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37 鍛錬

ガルヘルム退治に向けて、体づくりを開始した。

まずは朝のランニングからだ。


「明日から毎朝ランニングするからね!」


と、航さんに宣言した。こうして自分にプレッシャーをかけるのだ。


心配なのは目覚まし時計がないことだ。

うっかりしたら昨日のように昼まで寝てしまいかねない。

きちんと起きられるように、寝る前に『早く起きる、早く起きる』と呪文のように唱えた。


呪文が効いたのか、翌日は朝早い時間に目が覚めた。

外に出ると、朝の空気はひんやりとしていて清々しく気持ちいい。

鳥のさえずりを聞きながら深呼吸し、軽くストレッチをしてから走り出した。


ランニングなんて高校生の時以来だ。

弓道部の普段の練習では走り込みはしなかったが、僕は自主的にランニングをしていた。

『下半身を鍛えて土台を作った方がいい』とじいちゃんが言っていたからだ。


大学生になってからはランニングをしなくなった。

弓道部も途中から行かなくなったので、それから運動らしい運動は全くしていなかった。

体を動かすことは好きだったのだが、面倒くさかったのだ。

すっかり鈍ってしまった体を、これから鍛え直さなくては。


ランニングを終えると、家に戻って朝食を食べた。

航さんがパンとベーコンエッグとスープを準備してくれていた。

テティーは食事は取らず、ハーブティーだけだった。



朝食後は弓矢の訓練の開始だ。

航さんは、訓練のために必要なものは何でも買っていいし、無いものは作ると言ってくれた。

僕に負い目を感じているのだろう。だが、純粋に僕を支援したいという気持ちも感じられて嬉しかった。


「何か手伝おうか?」


僕が悩んでいるのを見て、航さんが声をかけてきた。


「弓矢の訓練はどうやったらいいか考えてたんだ」


「そうだな、的を作ろうか。的をいろんな場所に設置して当てる練習をするのはどうだ?」


「いいね。そうしようかな。じゃあ、的の作成をお願いするよ」


「おう、任せろ。矢もそれだけでは足りないだろうから買い足さないとな。買い物に行った時に買ってきてやるよ。弓はどうする? 修理はしてあるが新しいものに買い替えた方がいいんじゃないか?」


