外伝 ユイ③
タクミとの旅が始まった。
タクミはいろんなことに興味を持った。質問されるたびに、ガイルが丁寧に説明していた。
移動中の荷馬車でガイルの武勇伝を聞いた。聞くのは二度目だがいつ聞いても楽しい。
その日の夜中、タクミが目を覚ましたようだ。そっと荷馬車から外に出て行った。
私は眠りが浅いので、少しの物音で目が覚めてしまう。
しばらくして戻ってきた。暗くてよく見えなかったが、泣いていたようだ。
故郷の島を思い出していたのだろうか。確かコウと同じで遠くの島から来たと言っていた。
家族のことを考えていたのだろうか。それとも大事な人……恋人のことを?
タクミは寝る前に、私の方にはみ出していたガイルの腕をそっと引き寄せていた。
そういえば昼間、荷馬車から降りるときにも手を貸してくれた。
タクミはとても優しい人だ。ガイルや私に気を遣ってくれているのがわかる。
恋人はどんな人なんだろう……。少しだけ気になった。
***
旅の途中で、メラルダという学者に会った。
「もしかして、東の大陸のセレネイヤ王国の出身ですか?」
そう聞かれたとき、頭の中が真っ白になった。
何も答えられないでいると、ガイルが助け舟を出してくれた。
この人が、メラルダが、ずっと私が知りたかったことを教えてくれるかもしれない。
二人だけになって話しかけられる機会を待っていた。
夜になって、ガイルもマルコムもタクミも寝入ったようだ。
私は思い切ってメラルダに話しかけた。
「あの、銀髪の種族について教えてもらえませんか? 私は両親のことを知りません。孤児院で育ったんです。ずっと自分のルーツについて知りたいと思っていました」
メラルダは私の境遇を知り同情してくれて、知っていることを全て教えてくれた。
ある有名な冒険家が亡くなったとき、遺留品から三冊の手記が見つかった。
一人の考古学者がその手記を書き写して一冊の本を書いた。メラルダはその本を読んだのだ。
そこには、『東の大陸のセレネイヤ王国に銀髪の種族があった』と記してあった。
メラルダは初めて聞く『銀髪の種族』に興味を覚えた。セレネイヤ王国に行って図書館で調べてみたが、そんな記述はどこにもなかった。王国の伝説に詳しい学者や長老に聞いても、誰もが『知らない』と言ったそうだ。
冒険家の手記は失われており、考古学者もとうの昔に亡くなっている。
『銀髪の種族』の記述については、考古学者が本を書くときに、手記を元にしながら自分の空想を織り交ぜたのだろう、というのが通説になっているらしい。
だが、メラルダはその通説には納得できなかった。
メラルダは、『意図的に隠された可能性がある』と言った。
重要な秘密や特殊能力を持つ人がいた場合、それを外部に知られては困るので、その存在自体を隠すということが歴史上でよく行われてきたらしい。
とはいえ、一種族を丸ごと隠すと言うのは聞いたことがないそうだ。
だが、学者や長老に聞いたときに『銀髪の種族などいない』ではなく『知らない』と言っていたのが気になるそうだ。何か隠しているようだったとも言っていた。
銀髪の種族に関する情報を得ることができて、メラルダに感謝した。
メラルダはとても親身になってくれて、もし何かわかったら孤児院に知らせると言ってくれた。
できれば、いつか実際にセレネイヤ王国に行って調べてみたい。
でも、なんだか危険な気もする……。
***
タクミとの旅は順調だった。が、タクミにとってはどうだろうか。
ガイルが獣道を選択したのだ。リムネーからミロステアまでは巡礼の道を通るのが一般的だが、そうはいかないだろうとは思っていた。
ガイルは自分で道を開拓するので、いくつかのルートの選択肢を持っている。
相手の様子を見てその選択肢から最適なルートを選ぶのだと、こっそり教えてくれた。
最初は普通の獣道だったが、タクミが思ったより頑張ってついていくので、最後にはハードモードになってしまった。
旅慣れた私でも、これは道ではないだろうと思うような場所を通っていった。
私は結構楽しかったが、タクミはさすがにぐったりしていた。
ガイルはちょっとやりすぎたと思っているようだった。私も止めなかったので同罪だ。
タクミに湿布と飲み薬を作った。しっかりと『気』を送ったので効き目はいいはずだ。
***
ミロステアに着く前日の夜、眠れなくて暖炉の前に行った。
暖炉の炎を見ていると落ち着くのだ。
しばらくするとタクミが起きてきた。
暖炉の前で、タクミと話をした。
タクミは私の銀髪を綺麗だと言ってくれて、結界師として優秀だと褒めてくれた。
嬉しくて何だかくすぐったいような気持ちになった。
私はタクミに生い立ちの話をした。タクミに聞いて欲しいと思ったのだ。
こんなに自分の話をしたのはコウとタクミだけだ。
