36 香草茶
女神の話を聞いた後、頭の中を整理したくて僕は散歩に出た。
秋が深まっている。そういえば旅の間は歩くことに気を取られて、あまりじっくりと景色を見ていなかった。
ここから見える山は、紅葉に美しく彩られていた。
森の中の道を進んだ。途中で獣道を見つけて入ってみたが、葉っぱや小枝が体に当たって痛い。結界がないとこんなに大変なんだ。やっぱり結界ってすごいんだな。
やがて森を抜けると畑が広がっていて、その先に山脈が見えた。
大きな石に腰掛けて紅葉の山を眺めた。あの山を超えてきたんだ。
女神との会話を思い出した。航さんの苦しそうな顔も。
化身した女神が航さんの家にいたなんてサプライズすぎるだろ。
この異世界に来て驚くことが山ほどあったが、もう驚きを通り越して笑えてくる。
全て女神が仕組んだことだと言われても、不思議と不満や怒りは感じなかった。
たぶん、以前の『敷かれたレールを歩くのは格好悪い』と思っていた僕だったら抵抗していただろう。でも今の僕は、周囲が何をしようが気にならない。自分が決めたのならそれでいいと思う。
これは成長と言えるのだろうか。わからないけど、それすら肯定できる。
景色を眺めながら、森の周囲を巡って家に戻った。道はなかったが平気だ。
家には誰もいなかった。航さんも女神も工房の方にいるようだ。
僕はすっかりお気に入りになった暖炉前のロッキングチェアに座って、またうとうとしていた。あれだけ寝たのにまだ眠くなるとは。僕の身体に何か起こっているのだろうか。
***
いつの間にか夕方になっていた。
航さんが工房から戻ってきて夕食の準備を始めた。
そのすぐ後に女神がやって来て、航さんの手伝いを始めた。
何だか変な感じだ。
女神が同じ部屋の中にいることにもまだ慣れないし、航さんと親しげに夕食の準備をしているのを見るのも複雑な気分だった。
いや、親しげというほど仲が良さそうにしているわけではない。
それほど会話はないし、あまり目を合わせることもない。
だが、なぜか二人の動きが流れるようにスムーズだ。息が合っている、という感じだ。
間に入っていくことができなくて、夕食の準備は二人に任せた。
夕食を食べている間も、その不思議な空気が続いていた。
航さんはまだ元気がなくて、ほとんど喋らなかった。
そのせいで会話もなく静かなのだが、緊張感は無くむしろ穏やかな雰囲気だった。
女神が航さんのことを労わっているのが感じ取れた。
食後に航さんがハーブティーを淹れてくれた。
女神は食事は少食だが、ハーブティーは好きなようだ。
僕は思い切って女神に話しかけた。
「女神様。昼間の話の続きで、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「どうぞ、テティーと呼んでください。ここにいる間は女神ではなく人間のテティーです」
女神をそんなに気軽に呼んでいいものだろうか。
少し躊躇したが、本人が言っているし航さんもそう呼んでいるので構わないだろう。
「あの……。テ、テティー。聞いてもいいですか?」
「何なりと」
「美波戸島の水晶玉とこの国の水晶玉が影響し合っていると言ってましたが、島とこの国はなぜ繋がっているのでしょうか」
「この国の伝説の話は聞いたことがありますか?」
メラルダから聞いた話と、女神の神殿で見たレリーフを思い出した。
「はい。確か、この大陸には魔物が住んでいたが、女神様が降り立って魔物の王と契約して一部を譲り受けた、とかそういう話だったかと思います」
「そうです。神に遣わされた私は、魔物からこの地を譲り受けました。
譲り受けた地に魔物が入ってこないように、この地を守る四つの水晶玉を作りました。
その水晶玉を東西南北に配置して、魔物を防ぐ結界を張ったのです。
ですが、結界を張ることはできたものの、そのままでは安定しませんでした。
安定させるには、何か軸になるようなものが必要でした。
この結界と同じくらい強力で性質が近い神気と共鳴させれば、安定させられるのではないかと考えました。
