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34 運命

翌日、僕は遅くまで寝ていたらしい。


目を覚まして窓の外を見ると、陽が高くなっていた。昼を過ぎているだろう。

ベッドの脇のテーブルに、着替えと新しい靴が置いてあった。


着替えの作務衣風の服は僕にピッタリのサイズだった。

前は航さんの服を借りていたが、少しだけ大きかったのだ。僕用に仕立ててくれたのだろう。

靴を履いてみるとこちらもサイズがぴったりだった。

きっと登山靴を買った店でサイズを聞いて、買っておいてくれたのだ。

航さんは相変わらず細かいところまで気遣ってくれる。


一階に降りて行くと、航さんはいなかった。おそらく工房にいるのだろう。

台所にパンとスープがあった。

スープはぬるくなっていたが、温めるのが面倒だったのでそのまま食べた。


暖炉の前のロッキングチェアに座って、昨日までの旅を振り返った。

ここを旅立った日が遥か昔のように感じる。とても濃厚な旅だった。

そして、重要なのはこれからだ。北の祠に行くための準備が必要だ。

女神の聖水が完成するまでに、僕は体力づくりや弓矢の特訓をしなてくはならない。


その前に、まず気になっていることを解決しよう。


航さんに聞きたいことがある。

あの御守りは何だったのか、何で僕が戻る日がわかったのか。

昨日ははぐらかされてしまったので、今日こそ聞き出さなくては。

そして、僕の旅の報告を聞いてもあまり驚いていなかったことも少し気になっていた。


航さんは何かを隠しているーー。

それが何なのか、僕には見当もつかない。



そんなことを考えていると、航さんが外から戻ってきた。


「起きたのか。ぐっすり眠れたみたいだな。もう昼過ぎだぞ」


航さんはいつも通りの笑顔で言った。


「昼食を食べるか?」


「さっきパンとスープを食べたから大丈夫。服と靴をありがとう。サイズぴったりだったよ」


「そうか、良かった。じゃあ、コーヒーでも飲むか」


航さんは台所でお湯を沸かし始めた。しばらくすると、コーヒー豆のいい香りが部屋中に広がった。

僕は航さんがコーヒーを淹れている間、どう切り出そうかと考えていた。


航さんがコーヒーのカップを持って戻ってきた。

僕がテーブルに移動して座ると、航さんは僕の向かいに座った。


「何か聞きたそうな顔だな」


航さんがコーヒーを飲みながら言った。

また顔に出てたのか。僕は嘘をつけないタイプらしいからしょうがない。


「うん。いくつか聞きたいことがある」


「何でも答えるよ。だが、その前に、俺から一つ質問してもいいか?」


「え? あ、うん。いいよ」


質問する気満々だったのに、逆に質問したいと言われて少し戸惑ってしまった。


「何で拓海は北の祠に行くと決めたんだ? 危険なんだろう? それにこの国を救うのが異世界から来た自分だなんて、そんなこと受け入れられるのか?」


「そりゃあ簡単には受け入れられなかったよ。正直、『何で僕が』って思った。でも美波戸島を救うにはまず北の祠の水晶玉を安定させないといけないんだ。それができるのは水晶玉との共鳴力が強い僕だけなんだ。怪物は恐いけど、僕にはそれ以上に心強い仲間ができた。それにこの国の人達と触れ合ってこの国の平和を守りたいという気持ちも出てきた。北の祠に行くのは、美波戸島やこの国のためでもあるけど、僕のためでもあるんだ」


ガイルとユイのおかげで、僕の気持ちは固まっていた。

だが、改めて自分の言葉で話すことで、さらに決意が固まったような気がした。


「拓海は自分の運命を受け入れたんだな」


「運命……? そうなのかな。よくわからないけど、運命って僕のために用意された舞台みたいなものなのかもしれないね。主人公の僕が舞台で輝けるかどうかは、僕がどう立ち回るかにかかってるんだ。だから運命を受け入れたというより、そこでどう動くのかを考えてるって感じかな」


