28 神殿の街
ユイと一緒に神殿の門の集合場所へ向かった。
ガイルはまだだったが、待っているとすぐにやってきた。
まずは夕食に行くことになった。
「この街はユイの方が詳しいだろう。どこかいい店はあるか?」
「ミロステアは薬膳料理が有名です。美味しいお店を知っていますが、いかがですか」
二人とも異論なしだ。
店まで移動する間に、ガイルはウサギの毛皮代だと言って銀貨七枚を渡してくれた。
「毛並みが良かったから高く売れたよ」
「いや、ガイルが見つけてくれて解体もしてくれたんだから、ガイルのものだよ」
僕は銀貨をガイルに返そうとするが、受け取ってくれない。
「タクミが仕留めたんだ。初めての獲物だろ。タクミが受け取ってくれ」
しばらく二人で押し問答していたが、今日の夕食代の足しにすることで決着した。
ガイルの『タクミが仕留めた初めての獲物だろ』という言葉が心に響いた。
そうか、異世界に来て初めて自分で稼いだんだ。
今更ながら、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。
ユイが案内してくれた店は、大きい街道から少し入った静かなところにあった。
「地元の人しか知らない穴場のお店です」
中に入ると外から見るよりは広く、席は八割ほど客で埋まっていた。
カウンターには薬草を入れた大きいガラス瓶がいくつも並んでいる。
壁には乾燥させたハーブやドライフラワーが一定間隔で吊り下げられていた。
席につくと、まずはビールを注文した。
後はおすすめのメニューをユイに選んでもらうことにした。
「ゲテモノはダメだぞ」
ガイルがユイに言った。いや、大丈夫だって。
ビールを注いだジョッキが届いた。
「まずは目的が果たせて良かった。乾杯!」
そうだ、二人は僕の目的が女神詣と物見遊山だと思っているんだった。
巫女長にも会いたいと話してはいたが、運が良ければくらいに思っていたのだろう。
僕としては巫女長に会って話を聞くのが目的だったから、それはそれで目的を達成したと言える。
ビールは少しハーブのような味がした。
「巫女長に会えたんだってな。良かったな。神託をもらえたのか?」
「うん。いろいろと話が出来た。でも本当に知りたかったことは分からなかったな」
「それは残念だったな。でも巫女長に会えただけでも幸運だぞ。タクミには女神の加護があるのかもな」
女神の加護かあ。普通はそうなんだよな。
僕にとっては加護ではなく、ただの無茶振りだった。
「ガイルはどうだった?」
「ああ、ここの狩護師はみんな怪物のことを知っていたよ。アナトリカから伝書鳩で討伐隊の募集の知らせが来て、討伐隊に加わりたいという奴が早速向かったらしい」
討伐隊が成功してくれればいいが。今は祈ることしかできない。
「目的は果たせたし、後は戻るだけだな。早速、明日出発するか? それとも、もう少しここでゆっくりするか?」
「できれば明日出発したいな。だけど、明日の朝にもう一度、巫女長に会いに行きたいんだ。だから出発はちょっと遅めの時間にしたいんだ」
「それは構わないが……」
ガイルは何か言いたそうだったが、それ以上は口をつぐんだ。
料理が運ばれてきた。
何だっけ、鶏の中に滋養にいいものを色々詰め込んで煮込んだ……、そうだ、サムゲタンだ。
他にも豆腐を使った料理や、山菜の料理、豚肉を煮込んだ料理など、いろんな料理が並んだ。
全体的に少し薬草の味がしたが、逆にそれがいい隠し味になって料理の味を引き立てていた。
楽しく話をしながら食事をしていたら、たくさんあった料理がいつの間にか無くなり、満腹になった。
ガイルの皿にはサムゲタンの鶏の骨が山のようになっている。
薬膳料理なので身体が健康になったような気がする。
その後、ユイはおすすめの宿屋に連れて行ってくれた。
「私は自分の家に帰ります。明日の朝、遅めの時間にここに来ますね」
ユイと別れて宿屋に入った。
大きな街道沿いで建物も大きかったので、ここの辺りでは有名な宿屋なのだろう。
宿泊は二名だというと、個室と二人部屋のどちらにするか聞かれた。
「俺はどっちでもいいぞ」
とガイルは言ったが、いびきに悩まされるのが嫌なので個室にした。
一人銀貨五枚だった。
窓を開けると街道を見下ろせた。遠くには女神の神殿が見える。
女神の神殿は山の中腹にあり、夜でも松明が焚かれているので街のどこからでもよく見える。
外を眺めながら、北の祠に行くことについて考えていた。
行くことは心が決まったが、問題は誰と一緒に行くかだ。