コウと同じようにタクミも話しやすい。こんなに自然に話せるなんて、自分でも不思議だった。
タクミとの距離が縮まった気がした。
ミロステアに到着した。
タクミは女神の神殿を見学し巫女長にも会えたようだ。
神殿の見学の後、タクミは孤児院に来てくれた。
孤児院で巫女と話をしていたら、そばで寝ていたリドがいきなり起き上がって走って扉から出て行ったので驚いて追いかけた。するとそこにタクミがいた。
リドはタクミに飛び掛かって顔を舐めていた。コウの時と一緒だ。
リドはあまり人に懐かないのに、コウとタクミは他の人と何が違うんだろうか。
巫女長と会えたというのに、タクミはなぜだか気持ちが沈んでいるようだった。
タクミは心の状態が顔に出やすい。私は幼い頃から人の顔色を窺うのが癖になっているので、余計に気がついてしまう。
タクミのその状態は、ミロステアを出発してからも続いた。
いつもは鈍いガイルでも、タクミの変化には気がついていたようだ。
個人の事情にあまり踏み込まない方がいいだろうとガイルは言う。
私もいつもならそうだ。そもそも仕事で関わる人のことが気になるなんて、これまでに一度も無かった。
でも、どうしてもタクミのことが気掛かりだった。
その日は雨が降っていた。
ガイルは移動を見合わせた方がいいと言ったが、タクミが早く帰りたがったので出発することにした。
私はいつもより強めに結界を張った。ガイルも慎重に進んでいた。
だが、最悪なことが起きてしまった。
左側が崖になっている道を歩いていたとき、右側の藪から大きな雉が飛び出してきた。
避けようとしたタクミがよろけて後退りしたとき、落ち葉に滑ってバランスを崩した。
そして背中から崖の方に倒れて行った。
私は咄嗟に手を伸ばしたが、わずかに届かなかった。
「タクミーー!!!」
叫び声はすぐに雨音にかき消された。
ガイルと私は崖の下に続く獣道を見つけて降りていった。
タクミの名前を呼び続けるが返事はない。
あの高さの崖から落ちたのだ。身体には相当な衝撃があるはずだ。
強めの結界を張っていたが、さすがに耐えられないだろう。
打ち所によっては……。つい悪いことばかり考えてしまう。
探し回ったが、崖の途中で矢筒を見つけただけで、タクミを見つけることはできなかった。
ガイルも私も声は枯れ、身も心も疲れ切っていた。
空は暗くなり始めている。このままだと私達も危険だ。
「これだけ探しても見つからないということは、もしかしたら自分で崖を登ったのかもしれない。山小屋に行ってみよう」
ガイルが言った。そうするしか無かった。
女神に祈りながら山小屋に行った。するとそこにタクミが倒れていた。
慌てて駆け寄った。見たところ大きな怪我はなさそうだ。
少しホッとした。だが、身体が冷え切っている。
ガイルがタクミを暖炉のそばに運んだ。
タクミはぐったりとしてピクリとも動かない。
お願いだから目を覚まして。私はひたすら祈り続けた。
女神様、お願いです。タクミを助けてくださいーー。
タクミの身体が温まってきた。しばらくして、タクミの目元がピクリと動いた。
名前を呼んだ。掠れた声で、何度も、何度も。
タクミが目を覚ました。
ああ、良かった。女神様、ありがとうございます。
普通に会話ができているし脈も安定している。身体は大丈夫のようだ。
高熱が出ているようだが、これは風邪だろう。念入りに風邪薬を作った。
その後、タクミは見る間に回復していった。
あんな崖から落ちたのに、こんなにすぐに回復するなんて。
きっとタクミには女神様の加護があるのだろう。
タクミが寝ている間に、ガイルと相談した。
タクミが何か問題を抱えていることは明らかだ。話してくれるように頼んでみよう、と。
私達にできることがあれば何でもしたい。私達は仲間なのだから。
今までの私だったら考えられないことだった。
でも、タクミは特別だった。
もっとずっと一緒に旅をしていたい。こんな風に思ったのは初めてだった。
タクミが抱えていた事を打ち明けてくれて嬉しかった。
だが、それは驚くべき内容だった。そして事の重大さに震えが止まらなかった。
この国の結界が不安定になっている……。そのせいで、凶悪な魔物ガルヘルムが入り込んでしまった。早く結界を安定させなくては、また魔物が入ってきてしまうかもしれない。
そんな恐ろしいことになっていたなんて。
そしてこの国の命運を握っているのが、タクミだった。
北の祠の水晶玉を復活させられるのはタクミだけなのだ。
タクミは誰と北の祠への旅に行くか悩んでいたようだ。
私達を危険な事に巻き込みたくないと思ってくれていたようだ。
ガイルも私も、その旅に志願した。
タクミの気持ちは嬉しかったが、私としてはそんな重要な旅に私以外の結界師を選んで欲しくなかった。
私はタクミと一緒に行きたい。
どんな危険な旅になろうとも。




