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32 噂

翌日、完全回復した僕は、回復したというよりも何故か以前よりも元気になったくらいだ。

常にどこかが筋肉痛だったのも無くなり、身体中の細胞が新しく入れ替わったような感じがする。

ユイの回復薬が効いたのだろうか。


空はよく晴れている。

僕らはいつもよりも早い時間に出発した。


「よし、今日は遅れた分を取り戻そう。もし具合が悪くなったらすぐ言うんだぞ」


ガイルはすごく気を遣ってくれる。


移動は順調だった。

決して平坦な道ではないのだが、獣道でないだけでも歩きやすい。

僕が元気一杯だったので、ガイルは少しペースを上げた。

今までで一番長い距離を歩いただろう。途中で山小屋を二箇所も通り過ぎた。


「この辺は狩にくる人も多いし、険しい箇所も多いから山小屋が多いんだ」


なるほど、狩人の宿泊にも使われているんだ。

それに今は下りの道が多いから比較的楽だが、逆を行く場合は上りが多いので体力を使う。

先日のように雨に降られた場合もあまり距離を進めないので、山小屋が多いことは安心だ。


三つ目の山小屋が見えてきた。

今日はここに宿泊しよう、とガイルが言った。

まだ日は高いが、無理は禁物だ。



***



夕方になって、山小屋に新たな客が来た。


「邪魔するぞ」


そう言って入ってきたのは背が高い男性だった。一人のようだ。


「おう、フェルナンドじゃないか」


「ガイルか? やあ、久しぶりだなあ」


ガイルの狩護師仲間だったようだ。


僕らは、お互いに自己紹介をした。

フェルナンドは、二十代後半くらいだろうか。タレ目で優しい顔立ちなので若く見えるが、僕より少し歳上だろう。ガイルと同じくらい背が高いが、体型はほっそりしている。

港街アクティ近くの村の出身なのだそうだ。

ガイルは前もって「こいつらの前なら何を話してもいいぞ」と前置きして話し始めた。


「狩に来たんだろう。獲物はどうだ?」


「なかなかいい感じだよ。今日の獲物は外に置いてきた」


「フェルナンドがこの辺で狩をするなんて珍しいな」


「そうなんだ。いつもはヴォラス山近くで狩をしているんだけど、あの怪物のせいですっかり獲物がいなくなってしまって、こっちの方に移動してきたんだ」


怪物の話が出てきて、少し空気がピリッとなった。

ヴォラス山はいい狩場だったと聞くから、狩人にとっては死活問題だろう。


「討伐隊の話は聞いているか?」


ガイルがフェルナンドに聞いた。


「何人かが名乗りを上げたことまでは知ってる。そろそろ出発している頃じゃないかな」


「討伐が成功するといいな」


全員が頷いた。

そうなんだ。討伐隊が成功してくれれば全てが上手く行くんだ。


フェルナンドがこれから今日の獲物を解体すると言うので、ガイルも手伝うと言って二人で外へ出て行った。


僕とユイは夕食に具沢山のスープを作ることにした。

フェルナンドがどれくらい食べるのかわからなかったので、とりあえず大量に作った。

大量に作っておけば間違いないだろう。

ミロステアで多めに食材を買い込んでおいて、ほんとに良かった。


獲物の解体が終わり、ガイルとフェルナンドが戻ってきた。

夕食にとフェルナンドがウサギの肉を提供してくれたので、ガイルが焼いてくれた。


夕食を食べながらいろいろ話しているうちに、やっぱりヴォラス山の怪物の話題になった。

今、一番気になる話題なのだから仕方がない。

狩護師が集まるとこの話ばかりしている、とフェルナンドが言った。


「怪物の話って、狩護師だけでなくて一般の人にも知れ渡っているのかなあ」


疑問に思っていたことを聞いてみた。

僕達はガイルがいたおかげで狩護師の連絡網から情報を得ることができた。神殿にも連絡が入っていたようだが、一般の人達は知っているのだろうか。


「いや、まだ一般の人は知らないと思うよ。でもアナトリカでは警備が強化されたり狩護師が集まってきたりしてるので、何かが起こっていると気がついた人が増えてきているかもしれないね」


