30 御守り
ユイの叫び声が遠ざかっていく。
僕は崖を転がりながら落ちていった。
身体のあちこちが岩や木にぶつかる。
結界を張っていても強い衝撃には耐えられない。
どうすることもできず重力のまま転げ落ちていく。
大きい木の根にぶつかって止まった。
どれだけ落ちたのだろうか。身体中が痛い。
途中で岩にぶつけたのだろう、頭が割れるように痛い。
やっとの思いで目を開けると、僕は仰向けに倒れていた。
左足が変な方向に曲がっている。折れているようだ。
とにかく身体中が痛い。
雨が容赦なく打ちつける。
結界のおかげで濡れてはいないが、地面と雨の冷たさが身体を冷やす。
頭が痛い。身体が痛い。寒いーー。
僕はこのまま死んでしまうのだろうか。
そのとき胸の辺りに熱を感じた。
そこで意識を失った。
ーー意識が戻った。あれからどれくらい経ったのだろう。
途端に身体中の痛みも戻ってきた。
胸の辺りが光っている。
何だろう。確かめたいが動けない。
光っていたのは航さんにもらった御守りのようだった。
ふっと身体が軽くなった気がした。
人の気配がして目をやると、僕の前に誰かが立っていた。
誰? ぼやけてよく見えない。
女性のようだ。
ユイなのか? いや、違う。
でも僕が知っている誰かの気がする。
ずっと前から知っているような気がする。
温かい光に包まれた。
ああ、僕は死んだんだ。
『死んだら魂は家を守護する存在になるんじゃ』
じいちゃんがそう言っていた。
僕は守護霊になるんだ。
そしたら元の世界に、島に戻れるのか?
親孝行できなくてごめん。
島を助けられなくてごめん。
この世界を助けられなくてごめん。
ユイ……。悲しんでくれるだろうか。
また気が遠くなった。
***
「…………ミ」
誰かが僕を呼んでいる。
「タ……ミ」
その声は、……ユイ?
「タクミ」
ここはどこだ? 薄暗い。
ぼんやりしてよく見えないが、天国ではなさそうだ。
「タクミ、気がついたのですね」
「ユ……イ? ここ……は……?」
やっと周囲が見えるようになった。
ユイとガイルが僕のことを覗き込んでいる。
暖かい。右側に暖炉があった。
どうやら僕は山小屋の中にいるようだ。
暖炉の近くに寝かされている。
「どうして……ここに?」
「覚えていないのか?」
ガイルが説明してくれた。
僕が崖から落ちた後、ガイルとユイは僕のことを探し回った。
何とか崖の下に降りる獣道を見つけ、崖の下まで降りて行った。
崖の途中で矢筒が低木に引っかかっているのを見つけた。
矢筒を見つけた近くやさらにそこを下ったところまで探したが、どこにも見つからなかったという。
やがて暗くなってきた。このままでは自分達も危険になる。
もしかしたら助かって自力で崖を登ったかもしれないと一縷の望みをかけて山小屋まで来てみたら、山小屋の前に僕が倒れていたというのだ。
ガイルが担いで山小屋に入れてくれた。
結界のおかげで濡れてはいないが、長い間冷たい地面に倒れていたためすっかり身体が冷え切っていた。
それで暖炉の前で暖めてくれていたのだ。
「タクミ、申し訳ない。俺の責任だ。こんなことにならないように旅を主導するのが俺の役割なのに……」
「いや、ガイルのせいじゃないよ。僕が無理を言ったんだ。それに何度も気をつけるように言ってくれたのに僕がよそ見してて……」
頭がクラッとした。手を頭に当てると熱い。熱があるようだ。
ユイが額に手を当てた。ひんやりとして柔らかい感触があった。
「熱があるようですね。風邪でしょう。ずっと寒い中にいたので無理もありません。お薬を作りますから、安静にしていてください」
ユイは優しく微笑んだ。
目が赤いーー。泣いていたのだろうか。
二人に会えてホッとしたと同時に、疑問が生まれていた。
熱で朦朧とする頭で考えた。
おかしい。身体が痛くない。
確かにあの崖から落ちた時、身体中をぶつけて全身が痛かった。
おそらく左足を骨折していた。頭も割れるように痛かった。
それが今は、熱のせいで頭は朦朧としているものの、あの時の身体の痛みはすっかり消えていたのだ。
左足も普通に動かせる。
骨折も痛みも、僕の幻覚だったのか?
そういえばあのとき、航さんにもらった御守りが光ったような気がする。
毛布の中で、首から下げている紐を手繰って小さい皮袋を握った。
あれ? 中身がない。
確か小さい丸いものが入っていたはずだ。
『この御守りが僕を守ってくれたのか……?』
そういえばこんな話を聞いたことがある。車にぶつかる事故にあったが身体は無傷で、代わりに御守りの中の板が割れていたとか。
航さんに渡されたとき、御守りというのは例えで、本当は換金できるような宝石か何かが入っているんだと思っていた。
お金を無くして困った時はこれを売って足しにしろ、的な。
本当に効果がある御守りだったんだ。
中身を見るなんて罰当たりなことしなくて良かった。
そんなことを考えていると、ユイが薬を持ってきてくれた。
「風邪のお薬です。苦いですが我慢して飲んでください」
上半身を起こすと、ユイが背中を支えて薬を飲むのを手伝ってくれた。
乾燥した薬草をすり潰してお湯で溶いたようなものだった。
本当に苦かったが、ユイが作ってくれたものだ。息を止めて一気に飲んだ。
そして横になると、眠気が襲ってきてそのまま眠った。
***
次に目を覚ましたときは外が明るくなっていた。一晩中寝ていたようだ。
まだ身体がだるいが、昨日よりも熱は下がっている。
「おはようございます」
ユイが僕が起きたのに気がついて声をかけてきた。
もしかしてずっと横についていてくれたのか。
ユイが僕の額に手を当てた。またひんやりとして柔らかい感触がした。
「熱は下がってきたようですね。でもまだ安静にしていてくださいね」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
そこからまた寝たり起きたりしていて昼食の時間になった。
いい匂いがしてきて、お腹がグーっと鳴った。
ずっと忘れていた空腹の感覚が戻ってきたようだ。
「薬膳スープを作りました」
ユイがスープを持ってきた。
食べさせてくれようとしたが、恥ずかしかったので受け取って自分で食べた。
薬草は入っているようだが苦くはなく、深い味がする美味しいスープだった。
ガイルはテーブルに座って、薬膳スープとパンと、あと色々食べていた。
「いや、それにしても、あの崖から落ちたのに無傷なんて奇跡だな」
「本当になんで無事なのか自分でもわからないよ」
「草が密集していたところに落ちたのかもしれないな。どんな場所だったか覚えているか?」
どんな場所だったか思い出そうとするが、全く思い出せない。
痛みが激しくて周囲を見る余裕すらなかったんだ。
「いや、全く覚えていない。とにかく身体中が痛くて」
「崖から落ちたんだ、無理もない。それなのに、よくここまで歩いてこれたな」
「それが、どうやってここに来たのかよく覚えていないんだ」
本当にここまで来た記憶は一切無い。いや、自分で来た気がしない。
変な話だが、何だか浮いて運ばれたような感じがするのだ。
御守りのおかげで助かったと思っていたが、やっぱりそれだけでは説明がつかない。
「生死がかかっているときは、野生の勘が働くことがあるからな」
ガイルは一人で納得し感心していた。




