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39 出発

「もう間もなく聖水が完成しそうです」


昼食の時間にやってきたテティーが言った。


「あと何日くらいですか?」


「おそらく三日後には完成するでしょう」


三日後か。巫女長から話を聞いてからちょうど一ヶ月だ。

完成したらすぐに北の祠への旅に出たい。旅の準備を始めなくては。


ガイルからは、少し前に手紙が来ていた。

交代で警備についているらしく、アナトリカで待っているとのことだった。


この国では、通常の手紙は荷馬車に積んで運ぶが、急ぎの場合は伝書鳩を使う。

通常の手紙を管轄するのは荷馬車屋で、伝書鳩は仕事仲介所が管轄しているそうだ。

伝書鳩を使うのは狩護師か結界師が多いせいではないかと航さんは言っている。

手紙を個人宅へ配達するのはまた別の機関らしい。

ちなみに料金は、手紙を出した人も受け取った人も両方払うそうだ。


聖水が三日後に完成なら、四日後以降に出発だ。

なるべく急いで行きたいので、徒歩ではなく荷馬車を使いたい。

荷馬車屋に手配に行かなくては。


それから、そろそろユイがこちらに来ている頃だ。

仕事仲介所に宿泊すると言っていたので行ってみよう。


ユイ……。久々に会える。そしてまた一緒に旅をするんだ。

しかもガイルがいないから、アナトリカまで二人で行くことになる。

ワクワクしている自分がいた。危険な旅に出ようとしているのに。

まあ、このくらいの楽しみは女神様も許してくれるだろう。



荷馬車屋に来た。今日は航さんはいなくて僕一人で来ている。

久しぶりだ。ここから出発したのがはるか昔のことに思える。


黒板で荷馬車の出発予定を確認する。丁度いい荷馬車の空きはあるだろうか。

アナトリカへ直行する荷馬車は、残念ながら当分ないようだ。

だとしたら、リムネー経由かアクティ経由で行くことになる。

ちょうど四日後にアクティ行きの荷馬車があった。


受付の係員に、アクティ行きの荷馬車に二名分の空きがあるかを確認すると、幸い空きがあったので予約を入れた。



その後に、仕事仲介所に行ってみた。

ユイが来ているか聞いてみたら、まだ来ていないようだった。

また出直そう。


帰る途中で立ち寄った商店で、火打ち石を買った。

今回の旅はガイルがいないので、僕が火を起こす役だ。

山小屋に泊まった時に、ガイルに火起こしの方法を教えてもらっていたのだ。

ただの興味本位で教えてもらったのだが、早速役に立ちそうで良かった。



家に帰ると、いつものように弓矢の訓練を始めた。

先日買った弓はすっかり手に馴染んだ。

ネイトに教えてもらったことで、早く矢を射るコツが掴めた。動きながら矢を射ることにも慣れて、ほぼ的に当てられるようになっていた。


時々はあのガルヘルムの姿を想像しながら訓練することもあった。

最初のうちは、あの目を思い出すだけで背筋がゾクっとして身体が動かなくなった。

討伐隊が一目で三人での討伐は無理だと悟ったことにも納得がいく。想像しただけで足がすくむくらいの恐ろしさなのだ。それが目の前にいたら、いくらプロの狩護師であっても動けなくなっても仕方がない。


それでも、何度か想像しながら訓練しているうちに少しは慣れてきた。

恐ろしさよりも、絶対に倒してやるという強い気持ちの方が勝ってきたのだ。

この調子だ。弓矢を持たない時もイメージトレーニングをするようになった。



出発予定は明後日となった。

もうユイは到着しているだろう。


仕事仲介所に行ってみると、ユイが宿泊していたので取り次いでもらった。

ユイが現れた。その姿を見た途端、懐かしさと嬉しさで一杯になった。


「ユイ! 久しぶりだね」


「お久しぶりです、タクミ。なんだかすごく精悍になりましたね」


「そ、そうかな。……うわあ!」


急に足に何かがぶつかってきたので見ると、リドだった。


「リド! お前も来たのか」


屈んで頭を撫でた。孤児院で会った時のような派手な歓迎ではなくて良かった。

リドなりに、場所を選んでいるのだろうか。


「きっとリドも戦力になると思って連れて来ました」


「そうだね。すごく心強いよ」


リドは得意気に胸を張っているように見えた。本当に心強い。


「ネイトから、討伐隊の話を聞いたんだ。どこかで話そう」


僕は、航さんと一緒にお茶をしたカフェにユイを連れて行った。

リドも連れて入っていいのか不安だったが、大丈夫だった。


討伐隊の話をするので人に聞かれてはいけないと思い、人が少ない場所を選んだ。

陽の光が届かない隅の薄暗い場所になってしまった。


僕は二人分のコーヒーを買って持って行った。


「こういうところは初めてです」


ユイは店内を眺めながら言った。もっと窓側のいい席だったら良かったのだが。

二人で向かい合って座り、リドはユイの足元に寝そべった。


「聖水は届いたのですか?」


「あ、いや、明日届く予定になっているんだ」


女神が家で作っていることは秘密にしておこう。いろいろと説明が面倒だ。

それから僕は、ネイトから聞いた討伐隊の話をした。


「ガルヘルムは相当狡猾なやつみたいだ」


「ということは、少人数で戦うしかないのですね」


僕はネイトからこの話を聞いてから考えていたことがあった。


「やっぱりガルヘルムと闘うのは危険すぎる。ユイは結界を張ってくれればいいから、近くの山小屋に待機していてくれ。ガイルが厳選した狩護師達と一緒に闘うよ。もちろん山小屋で一人でいるのも危険だから、何人かの狩護師も一緒に行ってもらうようにするから」


