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04 神隠し

「神隠しに……あった……?」


神隠しって、人が急にいなくなったりするアレのことか?

いやいや、そんなのただの都市伝説だろ。

困惑する僕を見て父さんが言った。


「詳しく話すと長くなるから明日にしよう。今日は疲れただろう。もう休んだらどうだ」


じいちゃんは黙って立ち上がって居間へ行き、父さんも後に続いた。

母さんは食器の片付けを始めた。僕は混乱したまま食器の片付けを手伝った。

母さんは皿を洗っている間も黙ったままだ。聞きたいことはたくさんあったが、どう切り出したらいいのかわからず僕も黙ったまま皿を拭く。


風呂に入っている間も、布団に入ってからも、ずっと航さんのことを考えていた。

じいちゃんは神隠しって言ってたけど、つまり行方不明ってことだよな。海外に行ってから連絡がつかなくなったということか? だったら連絡がつかないとか音信不通だとか言うはずだ。

さっきの様子からして、もしかしたら犯罪か何かに巻き込まれたのか……? 



***



気がついたら朝だった。いつの間にか寝てしまったようだ。

スマホを見るともう八時半だった。少し前までは満員電車の中で息苦しい思いをしながら車窓を流れる景色をボーッと眺めていた時間だ。今思い出してみると満員電車の僕は、起きているような半分寝ているようななんだか変な状態だった。

今の僕はぐっすり眠れたせいか頭がスッキリしている。


海側の窓のカーテンを開けると一瞬まぶしさに目が眩んだ。

窓を開けると潮の香りがするひんやりとした風が入ってきた。

大きく伸びをして深呼吸する。新鮮な空気が体に入ってきて、一気に細胞が目覚めるようだ。

一羽の鳥が近くの木の枝から飛びたって青空に吸い込まれていった。朝日を反射して海がきらめいている。世界ってこんなに鮮やかだったのか。


しばらく外を眺めていた。

こんなにじっくりと自分の部屋からの景色を眺めたのは何年ぶりだろう。


階下から扉を閉める音がしてふと現実に戻される。そうだ、大事なことを聞かなければ。

急いで着替えて階下に降りる。


洗面を済ませて台所に行くと、母さんは僕が降りてきたのに気がついて朝食の味噌汁を温めてくれていた。


「おはよう、母さん」


「おはよう。朝ごはん食べるでしょ?」


「うん。父さんとじいちゃんはもう神社に行ったの?」


「とっくに行ったわよ。神社の朝は早いのよ。知ってるでしょ」


テーブルにはご飯と味噌汁、焼き魚、漬物、昨日の残りの煮物が並んでいた。味噌汁のいい匂いに急にお腹が空いてきた。東京では朝はコンビニで買ったおにぎりか菓子パン一個で済ませていたから、久しぶりのちゃんとした朝食だ。


味噌汁を一口すすると思わず声が出た。


「うまい。やっぱり日本人の朝は味噌汁だね」


「何おやじくさいこと言ってるの」


母さんは笑いながらも嬉しそうな顔をしている。


「そうだ、拓海が買ってきてくれたお土産のどら焼きって、あの人気のお店のでしょう。午後には売り切れになっちゃうって、少し前にもテレビでやってたわ」


「そうなの? 空港で売ってたのを適当に買ってきた」


わざとぶっきらぼうに言ったが、実はどら焼きが好きな母さんのために、わざわざ並んで買ってきたのだ。


「午後に紗枝(さえ)ちゃんにもお裾分けしてくるわ。ありがとうね」


『紗枝ちゃん』とは近所に住む紗枝子おばさんのことだ。母さんの幼馴染で小学校から高校までずっと一緒だったのだそうだ。今でも『紗枝ちゃん』『岬ちゃん』と呼び合っている。

紗枝子おばさんには子供がなく、僕のことを自分の子供のように可愛がってくれた。

僕が幼い頃、母さんが神社の手伝いで家を開けるときは、紗枝子おばさんの家で預かってもらっていた。お菓子作りが得意で、よく手作りのクッキーやシフォンケーキをご馳走してくれたな。


母さんは向かいの席に座って僕が食べている姿を眺めながら、栄養がどうのとか何が体にいいとかそんなことを一方的に喋っていた。適当に相槌を打っていたが、正直あまり聞いていなかった。


食べ終わって食器を片付け始めると、母さんはお茶を淹れながら急に真面目な口調になって言った。


「あのね、航也のことなんだけど」


食器を流し台に置いたあと、また椅子に座って母さんの方を見た。

母さんは僕の前に湯気の立つ湯呑みを置いた。


「航さんって、海外に行ったんじゃなかったの?」


「拓海には心配かけたくないからそう言ったけど、本当はね、いなくなったの。神社で」


「え? いなくなったってどういう事? 神社でって?」


様々な疑問が頭をよぎる。神社でいなくなったって、本当に『神隠し』なのか?


