外伝 ユイ②
この国には、東西南北それぞれに水晶玉を納めた祠がある。
この祠の水晶玉でこの国に強力な結界を張っているのだ。
結界の外には危険な魔物がたくさんいるという。魔物が入ってこないように、常に結界の力を保たなくてはならない。
毎朝、巫女達が女神像に祈りを捧げることで水晶玉に神気を送り、それで結界を保っている。
それに加えて、毎年一回はそれぞれの祠に行って直接祈りを捧げている。
春分に東の祠、夏至に南の祠、秋分に西の祠、冬至に北の祠だ。
その日は秋分で、ミロステアにある西の祠で祈りを捧げることになっていた。
水晶玉との共鳴が強い巫女が五人選ばれるのだが、そのうち一人が体調を崩し、急遽私が代理を務めることになった。
西の祠は、女神の神殿がある山の頂上にある。
祠の周囲には結界が張ってあるので、一般の人は近寄ることすらできない。
漆喰の白い塔のように見える祠は、中に入るとステンドグラスから入る陽の光で、思ったよりも明るかった。
中央にある水晶玉は、内側が虹色のモヤがかかっているように見える。
神気がよく視える人は、虹色に光っているように見えるらしい。
私は目ではあまり視えなくて、神気を感じとるタイプだ。うまく言えないが、髪の毛がアンテナのように神気を察知して、それが頭の中に入ってくるような感覚だ。
この祠の中を神気が渦巻いて登っていき、祠の天頂から外に放射しているのが感じられた。
五人で水晶玉を囲み、祈りを捧げる。
祈りに呼応するように、神気の渦がしだいに強く大きくなっていく。
そして祈りを終えたときには、神気の渦は力強く安定し、祠の天頂から神々しいまでの神気を放っていた。
私の目にも、祠の中が光の粉を撒いたかのようにキラキラと輝いて見えた。
祠の結界内の空気が、清々しい新鮮な空気に入れ替わったように感じる。
私達を守り続ける水晶玉に、心からの感謝の念を送った。
***
あるとき、私はリドを連れて孤児院に来ていた。
仕事がない時は、よく孤児院に来て巫女達の手伝いをしたり子供達と遊んだりしていた。
その日は、数日降った雨が上がって、洗濯物が溜まっていた。
運動場の隅で洗濯物を干していると、横で寝ていたリドが急に起き上がって耳を立てている。誰か来たのだろうか。すると、急にリドが走り出した。
どうしたのかとリドを目で追うと、一目散に孤児院の外門に向かっている。
慌てて追いかけたが、リドは外門を出て行ってしまった。
勝手に外に出ることなんてなかったのに、なぜ急に出て行ったのだろう。私は困惑していた。
外門にたどり着き前の道を探すと、少し離れたところにリドがいた。そして男性が倒れている。
リドが人を襲ったのか? 急いで男性とリドのところへ行った。
孤児院の外門から不審な人物が入ってきたら襲うことはあっても、外の道を歩いている人を襲うなんて。
近寄って見ると、襲っていたのではなかった。尻尾を振って男性の顔を舐めていた。
リドに飛び掛かられたせいで、男性の服は泥で汚れていた。
「コウ、ですか?」
その男性は会ったことがある。ノートスの街の市場で竹細工を売っている人だった。
とてもいい竹細工で、孤児院用にと何度か買い求めたことがあり、顔見知りになっていた。
旅に出るときはリドは孤児院に預けるので、コウに会ったことはないはずだ。
初対面の人にこんなに懐くなんて。とても驚いた。
宿屋に戻って洗うとコウは言うが、リドのせいで泥だらけになってしまったのに、このまま返すわけにはいかない。孤児院でガウンに着替えてもらって服を洗った。
服を洗う間に、コウといろんな話をした。私が孤児院で育ったこと、孤児院のみんなが私の家族で、恩返しのために働いたお金を寄付していること。
人見知りをする私だが、なぜだかコウは話しやすかった。
私の話を聞いてもらえて嬉しかった。『頑張っているんだね』と優しく言ってもらえて、『ああ、私はこの言葉をずっと求めていたのかもしれない』と思った。
自己肯定感が低かった私が、自分を褒めてあげたい気持ちになった。
それからコウは毎年訪れては、寄付としてお金や竹細工を提供してくれた。
コウが来ると巫女達が色めきたつ。コウは誰にでも親切で巫女達に人気があった。
私は仕事の合間に時間が取れれば、市場のコウの店に行くようになった。
そして、コウに会うのが楽しみになった。
この気持ちは、恋……なのだろうか?
***
結界師になって五年が経ち、仕事も軌道に乗ってきた。
若いし女性ということもあって、最初のうちは実力を疑問視されることもあった。
だが実際に結界を張ると、他の結界師よりも質がいいと驚かれた。
私は他の結界師に結界を張ってもらったことがない。
修行中のときに先輩の結界師に張ってもらったことはあるが、どうだったかあまり覚えていない。
そんなに差があるものだろうか。
最近は指名もいただくようになってきて、少し自信もついてきた。
特に女性の方には喜ばれた。女性同士の方が安心するらしい。
ミロステアからノートスまで行商人の女性の旅に同伴した。
ノートスの市場に店を出すそうだ。
荷物の量はそれほど多くなかったので、荷馬車は使わずに荷物を狩護師と私と三人で分けて担いで移動した。重たい荷物を担いで山道を歩くのはたいへんだったが、そのぶん料金をかなり弾んでもらえた。それでも荷馬車を使ってリムネー経由にするよりはかなり安くついたようだ。
ノートスに到着して仕事を終えると仕事仲介所に行った。しばらくここに泊まることにして、ノートスの市場に行った。
コウの竹細工の店に行くと、コウの甥だというタクミを紹介された。
コウと雰囲気が似ている。が、コウよりも少し線が細い感じだ。
どことなく他の人達とは違う感じがするのだが、なぜだか私にもわからない。
翌日、仕事仲介所から指名の仕事が来たと知らせがあった。
コウからだった。タクミが女神詣をしたいらしい。私はすぐに仕事を受託した。
一緒に行く狩護師は当日にならないとわからない。相手によって受けたり断ったりすると偏りが出たり癒着が起きたりするからだろう。
集合場所はコウの家だ。簡単な地図をもらった。
コウの家に行くのは初めてで少し緊張する。
コウの家に行くと、狩護師のガイルがいた。
ガイルとは去年一緒に旅をした。ガイルは話が上手くて、誰とでも仲良くなれて、細かいところまで気を遣えて、見習うべきところがたくさんある。
そしてとても食いしん坊だ。私は食が細いので、ガイルの食べっぷりを見ていると羨ましいし気持ちがいい。
そんなガイルとタクミとの旅ーー。
なんだかいつもの旅とは違うことが起こりそうな気がして、ワクワクする自分がいた。