怪物の討伐隊が出るとガイルは言っていた。それで討伐されれば問題はない。
ガイルとユイに依頼して、また一緒に旅をすればいい。
だが、討伐は失敗するのではないかという気がしていた。
根拠はない。勘だ。
だが、こんなときの勘はなぜだかよく当たってしまうのだ。
もし自分が討伐しなければならなくなったら。
巫女長は人員を出すと言っていたが、この国には軍隊に相当するものは無い。どちらにしろ狩護師と結界師が選ばれることになるだろう。
だとしたら僕としてはやっぱりガイルとユイに手伝って欲しい。
僕が頼めば二人は了承してくれるだろう。
だが、かなり危険な旅になる。それこそ命に関わるほど。
それなのに頼んでもいいものか。
二人を危険な目に合わせたくない気持ちと、危険な旅だからこそ気心の知れた二人と一緒に行きたいという気持ちに揺れ動いていた。
まだ時間はある。しっかり考えて答えを出そう。
気がつけば、かなり遅い時間になっていたようだ。
街道は人通りが無くなり、静まり返っている。
もう寝なくては。
布団に入ったが、やっぱり考えてしまってよく眠れなかった。
***
翌朝、僕は一人で早めに朝食を摂ると、宿屋を出て神殿に向かった。
神殿の正門は閉まっていたが、昨日言われた通り北門に行くと、門の隣にあった小さいドアが開いていた。そこから入るとすぐに巫女長に謁見した建物があった。
扉をノックすると、巫女が出てきて中に入れてくれた。昨日案内してくれた巫女のようだ。
そしてまた巫女長の部屋へ通してくれた。
「少しお待ちください」
僕は促されるまま椅子に座った。相変わらず図書館のような匂いがする。
昨日はやや薄暗くてよく見えなかったが、今は窓から朝日が降り注ぎ、部屋の中を明るく照らしていた。
巫女長の大きな机と、その前に応接用の机と椅子が二つに長椅子が一つ。
どれも装飾が少なく簡素だが、質が良さそうなアンティークだった。それに綺麗に磨かれていて、大事に扱われているのがわかる。
扉が開き、巫女長が入ってきた。
僕が慌てて立ち上がると、巫女長が『座って』と手でジェスチャーしたので座り直した。
「来てくれてありがとう」
「僕が来ることはわかっていたんですね」
巫女長は僕の前の長椅子に座ってこちらを見た。そして優しく微笑んだ。
「心を決めてくれたようですね」
どうやら僕は心の状態が顔に出やすいらしい。
「必要な物や人員は何でも用意します。何か要望はありますか」
「いえ、今のところはありません。正直に言うと、どうしたらいいかわからないんです。怪物を倒すために何が必要なのか、誰の力を借りればいいのか」
「わかっているはずですよ。既にあなたはそれを手にしています」
きっぱりとした口調に、思わず巫女長の顔を見た。
巫女長は僕の心を見透かしているかのように確信に満ちた笑顔だった。
「それは神託ですか?」
「いいえ。私の勘です。女神様はこの件に関してはあまり神託をくださらない。きっと女神様にとっても想定外のことだったのでしょう」
既に手にしている……? ガイルとユイのことだろうか。
ガイルはまだしも、ユイは……。
「ユイのことを聞きましたか?」
ユイの出生のことや孤児院で過ごしたことを言っているのだろう。僕は頷いた。
「孤児院では幼少のときから個々の能力を活かすような教育をしています。ユイは巫女としての能力がこれまでの生徒の中でも飛び抜けて高かった。ですが、職業を選択するとき、ユイは巫女ではなく結界師を選びました。結界師は危険を伴うこともあるので、女性の大半は巫女を選ぶのに不思議に思っていました。でも、きっとこの時のためだったのでしょう」
「ユイの能力が高いことは認めます。ですが今回の旅はあまりにも危険です」
「彼女は誰よりも能力が高いのです。誰よりも。きっとタクミの力になります」
***
僕は退室して神殿を出た。女神の聖水は完成しだい航さんの家に届けてくれるとのことだった。
奉納金は受け取ってもらえなかった。こちらからお願いしたのだから受け取れない、と。
逆に、北の祠への旅の資金を出すと言われたので、それは辞退した。
資金を受け取ってしまうと、この国のために動かされているような気がするからだ。
僕は僕が守りたいもののために動く。そこだけはブレたくない。
神殿を出て宿屋に戻る途中も、ずっと考えていた。
ユイに支援してもらえるのなら、僕としては嬉しい。
だが、本当にこんな危険なことに巻き込んでしまっていいのか。
『きっとタクミの力になります』
巫女長の言葉が頭の中でリフレインしていた。




