26 巫女長
「どうぞ」
部屋の中から返事がした。
「タクミ様をお連れしました」
巫女が扉を開ける。巫女に促されて部屋に入ると、図書館のような匂いがした。
それほど広くない部屋には、中央に応接用のテーブルと椅子があった。
その奥には大きな机があり年配の女性が座っていた。机の上には水晶玉が置いてある。この人が巫女長か。
巫女長は立ち上がって僕のところにまでやってきた。
「ようこそ、タクミ。巫女長のソフィアです」
「はじめまして。烏丸拓海と申します」
僕は緊張してガチガチになっていた。
案内してくれた巫女は部屋を出て扉を閉めたので、巫女長と二人になった。
慌てて腰の鞄から紹介状を取り出した。
「これは紹介状です。以前こちらに伺った烏丸航也が書いたものです」
「さあ、そこの椅子にお座りなさい」
巫女長は応接用の椅子を勧めた。
僕が一人掛けの椅子に座ると、巫女長は向いの長椅子に座った。
巫女長はしばらく紹介状を読んでいたが、読み終わるとこちらを向いて言った。
「はるばるこちらまでお疲れ様でした。どうぞ、緊張しないで普通に話して」
巫女長は艶やかな紫のローブを纏い、白髪が多いグレーの髪を三つ編みにして頭に巻き付けていた。
巫女長というから魔法使いのお婆さんのような容姿を想像していたが、六十歳くらいの優しそうで上品な女性だった。
「コウがここに来たのは何年前だったかしら。とても驚いたわ。異世界から来たなんていうものだから、最初は信じられなかった」
巫女長は、にっこり笑って僕を見た。
「そして、あなたも異世界から来たのね」
「あの、僕がここに来ることをどうして知っていたのですか?」
「女神様からの啓示があったのです」
女神からの啓示……? 一体、どういうことなのだろうか。
「私は女神様からのお告げを水晶玉から読み取ることができるのです」
そうか。巫女長は神からのお告げ、神託を授けてくれる能力者だと航さんから聞いた。
でも、何で水晶玉は僕のことを?
僕が質問をする前に、巫女長が口を開いた。
「この国を救っていただきたいのです」
救う? 僕が? 僕が救って欲しくてここに来たのに。
唖然とする僕に巫女長が話し続けた。
「ヴォレス山に現れた怪物の話を聞きましたか?」
「狩護師のネイトから聞きました」
「あれは魔物です。魔物が入って来てしまったのです。対策を練るために、謁見の間を閉じて連日会議をしていました」
ユイの言葉を思い出した。この国には強力な結界が張ってあるはずだ。
「結界を張ってあるのに、なぜ魔物が入ってきたのでしょうか」
「北の水晶玉の力が弱まっているのです」
ユイが懸念した通りだった。
「あの、水晶玉はこちらで管理していると聞きました」
「はい。我々が管理しています。女神像に祈りを捧げることで水晶玉に神気を送り、それで結界を保っています。ところがある時、急に水晶玉の力が大きく損なわれたのです」
「それは、何故ですか?」
「その時は原因はわかりませんでした。水晶玉の力が弱まったことで、穀物や野菜の収穫量が減るなど国中に影響が出ました。特に北のヴォラス山近くは、もともと陰の気が強い場所だったのでその影響が強く出て、ある村が疫病で全滅してしまいました」
ガイルが話してくれたゴールドラッシュの村のことだ。
やっぱり水晶玉の異変が影響していたのだ。
「コウがここに来たとき話を聞いて驚きました。水晶玉の力が衰えた時期とコウがここに転移してきた時期がぴったりと一致していたのです。コウの転移によって水晶玉が力を使い過ぎたのでしょう」
「航さんのせいでこの異変が起きたということですか? その航さんを呼び寄せたのは水晶玉なんですよね」
航さんがここの異変の原因のような言われ方をして僕は少し頭に来た。
ここに来たのは水晶玉のせいじゃないか。航さんだって不本意だった筈だ。
「コウにも話しましたが、水晶玉が異世界から人を呼び寄せることなど先代からも聞いたことがありません。水晶玉に聞いても返答はありませんでした。おそらく何らかの事故があったのでしょう。なのでコウは何も悪くありません」
事故かーー。
航さんがここに転移したのは単なる事故で、深い意味はないということか。
水晶玉と共鳴する航さんが触れてしまったことで、何かエラーが起きてしまったんだ。
「その後、神殿の巫女達の祈りによって水晶玉の力はほぼ回復しましたが、北の祠の水晶玉だけは不安定で、強まったり弱まったりを繰り返していました。このままでは、また悪い影響が出かねない。なので『ヴォラス山辺りには恐ろしい獣が住み着いている』と噂を流して、なるべく人が近づかないようにしたのです」
ああ、確かネイトが、以前からそんな噂があったと話していた。
女神の神殿がわざと流した噂だったんだ。
「ところが、水晶玉の力が弱まったときに本当に恐ろしい獣が入り込んでしまいました」
「それがヴォレス山の怪物、ですね」
巫女長は眉間に皺を寄せ、厳しい顔で頷いた。
「あの怪物はガルヘルムといいます。ガルヘルムは魔物ですが知恵も持っていて、とても危険な生物です。このままでは、いずれこの国を破壊してしまうでしょう」