そこで、いろいろなところを探し回りました。はるか遠くの場所まで。
そして見つけたのです。似たような性質の神気を持った場所を。
その場所が、美波戸島の今は照波神社がある場所です。
龍神の放つ神気の性質が、私が造った結界ととても似ていたのです。
龍神の近くに水晶玉を置いて繋げることで、この国の結界は安定しました。
さらに龍神の神気も安定したうえ、神気が循環することで相乗効果で高まりました。
お互いにとって良い効果があったのです」
なるほど、そんな事情があって、この国と美波戸島が繋がったのか。
「龍神様の神気は元から強かったんですよね。なぜ水晶玉の神気が無くなった後に、島に異変が起き始めたのでしょうか?」
「確かに龍神の神気は、水晶玉がなくてもそれだけで充分強かったのです。ですが、数百年の長きに渡ってこちらの世界と神気を循環させて調和を保っていたのに、水晶玉の神気が急に無くなったことで循環が止まり、大きく均衡を崩してしまったのでしょう」
「聖水をかけずに放っておいたら、龍神様の神気は自然に回復するのでしょうか」
「おそらく回復するとは思いますが、どれくらい時間がかかるかは私にもわかりません。数年、いや数十年になるかもしれません」
このまま僕がこの世界にいても大丈夫なんじゃないかと思ったのだが、やっぱりダメみたいだ。
数年だとしてもそんなに待ってはいられない。今でも島の異変は進んでいる。
やっぱり聖水を持って帰って島の水晶玉をすぐに回復させなくては。
「テティーが龍神様の近くに水晶玉を置いたのは、どのくらい前のことですか?」
「はるか昔のことです。あなたの世界でいえば、数百年、いや一千年になるかもしれません。照波神社がある場所には、かつて湧き水の泉がありました。そこに龍神が宿っていたのです。その側に小さな石の祠を作って水晶玉を納めていました。やがて神気が視える一族がこの場所を見つけて、龍神を祀る社を建てました。それが照波神社の起源です。神気が視える一族の中で、最もよく視える者に神託を授けて水晶の管理をお願いしました。それがタクミとコウの先祖です」
そんなことがあったんだ。神社の始まりまでは知らなかった。
龍神が宿っていたという泉は現在は存在しないが、おそらく神社の本殿の場所なのだろう。そこから龍神の強い神気を感じるからだ。
そうか、発祥は湧き水の泉なのか。女神がこの地に降り立ったのも聖なる泉だった。だから神気の相性が良かったのかもしれない。
「女神殿の女神像は、テティーを模したものですよね。あれはいつから置いてあるのですか」
「何代か前のあなたの先祖が造りました。その者は共鳴する力が強く、神託を授ける際に私のこの姿を視たようです。あの女神像が依代となって、私からもあなたがたの様子を視ることができるようになったんですよ」
女神像から僕らの様子を視ていた……。
ということは、僕が女神像にうっとりと見惚れていた姿も視られていたのだろうか。
とんだ隠しカメラだ。秘密を覗かれたようで恥ずかしくなってきた。
照れ隠しでハーブティーを飲んだが、すっかりぬるくなっていた。
「あともう一つ、別件ですが質問させてください。ユイが銀髪の種族について調べているようなんです。テティーは何か知りませんか?」
「あいにく、他の大陸のことには詳しくありません。お役に立てなくてすみません」
そうか。ユイのために何か少しでも情報があればと思ったが、残念だ。
「いろいろ聞かせていただきありがとうございました」
テティーは優しく微笑んだ。
全てを包み込むような、慈愛に満ちたいつもの微笑みだ。
知らなかった神社や女神殿の由来や、先祖の話まで聞くことができた。
ずっと昔から美波戸島とこの国とが繋がっていたんだと思うと、なんだか不思議な気分だ。そういえば今まで違和感なく過ごしてきたが、言葉も文化も同じなのだ。
いっそ姉妹都市にでもなって欲しい。
聞きたいことは一通り聞けた。
翌日から僕は体を鍛えることと、弓矢の訓練に注力しよう。
そう思いながら、残ったハーブティーを飲み干した。




