38 討伐隊
僕はネイトを家に招き入れ、工房に航さんを呼びに行った。
航さんとネイトは初対面だったようだ。
紹介した後、航さんは先に話を始めるように言ってコーヒーを淹れに行った。
ネイトに椅子を勧めると、荷物を下に置いて椅子に座った。
荷物に弓と矢筒があることに気がついた。ネイトが弓を使うとは知らなかった。
前回リムネーのレストランで会ったときは持っていなかったが、おそらく宿屋に荷物を置いてきていたのだろう。
「わざわざ来てくれてありがとう、ネイト」
「いや、仕事のついでだ。偶然、アクティでガイルに会ったんだ。ガイルはアナトリカに戻る途中で、俺はノートスに来る途中だった。ガイルに討伐隊の結果を話したら、ノートスに着いたらタクミにも知らせて欲しいと頼まれたんだ。ガイルからこの場所を聞いたよ」
「討伐隊の結果が気になっていたから助かるよ」
「あの怪物、ガルヘルムっていう魔物なんだってな。ガイルから聞いた。でも、なんで魔物なんかがいきなり現れたんだろうな。結界があるから魔物は入れない筈なのに。知らない間に悪い気が溜まっていたんだろうか」
ネイトは結界が不安定になっていることを知らないんだ。
ガイルはそこまでは話さなかったようだ。確かに、結界が弱まって魔物が入ってきたなんて話が広まったらパニックになりかねない。
「それで、討伐隊はどうだったの?」
「結果から言うと、失敗だった」
ネイトは残念そうに言った。そうか、失敗したのか……。
簡単にはいかないだろうとは思っていたので想定内だが、やはりガッカリした。
「でもな、いくつかわかった事があるんだ。アナトリカでは、その情報をもとに次の作戦を練っている」
「どんなことがわかったの?」
航さんがコーヒーを持ってきてくれた。部屋中にコーヒーのいい香りが漂う。
コーヒーを飲みながら、ネイトが言った。
「まずは、討伐隊がどうだったのか順を追って説明させてくれ」
ネイトの話はこうだった。
討伐隊には六人の狩護師と一人の結界師が選ばれ、七人でヴォラス山へ向かった。
ゴールドラッシュの廃村近くの山小屋を拠点にして、一日目は七人が一塊になって山の中を捜索した。カイロスがガルヘルムを見た付近を中心に探したが、見つけることはできなかった。
翌日も同様に七人で捜索した。だが、痕跡すら見つけることができなかったそうだ。
その次の日は、三対四に分かれて捜索することにした。念の為、あまり離れすぎない距離で捜索して、何かあったら警笛で互いに知らせることにしていた。
捜索を開始すると、三人で探していたグループの前に、ガルヘルムが現れたのだ。
一眼見てとても三人では倒せないことを悟り、警笛を鳴らして別のグループと合流しようとした。
だが、ガルヘルムは素早い動きで前に立ち塞がった。明らかに合流させないように妨害していたそうだ。
襲ってくるガルヘルムに、弓矢や槍で立ち向かおうとするが防戦一方だった。
幸い別のグループが近くにいたため、すぐに駆けつけて挟み撃ちの状態になった。
すると、ガルヘルムはその状況を理解したのか、闘いをやめて逃げ去ったというのだ。
「あいつは明らかに知性を持っている。狡猾なやつだ」
ネイトは忌々しそうにそう言った。
「誰も怪我がなかったのは幸いだったが、次はどう攻めるのかが難しい。アナトリカでも頭を悩ませているよ」
「大人数で囲い込むとかかな?」
追い込み漁をイメージして言ってみた。
「いや、あの広い山の中だ。難しいだろう」
確かにそうだ。山を丸ごと囲い込んだら何百人も必要になりそうだ。
例えそれだけの人数が集められても、追い込む前に弱そうなところを狙われて突破されるだろう。
「とはいえ、大人数がいれば襲ってこないことがわかったので、アナトリカの周囲にはとにかく人を大勢集めて警備することにした」
「そうだったんだね。状況がわかって助かったよ」
「この情報が必要ってことは、タクミも討伐隊に参加しようと思っていたのか?」
「あ、うん。そうなんだ」
北の祠の水晶玉のことは言えない。そういうことにしておこう。
