幕が閉めてあったので、外から声を掛けた。
「アレクシスさん。同乗しているタクミです」
幕が少し開いて、アレクシスが顔を覗かせた。
「あのう、良かったらこれを召し上がりませんか?」
アレクシスは驚いた顔をしていた。
「これは、君が作ったのか?」
「はい。温まりますので良かったらどうぞ」
アレクシスにスープの入った器とスプーンを半ば強引に渡して、すぐに戻ってきた。
食べないなら食べないで、捨ててくれてもいい。と思っていた。
だが、縁あって同乗したのだから、一人だけ渡さないのも気持ち悪かったのだ。
ラザロはスープが気に入ったようで、おかわりをして食べていた。
たくさん作ったスープは、見事に全部無くなった。
洗い物は、ラザロや御者たちも手伝ってくれて、あっと言う前に片付いた。
食事が終わり、荷馬車に戻った。
まだユイやラザロとおしゃべりしたかったが、アレクシスが『うるさくて眠れない』と言ってきそうな気がして、すぐに寝ることにした。
あまり眠くはなかったのだが、横になると、自然と眠気がきてすぐに寝ていた。
***
翌日の朝になった。
少し冷えるが、清々しくて気持ちのいい朝だった。
空には、刷毛で掃いたようなすじ状の雲が輝いていた。
景色を眺めているとアレクシスが後ろから声を掛けてきて、昨日の器とスプーンを渡してきた。
器とスプーンは綺麗に洗われていた。
「タクミくん……だったかな。昨日はご馳走さま。温まったし、とても美味しかったよ」
「いえ。どういたしまして」
気難しい人かと思っていたが、その物腰は柔らかでとても紳士的だった。
僕は見た目の印象だけで勝手に思い込んでいたのかも知れない。
朝食のサンドイッチを食べ終わると、荷馬車が出発した。
ラザロとの会話は、昨日よりもさらに砕けてきた。
昨日の夕食の具沢山スープがよっぽど嬉しかったらしく、僕らに対する評価が上がったようだ。
ラザロは、今持っている宝石を見せてくれると言った。
「そんな大事なもの、こんなところで広げて大丈夫か?」
「いや、ここだから安心なんです。僕たちしかいないじゃないですか」
まあ、確かにそうだ。
僕は宝石のことはよくわからないが、ユイはやっぱり興味があるだろう。
ユイの方を見ると嬉しそうな顔をしていた。
ラザロは、床に敷物を敷くと、背負っていた荷物を横に置いた。
そういえば、昨日寝る時も荷物を大事に抱えていた。宝石が入っているのなら当然だ。
荷物の中から、木箱を二つ取り出して敷物の上に置いた。
一つの蓋を取ると、中はベルベットのような柔らかい布で覆われた山型の仕切りがあり、そこに指輪が並んでいた。
別の一つの蓋を開けると、格子状に区分けされていて、一つ一つの枠の中にペンダントトップが収められていた。
「わあ、綺麗」
ユイの目が輝いている。
あまり宝石に興味がなかった僕が見ても、目を引く綺麗さだった。
「どうぞ、手に取って見てください」
「触ってもいいのですか?」
「もちろん」
ユイが熱心に見ている間、ラザロが僕の耳元で小声で言った。
「ユイさんに、プレゼントとかどうですか?」
なるほど、それが目的だったのか。
それぞれの宝石には、小さい値札がついていた。
なかなかいいお値段だが、買えないこともない。航さんからは軍資金を多めにもらってきていたのだ。
だが、航さんから預かったお金でユイへのプレゼントを買うのは違う気がする。
「今は買えないから、今度にするよ」
「ああ、もちろん今すぐ買ってとは言いません。でも人気のものはすぐ売れちゃいますからね。もし気に入ったものがあったら、特別に取り置きしておきますよ」
ラザロは僕を見て軽くウインクした。
男にウインクされるのは初めてだったが、こんなに自然にできるやつがいるんだな。
その後、ラザロは今度はユイに熱心に話しかけ始めた。
「これなんかも人気ですよ。ああ、いいですね、とっても似合います。ユイさんの美しさを引き立ててますよ」
うーん、やっぱり商売人だな。
しかし、思っていたよりユイが熱心に見ていたのが意外だった。
「見せていただいて、ありがとうございました」
「商談用の見本なので今はこれだけしかありませんが、リムネーの店にはもっとたくさんありますよ」
ラザロは宝石の箱を片付けながら、リムネーの店の場所を教えてくれた。
食事をしたレストランの近くだった。
「アクティの後に、是非、寄って行ってください」
「あー、僕らはアクティの後にはアナトリカに行く予定なんだ」
「アナトリカに?」
急にラザロの表情が堅くなった。
「アナトリカがどうかした?」
「いや、少し前に変な噂を聞いたので……」
もしかして、ガルヘルムの噂がもう一般にまで広まってしまったのだろうか。
ユイも緊張を高めたのが気配でわかる。
「どんな噂を聞いたの?」
ラザロは少し躊躇していたが、口を開いた。
「盗掘者の噂です」
盗掘者……?
予想していなかった言葉に、ユイと目を見合わせた。