航さんは、驚いたような顔をして僕を見ていた。

何か変なことを言っただろうか。

その後、航さんは何か納得したかのように、頷いていた。



「先に質問して悪かった。拓海の番だ。何が聞きたい?」


やっと僕の番だ。

聞きたいことはいろいろあるが、今の会話の中で僕が水晶玉との共鳴力が強いという話をした際に、ふと思い出したことがあったのでそれから聞こう。


「あのさ、巫女長から『神気が視える人は水晶玉との共鳴力が高い』と聞いたんだ。航さんは水晶玉と共鳴したんだよね。もしかしたら、航さんも神気が視えるんじゃないの?」


航さんはコーヒーを一口飲んでから、僕の方を見た。


「実はそうなんだ。子供の頃から視えていたわけではない。拓海、お前が生まれてからなんだ」


僕が生まれてから母さんは神気が視えなくなった。その代わりに航さんが視えるようになったということなのか。


「拓海ほどしっかり視えていたわけではないんだ。ぼんやり視えるようになって、ああ、これが神気なんだ、と思ったんだ。でも誰にも言わなかった」


「何で誰にも言わなかったの?」


「神気が視えるようになったと言ったら、宮司を継げと言われるかもしれないと思ったんだ。だから黙っていた。でも岬姉さんや宏明さんに申し訳ないという気持ちもあった。女神殿の掃除を引き受けたのは、その贖罪の気持ちもあったんだ」


そうか、やっぱり視えていたんだ。だから水晶玉とも共鳴したんだ。

巫女長に話を聞いてから、神気が視えない航さんがなんで水晶玉と共鳴したのか不思議に思っていたのだ。

事故とはいえ、航さんが急に水晶玉と共鳴してここに転送されたというのは違和感があった。もともと共鳴していたのだとすれば、少しは納得がいく。

疑問が一つ解消した。


ついでに、ずいぶん昔の話だが、僕がまだ宮司を継ぎたくないと思っていた頃。

参拝者に後継ぎ扱いをされて怒っていたときに、航さんはとても親身になって話を聞いてくれたことを思い出した。

あのとき内心は申し訳ない気持ちで一杯だったのだろう。今となっては航さんに悪いことしたなと思う。



次の質問は、一番気になっていることだ。


「僕に渡してくれた御守り、あれは何だったの? 僕が崖から落ちた時にあの御守りが光ったんだ。そして気がついたら助かっていた。あの御守りが助けてくれたと思うんだ」


「拓海に渡した御守りは、女神にもらったものだ」


「女神の神殿のものってこと?」


「いや、女神に直接もらったんだ。お前に渡すようにと」


女神にもらった? そんなことがあるのだろうか。

女神は人に化身するという話を思い出した。

そういえば巫女長が、『聖水を作るには人の姿になる必要があるので今は人に化身している』と言っていた。ということは、つまり……


「人に化身した女神に会ったってことだね」


「ああ、そういうことだ」


しばらく無言の時間があった。航さんは既に女神に会っていたんだ。

そんなにすごいことを、何ですぐに教えてくれなかったんだろう。


しかも、僕が御守りを航さんからもらったのは旅に出たその日だった。

ということは、僕が旅に出る前に女神に会って御守りを受け取っていたということになる。

そもそも、女神がどこにいるのかわからないから巫女長に会いに行ったんだ。

女神に会っていたのなら、最初から女神に聞けば早かったのだ。


「それって、僕が旅に出る前から女神に会っていたってことだよね?」


「……」


「どうして黙っていたの?」


「……」


航さんは沈黙していた。

だが、何も言いたくないのではなく、どう言ったらいいのか言葉を探しているように見えた。


「女神はいったいどこにいるの?」


「女神は……」


航さんが言いかけたとき、入口の扉が開く音がした。


入口を見ると、そこに立っていたのは美しい女性だった。

とても美しく慈愛に満ちた微笑みの……女神像そのものだった。



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