母さんの話を要約するとこうだ。


照波神社の本殿のさらに奥には、小さい庭園を挟んで、もう一つ本殿がある。

一般には公開していないし背後は山で高い木々に囲まれているので、神社の奥に第二の本殿があることは烏丸家と神社関係者以外にはほとんど知られていない。第二の本殿には女神像が安置されているので『女神殿(めがみでん)』と呼んでいた。

航さんは定期的に女神殿の掃除や庭園の手入れなどをしていたそうだ。


ある日、青年団の人から烏丸家に電話があった。航さんが青年団の集まりに来ないというのだ。連絡もつかないし、工房にもいないようだった。

父さんが神社に探しに行ったところ、女神殿にあがる階段の下に航さんの草履が置いてあった。女神殿の鍵は開いていたが人の気配はなく、周囲を探しても誰もいなかったそうだ。


警察にも連絡したが、なにせ島のシンボルである神社での出来事なので事の仔細がわかるまでは内密にした方が良いとの判断で、周囲への聞き取りなどは行わず状況の捜査のみとなった。

神社が詳しく調べられたが、航さん以外の人が神社の奥に立ち入った形跡はなく、また山から出入りしたような形跡もなかった。工房は鍵がかかっており、内部は誰かと争ったり荒らされたりしたような形跡はなかった。島から連れ出された可能性がないかフェリー乗り場の従業員にそれとなく聞いてみたが、特にそれらしい人は見かけなかったという。

捜査の結果、不審な点は見つからず事件性はないという判断になったのだそうだ。


行方不明となると変な噂が立ちかねないため、対外的には海外に行ったということにされた。

航さんと親しくしていた人達からは、『黙っていなくなるのは腑に落ちない』との声があがった。だが反面、航さんの『思い込んだらまっしぐら』で『思いついたらすぐ行動』な性格も知っているので、最後には『何か事情があってそうしたのだろう』と渋々納得したのだそうだ。



「実は私も、航也は海外に行ったんじゃないかと思ってるの。あの子、海外のいろんなところに行ってみたいって言ってたでしょ。あの、海外協力なんとかっていうの? ああいうのに参加したんじゃないかしら」


「青年海外協力隊ね。あり得なくはないかもね」


「でしょう。私達に話したら反対されると思って、黙って行ったのよ。神社に草履を残したのも、フェリー乗り場に探しに行かないように、わざとやったんじゃないかしら」


確かに、島から出るにはフェリーに乗るしかないので、いなくなったとなればフェリー乗り場へ探しに行くだろう。フェリー乗り場の従業員にも航さんと顔見知りの人はいたが、観光客に紛れてしまえば見つからずに乗れるかもしれない。航さんはどこに行く時も作務衣(さむえ)姿で、頭に巻いたバンダナがトレードマークだった。そんな航さんが普段着で帽子でも被っていたら、気づかれずに島を出ることも不可能ではないのだ。


だけどどうしても引っかかる。航さんが身内にすら伝えずに遠くに行くなんて、やっぱり考えられないのだ。

そんなことは母さんもわかっているだろう。だが、大好きな弟が忽然と姿を消したという事実は簡単には受け止められないものだ。心の負担を軽くするために、『きっと海外で元気にやっているに違いない』と自分に言い聞かせ納得させようとするのも無理はない。

母さんを元気付けるために、今は母さんの説に乗ることにした。


「だから、いつかきっと戻ってくると思ってるの」


「そうだね。航さんのことだから、ある日突然『ただいまー』ってふらっと帰ってくるかもね」


「そうよね。拓海もそう思うわよね」


母さんは少し笑顔を取り戻して、湯呑みを片付け始めた。


「おじいちゃんが神社で待ってるわよ」


洗い物をする母さんの背中が寂しそうに見えた。

母さんが高校生の時にばあちゃんが病気で亡くなり、まだ小さかった航さんの母親がわりになっていた。大人になってからも一緒に買い物に行ったりするくらい仲がいい姉弟だったのだ。

励ます言葉が見つからず、そっと席を立った。


「行ってきます」


僕は玄関へ向かった。

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