弓を見ながら少し考えた。修理した部分は丁寧に処置されていて、全く問題なく使えていた。


「まだ使い始めたばかりだけど、思い入れがあるんだ。このままこの弓を使い続けるよ」


ガイルと行った初めての狩や、僕のために修理をしてくれたことを思い出すと、壊れるまでは使い続けたいと思ったのだ。



航さんは的を作ってくれた。丸太をスライスして、上下に小さな穴を開けて紐を通した。この紐で木の枝などに括りつけるのだ。これを、大小様々なサイズで作ってくれた。


完成すると、これをいろんな場所に取り付けていく。

取り付ける場所は、航さんの家の横にある森の中にした。

実際にガルヘルムと闘うとしたら山の中だ。視界が悪かったり障害物があったり足場が悪かったりするだろう。せっかくなら、なるべく実戦に近い状態で訓練したかった。

滅多に人が通らないので、人に当ててしまう危険はないだろう。


ガルヘルムとの闘いを想定しているので、的の場所は高さ三メートルくらいを上限にして配置した。

航さんが木に登って高さ三メートルくらいの場所に的を取り付けてくれたが、これが結構な高さだった。実際に見上げてみると想像していたよりもずっと高い。

これほど大きい魔物なのか……。想像して、今更ながら身震いした。


それにしても、航さんは木登りも上手い。猿のようにスルスルと登っていく。

植木職人って脚立(きゃたつ)を使っているイメージだったが、木登りも上手いものなのだろうか。


「よし。こんなもんだろう」


「ありがとう。助かった」


「しばらくこれで訓練してみてくれ。慣れてきたら配置を変えよう」


的を配置するのに時間がかかったので、昼食は遅い時間になった。

テティーは来なかった。自分で作って食べたのだろう。

僕は、山小屋でガイルとユイが作ってくれたホットサンドを作ってみた。

航さんも気に入ってくれたようだ。


航さんが、午後に買い物に行くので矢を買ってきてくれると言った。

いろんな種類がありそうだったので、見本に一本持っていって同じサイズのものを買ってきてくれるように頼んだ。



午後は早速、的を使った弓矢の訓練の開始だ。


訓練では、素早く矢を射ることを意識した。

弓道では動作はゆっくりと丁寧に行っていた。狩に行った時も、じっくりと的を絞った。

だが、実戦となると悠長にはやっていられない。

自分なりに工夫して、早いテンポで矢を射る練習をした。


次に移動しながらやってみよう。

敵はじっとしていない。当然、動き回るだろう。

まずは歩きながら矢を射てみたが、これが想像以上に難しい。ゆっくり歩きながらであっても、手元がぶれるので的を絞りにくいのだ。

流鏑馬とか相当難しいんだろうな、と思った。


適度に休憩を挟みながら、暗くなり始める頃まで訓練を続けた。

終わる頃にはクタクタになっていた。

体力的にも疲れはするが、それ以上に集中力が持続しなかった。

初日はこんなもんだろう。続けることで鍛えていこう。



家に戻ると、航さんがお風呂も食事も準備してくれていた。

しかも肉や卵などタンパク質多めの料理だ。本当にありがたい。


夕食はテティーも一緒だった。また航さんとテティーと僕の三人での夕食だ。

昨日と違って航さんが元気だったので、自然に会話も増えて和やかな雰囲気になった。


「今日の訓練は順調だったか?」


「うん。航さんが的をいい具合に配置してくれたおかげで、いい訓練ができたよ」


「良かった。配置を変えたいときはいつでも言ってくれ」


テティーはいつものように、穏やかに微笑みながら僕たちの会話を聞いている。

黙って座っていてくれるだけで、食卓が華やかになる。


テティーの側で食事をしていて気がついた。いや、正確に言うと、薄々感じていたことが確信になった。

クタクタに疲れているから余計にわかる。間違いない。

テティーの側にいると疲労がなくなっていくのだ。細胞がリフレッシュされるような感覚なのだ。


これは女神の神気のせいなのだろうか。

人間の姿のテティーはあまり神気を感じない。抑えているのだろう。

だが、気をつけて視ると、柔らかく穏やかな神気をまとっているのがわかった。

もしかして、航さんがこんなに若々しいのもそのおかげなのだろうか?

どうであれ、僕にとってはとても助かる。


夜、ベッドに入るとすぐに眠くなった。

いや、眠くなったと感じた時にはもう寝ていた。

今の僕なら、ガイルと競えるだろう。



翌日からも、同じようにランニングと弓矢の訓練を続けた。

それに加えて、自重トレーニングも開始した。

腕立て伏せや腹筋、スクワットなど、思いつくものをやっていった。

その様子を見て、航さんが木材でダンベルを作ってくれた。


十日間ほど続けると、なんだか身体が変わってきた気がする。

大学生のときに、友達がジムに通ってみるみる筋肉がつき格好良くなっていったのを思い出した。

その友達が羨ましくて僕もジムに行こうかと思ったが、資金面で断念した。

まさか異世界に来て鍛えることになるとは……。



***



ある日、訓練の合間に森の入り口で休憩していると、道の向こうから誰かがやって来るのが見えた。

誰だろう。航さんは工房で竹細工を作っているはずだ。それに航さんよりもずっと小柄だ。


近づいて来ると、僕に気がついたようで手を振ってきた。

見覚えがある顔だけど誰だったっけ。

小柄で日焼けした顔ーーそうだ、ネイトだ!


「タクミ! 久しぶり。元気そうだな」


ネイトは笑顔で言った。リムネーでガイルと楽しげに話していた姿を思い出した。


「ネイト! どうしてここに?」


「ガイルに頼まれたんだ」


ガイルに頼まれた……。ということは、あの事についてだろう。


「ガルヘルムの討伐隊の結果だね」


ネイトは神妙な面持ちで頷いた。



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