外伝 航也④
拓海は無事に出発した。
拓海達を乗せた荷馬車を見送った後、少し放心状態になっていた。
昨日の夜はテティーは来なかった。俺の役目は終わったんだろうか。
一旦運命として受け入れた後は、憤りの感情は次第に薄れていき今ではほとんど無くなっていた。
それよりも、またテティーに会いたい。もっと会話をしたい。
あんなに理不尽なことを言われたのに、矛盾している。
拓海が出発してから数日後。
昼食後に竹細工を造っていると、扉をノックする音がした。
もしかして、と思いながら扉を開けると、待っていた人の姿があった。
「テティー! また来てくれたんだね」
つい喜びが前面に出てしまった。
テティーはいつものように優しく微笑んでいた。
「タクミは順調に巫女長のところに辿り着いたようです。お礼と報告に来ました」
テティーの計画は予定通りに進んでいるようだ。
これからどうするのか聞くと、これから聖水を作り始めると言った。
「聖水はどうやって作るんだ?」
「南の祠にある聖なる泉で汲んだ水を使います。そこに毎日三回、六時間以上間を空けて霊力を送ります。時間を空けるのは、送った霊力を水の中に定着させるためです。それを一ヶ月ほど続けます。水が光を帯びてきたら完成です」
南の祠とは、街の外れにある丘の上の祠のことだろう。
「聖水が完成するまでの間は、テティーはどこにいるんだ?」
「泉の水を汲んでくればどこででもいいのですが、霊力を送るには人の姿になっていなければなりません。集中する必要があるので南の祠に籠るつもりです」
「あの、もしよかったら、ここを使ってくれないか?」
「この場所を?」
「工房の二階は普段使っていないので、自由に使ってもらって構わない。工房には誰も来ないし、ベッドや暖炉や台所があるから、祠の中よりも快適だと思う」
女神が寝たり寒さを感じたり食事をしたりするのかわからないが、できれば近くで見守りたい。
俺にできることなら支援を惜しまないつもりだった。
テティーは嬉しそうに笑った。その笑顔に胸が高鳴ってしまった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えてここを使わせていただきます」
俺は嬉しくてたまらなかった。これから毎日ここでテティーに会えるのだ。
相手は女神だ。恋愛感情を持ち込んでも仕方がないのはわかっている。
だが、近くで支援できるというだけでも嬉しかったのだ。
テティーが帰ってからは竹細工を中断して、暗くなるまで工房の二階を大掃除した。
翌日テティーが工房にやって来た。手には聖水を入れた小瓶を持っていた。
大掃除をしてピカピカになった二階の部屋に案内した。
「ここを自由に使ってくれ」
「ありがとうございます。遠慮なく使わせていただきます」
その後にハーブティーを淹れて一緒に飲んだ。
「テティーは、食事や睡眠はとるの?」
そういえばハーブティーを飲んでいるところしか見たことがない。
「人間の姿の間は飲食できます。でも何も食べなくても平気です。聖水を作るには霊力を使うので疲労が激しいのですが、飲食をすると回復が早くなります。睡眠も同じです」
「じゃあ、一緒に食事をしないか? テティーの分も食事を作るから」
「そこまでしていただくのは……」
「いや、そうさせてくれ。俺も役に立ちたいんだ」
「それでは、お願いします」
それから、一緒に食事をとるようになった。
テティーは本当に普通の人間と変わらない。女神であることを忘れそうになるくらいだ。
***
テティーは俺が竹細工を作っているのを、横で見ていることがある。
特に会話もなくただ淡々といつものように竹細工を作るのだが、テティーが横で見てくれていると力が湧いてきていつもよりも捗る気がする。
テティーは俺が竹細工を作るのを見ているのが好きだと言った。
ただ見ているだけなのに、なんだか楽しそうだった。
穏やかで幸せな時間だった。永遠に続いて欲しいと思うほど。
テティーが人間だったらいいのに。
何度そう思ったことだろう。
これ以上テティーに思いを寄せてはいけない。
聖水が出来上がるまでの間だけなんだ。そう何度も自分に言い聞かせた。
***
あるとき、いつものように俺は竹細工を作っていてテティーは横で見ていた。
外は雨が降っていた。
急にテティーが立ち上がった。何か焦っているような顔だった。
「タクミが危険です」
「拓海が?」
「大丈夫。私がタクミを助けます」
そう言い残して、テティーは急いで外に出て行った。
俺も慌てて後を追って外に出てみたが、既にテティーの姿はどこにも見えなかった。