フェルナンドが答えてくれた。

ヴォラス山に近いアナトリカの街では、被害が及ばないように注意喚起が必要になるだろう。

だが、恐ろしい怪物が現れたとなると街中がパニックになってもおかしくない。


「アナトリカの長老が上手くやってくれてるはずだが、世間の口に戸は立てられないからな。噂が広まるのも時間の問題だろう。その前に討伐できれば一番いいんだがな」


ガイルが言った。

アナトリカの街は、ゴールドラッシュの村の疫病に続いてこの怪物騒ぎだ。

対応しだいでは街の存続に関わるだろう。


「巫女長から聞いたんだけど、ヴォラス山の怪物って、ガルヘルムっていうんだって」


「ガルヘルム……聞いたことがある。凶暴で狡猾な魔物だな。こいつが結界の弱った隙をついて侵入して、ずいぶん前からヴォラス山に住み着いていたってことか」


ガイルが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「いや、それなんだけど、『ヴォラス山辺りには恐ろしい獣が住み着いている』っていう噂は、女神の神殿が流した噂なんだって。結界が不安定で危険だから、人が近寄らないようにしてたらしいよ」


「じゃあ、ガルヘルムが現れたのはもっと最近のことなのか?」


「巫女長の話だと、そうみたい」


「ふうん。まあ、実を言うと、俺も怪物が現れたのは最近だろうとは思っていたんだ。噂はアナトリカの街が流したものだと思っていた」


ガイルが意外なことを言った。


「アナトリカが? どうしてそんな噂を流す必要があるの?」


「実はな、ヴォラス山近くに金鉱山があるって話はしただろう」


「ああ、ゴールドラッシュの話だね」


「そうだ。採掘者の村が疫病で廃村になった時に金鉱山も閉鎖されたんだが、金鉱山についてある噂があったんだ」


「噂って、どんな?」


僕が聞き返すまでもなく、ガイルは話したくてうずうずしている様子だった。


「普通、金鉱山と言っても金が採れるのは大量に掘り出した鉱石のなかのほんの一部なんだ。だがな、金鉱山のさらに奥に、金が大量に採れる洞窟があるという噂があったんだ」


「金が大量に? 本当にそんな洞窟があるの?」


「まあ、噂だけどな。その噂によると、洞窟の中は壁のいたる所に金の塊が埋もれていて、光を当てるとキラキラ輝くらしい」


「俺もその話は聞いたことがあるよ。それに、実際にそこで採れたという小さい金塊を見せてもらったこともある。小指の先くらいの大きさだったけど、そんなのがたくさんあったら凄いことだよ」


フェルナンドが言った。

実際に金塊を見たと言う証言が、ガイルの話の裏付けになった。

ユイに聞いてみたが、金塊が採れる洞窟の噂は聞いたことがないと言った。

おそらく一部の界隈だけで広まっている噂なのだろう。


「その噂を聞いて盗掘者が現れ始めたので、山を管理するアナトリカでも困っていたんだ」


「それでアナトリカが怪物の噂を流したと思ったんだね。その洞窟ってどこにあるのかガイルは知っているの?」


「金鉱山の辺りは近寄ってはならない決まりになっているんで、俺もその地域には詳しくないんだ」


なんでガルヘルムはそこに居座っているんだろう。

大きな動物はガルヘルムが食べたか逃げたかで、ほとんどいなくなっているはずだ。

まあ、怪物の行動なんて、考えたところで誰にもわかるわけないか。


その日の夜は、人が増えたのでロフトの上が窮屈だったが、ぐっすり眠ることができた。

久々にしっかり動いたせいだろう。



翌日の朝、フェルナンドと別れた。狩を続けてもう一泊するらしい。


歩道は比較的なだらかで、僕達は昨日と同じくらい速いペースで進んだ。

そしてノートスに二番目に近いという山小屋にもう一泊した。


「明日の昼すぎにはコウの家に到着だ」


やっとゴールが見えてきた。

もう一回くらいガイルと狩をしたかったが、僕のせいで予定より遅れたので時間が取れなくなってしまった。残念だ。



最終日、山小屋を出て歩道を進むと、今までより大きめの山があった。


「あと一山越えると、ノートスの街が見えてくるぞ」


ここまで来るのに、一体いくつの山を越えてきたんだろう。

最後の山を越えると、見晴らしのいい場所に出た。

遠くにノートスの街が見える。見覚えのある街並みに懐かしさが込み上げてきた。


「後は山を下るだけだ。少し早いが昼食にしよう」


この旅の最後の食事だ。

サンタクロースの袋の中身は全てみんなの胃袋に収まった。


「山を下れば、すぐコウの家に到着だな」


ガイルが言った。そうか、この旅ももうすぐ終わるのか。


だが、この後にまた新たな旅が待っているんだ。

おそらく、もっと厳しく過酷な旅がーー。



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