「僕がここに転移したから、また水晶玉の力が弱まってガルヘルムを侵入させてしまったのですね」
「いえ、逆です。ガルヘルムが侵入してきた後にタクミが転移してきました」
え? 逆だったんだ。
てっきり僕の転移が怪物を呼び込む引き金になったのかと思っていた。
「水晶玉が不安定になっていたので怪物が侵入して、その後に僕が航さんのように事故に巻き込まれたと……?」
「今回のタクミの転移は偶然の事故ではありません。女神様があなたを引き寄せたのです」
女神が僕を引き寄せた? にわかには信じられない。
「なぜ僕を?」
「この水晶玉に触れてみてください」
僕は立ち上がって水晶玉に近づいた。中心に強い神気の塊のようなものが見える。
そっと右手を伸ばす。まだ三十センチほど離れているのに、すでに水晶玉の内が虹色に光り出している。
もう少し手を近づけてみる。手に軽い痺れを感じる。水晶玉は輝き出し、内側には虹色の渦が出来ていた。
これ以上近づけると危ないような気がして手を引っ込めた。
「これほどとは……」
巫女長は驚いた様子でしばらく声を出せないでいたが、水晶玉が元の状態になるのを見届けてから口を開いた。
「これが理由です。タクミは水晶玉と共鳴する力がとても強い。北の祠の水晶玉を回復させるには、強く共鳴できる人の力が必要なのです」
「なぜ僕は水晶玉と共鳴できるのでしょうか」
「女神像をご覧になりましたね。神気が視えましたか」
「はい。とても気高くて強い神気でした」
「神気が視える人は、水晶玉との共鳴力が高いのです。私が巫女長をしているのは、巫女の中で一番神気がよく視えたからです」
そうか。烏丸家に伝わるこの能力のせいなのか。
だから代々、水晶玉と女神殿の管理を任されてきたのだろうか。
「水晶玉と共鳴できる人が女神の聖水をかければ、水晶玉の力が回復するでしょう。ですが、北の祠の水晶玉を回復させようとすれば、必ずガルヘルムが阻止してくるはずです。ガルヘルムを倒さなければなりません」
水晶玉の力を回復させるのは、共鳴できる僕にしか出来ないということか。
あの怪物を倒して……。
「我々にできることなら何でも協力します。もちろん、ガルヘルムの討伐に必要な人員の確保も。女神様が聖水を作るのに一ヶ月ほど必要なのでその間に準備します」
「女神は今どこにいるのですか?」
「わかりません。今話したことは神託として知らせてくださいました。ですが、聖水を作るには人の姿になる必要があるので今は人に化身していると思われます」
やはり女神の居所はわからないのか。
それは想定通りではあったので、まあ仕方がないかという気持ちだった。
巫女長からの話が終わったので、今度は僕のターンだ。
僕は美波戸島の水晶玉の神気が無くなったこと、島の異変のことを話した。
「島の水晶玉を復活させるにはどのようにしたら良いのでしょうか」
「この世界の水晶玉と連動していることは間違いないでしょう。北の祠の水晶玉を回復させて安定させ、あなたの世界の水晶玉にも聖水をかければ、きっと元に戻ると思います」
「僕は元の世界に戻れるのでしょうか」
「女神様がこの国を救ってもらうためにあなたを呼んだのです。この国が救われたら、きっと女神様が元の世界に戻してくれるでしょう」
そうか、交換条件ってわけだ。
島を救うにはこの国を救うしかない。救わなければ戻ることもできない。
選択肢があるようでないんだ。どうも僕にはこのパターンが多いらしい。
「この国を守ってください。どうぞお願いします」
巫女長は立ち上がって僕に頭を下げた。
「あの、少し考える時間をいただけませんか」
「良い返事をお待ちしています。心が決まったらいつでも構いませんのでもう一度いらしてください。正門が閉まっていたら北の門から入れます」
僕は立ち上がってお辞儀をした。
巫女長の部屋を出ると、先ほどの巫女の姿は見えなかった。
巫女長に謁見したら奉納金を納めるようにと航さんに言われていたが、どうしたらいいのだろう。
戻って巫女長に渡すのも変なので、次の機会に納めることにした。
入ってきた時と同じ扉から外に出ると、外は曇り空になっていた。
庭園にあったベンチに座った。
頭の中が混乱しているので、落ち着いて整理したかった。
話を聞く限り、僕にNOの選択肢はない。
理屈ではわかっているのだが、心が追いついていない。
あの怪物と闘うのかと思うと怖くてたまらない。またあの赤い目を思い出してゾッとする。
絶対に島を救うという決意をしたはずなのに、そのために僕にできることは何でもすると誓ったはずなのに、『やります』と即答できない自分が情けない。
この旅でいろんな経験をして成長した気になっていたが、肝心なところがまだ未熟だった。
でも、どうしても考えてしまうんだ。
なんで僕が……って。
雲に隠れていた太陽が顔を出し、辺りに白銀の光が降り注いだ。
小鳥のさえずりが聞こえる。遠くで子供の笑い声がする。
この世界はこんなに平和で、こんなに美しいのに。