「私はこれまで強い結界を張る練習をしてきました。ある程度の衝撃には耐えられるくらいにはなりましたが、効果は短いのです。近くに居て何度か結界を張り直さなくてはなりません。それにリドがいます。リドは狩護師の数人分の戦力になります。ですが私でないと命令を聞きません」


ユイの決意は固いようだった。

どうも心配だが、また説得する機会はあるだろう。

ガイルと作戦を練るときに、また話してみよう。


「出発は明後日の昼過ぎだ。アクティ行きの荷馬車を予約してある。荷馬車屋で集合でいいかな」


「わかりました。では明後日会いましょう」



***



翌日、予定通り聖水ができたようだ。

テティーは三つの小さい瓶を持ってきた。


「完成しました。これが聖水です。一つは北の祠の水晶玉に、一つは美波戸島の水晶玉にかけるためのものです。もう一つは、予備で作ったものです。必要になることがあるかもしれないので、旅に持って行ってください。強力な浄化作用があります」


小瓶の中の聖水は、虹色の神気を放っていた。きらきらと光って宝石のようで美しい。

僕は大事に手で包んだ。


「瓶を強化する結界を張っていますので、滅多なことでは割れませんから大丈夫ですよ」


「この聖水を北の祠の水晶玉にかければいいのですね」


「はい。タクミと水晶玉が共鳴して光を発したら、少しずつ聖水をかけてください」


「わかりました。ありがとうございます」


テティーはとても疲れているようだった。

聖水に霊力を送るのも疲れるものなのだろう。



***



いよいよ旅の当日となった。


テティーは聖水を僕に渡した後に、いなくなってしまった。

元々、聖水が出来るまでの間だけ工房の二階を使うということになっていたので、聖水が完成したら終了というわけだ。

顔に出さないようにしているようだが、明らかに航さんは寂しそうだった。


昼食後、航さんが見送りに行くと言うので、一緒に荷馬車屋に行った。

途中で食材を買い込んだ。前回ガイルが作ってくれたように、スープでも作ろうと思ったのだ。調味料もしっかり持ってきた。

秋も深まって朝夕は冷え込んでいる。温かいものがあればみんな喜ぶだろう。


アクティ行きの荷馬車は、荷物を積んでいる最中だった。

大きな木箱を積んだ荷馬車が六台も停まっていた。なかなか大量の荷物だ。

荷馬車屋の前で待っていると、ユイとリドがこっちに来るのが見えてきた。

近くまで来ると、リドが駆け出して航さんに飛びついた。


「やあ、リド。お前も行くんだな。頑張れよ」


航さんはしゃがんで両手でリドの顔をわしゃわしゃしながら話しかけていた。

リドは嬉しそうに尻尾を振った。


そうか、リドは僕よりも航さんの方に懐いているのか。

航さんは寄付のために何度か孤児院に行ってリドとも会っているはずなので当然だろう。

でも、少し負けたような気がした。


「お待たせしました」


ユイが笑顔で言った。昨日の討伐隊失敗の話を聞いても、様子は変わらなかった。


「気をつけて行っておいで。あいつを倒して、必ず戻ってくるんだよ」


航さんは、僕ではなくユイに言った。

誰に聞こえるかわからないので、怪物やガルヘルムではなく『あいつ』と言ったのだろう。


「はい。必ず倒して戻って来ます」


ユイは航さんの目を見ながら、力強く言った。

おいおい、二人でいい雰囲気を作るのはやめてほしい。

航さんはテティーのことが好きなはずだ。見ていたらわかる。

でも、ユイはどうなんだろう……。


「そうですよね。タクミ」


ユイが僕の方を向いて言った。


「あ、ああ。もちろんだよ。このために特訓したんだから」


僕は慌てて返事をした。


その後、荷主のアレクシスに挨拶した。

アレクシスは、五十歳くらいのベテラン商人だった。スタンドカラーのシャツにループタイを付けてジャケットを羽織っていた。こんなにキッチリとした服装の人は珍しい。

物腰は穏やかだが、頭がキレそうで神経質そうな近寄り難い雰囲気だった。


僕らは荷馬車に乗り込んだ。前回の旅とは全く違う気持ちだ。

またここに戻ってこれるのだろうか。いや、必ず戻ってくるんだ。

気持ちで負けてはいけないと、自分に言い聞かせた。



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