おそらく光の姿になって拓海の元に行ったのだろう。
テティーは女神だったんだ。改めて思い出した。そして常に拓海を守っていた。
薄れかけていた嫉妬の感情が少し蘇ってきた。
拓海が危険な状況だというのに、俺ってヤツは何を考えているんだ。
竹細工の作業に戻った。テティーが助けに行ったのだから、拓海は大丈夫だろう。
俺はモヤモヤとした感情を振り切るように作業に集中した。
しばらくして扉が開く音がしたので見ると、テティーが戻ってきていた。
顔が青白く、とても疲れているようだった。
駆け寄って肩を貸して椅子に座らせた。
「かなりエネルギーを使ってしまいました」
テティーはハーブティーを飲みたいというので、すぐに淹れた。
ハーブティーを飲むと、少し元気を取り戻したようだ。
「ありがとうございます。コウのハーブティーはとても美味しくて力が出ます」
そう言いながら、テティーはか弱く笑った。
「拓海を助けてくれたんだね。ありがとう」
テティーは軽く頷いた。
***
それから数日後のことだった。
「明日、タクミが戻ってきます」
朝食の時間に現れたテティーが言った。
拓海が戻ってくるーー。
正直に言うと、嬉しさよりもテティーと二人の生活が失われる寂しさの方が勝っていた。
「テティー、拓海が戻って来てからもここにいてくれないか」
「もしコウとタクミがそれでいいのなら、私は構いません」
ホッとした。だが拓海にどう説明しようか……。
全て話すしかないだろう。
一体どう思うだろうか。信頼していた叔父が、危険な旅へと誘導していたのだと知ったら。全て仕組まれていたことだと知ったら。
俺だったら、やってられないと自暴自棄になるところだ。
だが、どう足掻こうと運命を覆すことはできない。
拓海には受け入れてもらうしかないのだ。たとえ嫌われたとしても。
その怒りの矛先がテティーに向いてしまうことだけは避けたいと思った。
俺が悪者になろう。そう覚悟した。
***
拓海が帰ってきた。
少ししか経っていないのにずいぶん逞しくなった。
ガイルとユイとも親しくなって信頼関係が築けたようだ。そして、早速、北の祠へ行く計画を立てていた。
テティーの思惑通りに進んでいる。
俺は拓海への負い目から、できる限り労った。久しぶりにご飯まで炊いた。
疲れていて眠そうなので話をするのは明日にしよう。
翌日、拓海は俺に質問したそうな顔をしていた。
そうだろう。聞きたいことがたくさんある筈だ。
その前に、俺から拓海に質問をした。なぜ北の祠への旅を決意したのか聞きたかったのだ。
返事は、俺が想像していないものだった。
拓海はすでに自分の運命を受け入れて、積極的にすらなっていた。
なぜそんなに平気でいられるんだ。利用されているとは思わないのか?
拓海は、運命は自分に用意された舞台のようなものだと言った。
そこでどう動くのか考えると……。
驚いた。俺が思っていたよりもずっと、いや俺よりもずっと拓海は器が大きかった。
いつの間にこんなに達観して見れるようになっていたのだろう。
細かいことにこだわっていた自分が小さく思えた。
だから拓海に神気を視る能力が強く出たのかもしれないな。
女神のことを話そうとしたとき、テティーが現れて全て話してくれた。
拓海は淡々と聞いていた。すでに巫女長から聞いていたからだろう。
その後、拓海は最初に水晶玉の力が損なわれたきっかけについて質問した。
そのときだ。
急に思い出してしまった。俺が転移したときのことを。
俺は『どこか遠くに行きたい』と願っていたのだ。女神殿の水晶玉の前で。
その思いに水晶玉が共鳴して俺をこの世界に転移させた。
そのせいで水晶玉の力が大きく損なわれた。
そのせいでこの国や美波戸島に禍が起きた。
そのせいで凶悪な魔物が結界の中に入り込んだ。
そのせいで拓海が……。
俺のせいだったんだ。全ての元凶は俺だったんだーー。
拓海もテティーも、俺のせいではないと言ってくれた。
だが、意図していなかったとはいえ、俺が原因であることには違いない。
その因果を拓海に背負わせてしまうなんて。
すまない、拓海。どうしたら許してもらえるだろうか。
いや、拓海は最初から僕を罰するつもりはないんだ。危険な旅も自分のために自分で決めたのだと言った。
俺は拓海のことを全力で支援することに決めた。
そうすることでしか自分自身を許すことができなかった。
打ちのめされた想いを抱えながら、俺ができることをするしかないのだ。
運命に動かされているのではないんだ。
運命を受け止めて、そして自分で決めて動くのだ。
そう拓海が教えてくれたから。