「狩護師に任せておけ、と言いたいところだが、正直に言うととても助かるよ。討伐は危険だから俺たちでやるが、警備に加わってくれると助かる。警備に多くの人員を割いていて、交代要員も確保するのが難しいくらいなんだ。俺やガイルも、すでに予約が入っていた仕事を終えたらアナトリカに集合することになってる。ミロステアからも巫女長の手配で数人の結界師が来てくれたが、人数は多い方が助かるんだ」
まさか、僕が討伐に行くつもりだとは言いにくい。
余計な心配をかけたくないので、とりあえず黙っておこう。
「伝えに来てくれてありがとう。それからお願いがあるんだけど、今、弓矢の練習をしてるんだ。僕の島で使っていた弓とは形が違っていて使い慣れないので、ちょっとみて欲しいんだ」
「お安い御用だ」
その後、森に移動してネイトに弓矢の指導をしてもらった。
さすがにプロだけあって、ネイトは的にサクサク当てていく。
フォームを見てもらったり、素早く射るコツを教えてもらったりした。
ネイトの指導はわかりやすくて的確で、短い時間だったが上達の道筋が見えてきた。
『今すぐ守護師になれそうだ』と言ってもらえて、お世辞だろうが嬉しかった。
しばらく練習に付き合ってくれた後、ネイトはそろそろ宿に戻ると言った。
「じゃあ、またな。次に会うのはアナトリカかな?」
「うん。また。アナトリカで」
ネイトを家の前で見送った。航さんも工房から出てきて一緒に見送ってくれた。
「ガルヘルムの討伐は苦戦しているようだな」
航さんが言った。
「難しいだろうとは思ってた。想像以上に狡賢いみたいだ」
困ったことに、大人数で討伐に行っても姿を見せない。
少人数でないと闘いにならないのだ。
僕は、ガイルとユイ以外にも大勢で討伐に向かえばなんとかなるだろう、と心のどこかで思っていた。
だがそうはいかないようだ。
「僕ももっと鍛錬しないとね」
航さんは黙って頷いた。
***
ネイトが来てから数日後のことだった。
いつものように弓矢の訓練をしていた。だが、どうも調子が悪い。
前日までと弓を使っているときの感覚が違うのだ。
弓をじっくり見てみると、ガイルが修理してくれた部分から縦に裂け目が入っていた。
これが原因だったのか。
なんとか修理できないものだろうかと、航さんに見てもらった。
「あー、裂け目が入ってるな。修理した部分に負荷がかかったんだろうな」
「修理できないかな」
「これは修理は難しいな。新しいものを買うしかないな」
そうなのか。ずっと使い続けたかったのに残念だ。
がっかりしている僕を見て、航さんが言った。
「この弓は充分に役目を果たしてくれたよ。今日はもう日が暮れそうだから、明日新しい弓を買いに行こう」
翌日、航さんと街に出て、弓矢が売ってある店に行った。
「俺は弓矢のことはわからないからな。好きに選んでくれ」
そう言って航さんは店の中をぶらぶらと見て回り始めた。
店内には、素材や大きさが違う弓矢がいろいろあった。弓矢以外のものもある。
「クロスボウもあるぞ。これはどうだ?」
航さんに言われてクロスボウを手に取ってみた。丈夫そうだ。これなら簡単には壊れないだろう。
だが、構えてみたが、どうも的が絞りにくい。
実戦を考えるとガイルは槍で闘うので、間違ってもガイルに当てないように的は絞らなければならない。かなり精度を高く、だ。
「やっぱり弓矢の方が良さそう」
ということで、弓矢で探すことにした。
大きさは今まで使い慣れたものと同じにして、素材が違うものをいくつか試してみた。
重すぎては機動力に欠けそうだし、軽いものはどうも耐久性が心配だった。
時間をかけて、丈夫そうで重すぎず、手に馴染むものを選んだ。
それに合わせて矢も多めに買ってもらった。矢筒もより矢がたくさん入るものにした。
「ありがとう、航さん」
「これくらいはさせてくれ。他に必要なものはないか?」
「うーん……。そうだ、ヴォラス山って標高が高くて寒いんだよね。防寒具とかはいらないかな」
「そうだな。必要だな。でも防寒具ならここよりアナトリカで調達した方がいい。種類が多いし質もいいものが安く買えるぞ」
なるほど、防寒具だったら寒い地域で買うのが良さそうだ。
「わかった。そうする。他には特にないよ」
戻ったら早速新しい弓矢を使ってみよう。とにかく早く手に馴染ませなくてはならない。
弓が壊れたのは残念だったが、旅立つ前で良かったと思うことにしよう。
猛特訓しなければ。
あの狡猾で凶悪なガルヘルムと闘うために。




