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25 神殿

翌朝、朝食を終えるといつものように三人で山小屋を掃除した。

ガイルは昨日処理したウサギの毛皮を持っていた。ミロステアで売るらしい。

僕は弓矢をいただいていくことした。荷物は増えるがまたガイルと狩にいく機会があるかもしれない。

出発前にユイが結界を張ってくれた。


「ここを通れば昼過ぎには到着するぞ」


ガイルはまた獣道に入っていく。整備されていない道にもすっかり慣れた。

昨日ガイルと一緒に狩をしたことで、獣道にも興味を持つようになった。

歩きながらどこかに動物がいないか探す余裕も出てきた。


獣道からまた巡礼の道に出て森の中を進む。

森を抜けると、道の先に街が見えてきた。ミロステアの街だ。


ミロステアは山に囲まれた盆地だ。中央に大きな川が流れている。

西側の山の中腹に一際大きく立派な建物が見える。あれが女神の神殿なのだろう。


街は見えてはいるがまだ距離はありそうなので、ここで昼食を摂ることにした。

リムネーで買ってあった食材の残りを、ここで全部平らげた。



「さあ、ここからミロステアの街だ」


ミロステアの街に入ると、あちこちに噴水や池があった。水が豊かなのだろう。

街道はきれいな碁盤目状になっており、大きな街道沿いには街路樹が植えてある。

計画的に造られた街のようだ。


街道を通る人の中にはユイのようにローブを羽織っている人がちらほらいる。

他の街や村では、あまり見かけなかった。ローブが巫女や結界師の制服なのだろう。


街の中央を貫く広い街道の突き当たりに、鉄柵と大きな門がある。

門の先には長い階段があり、さらにその先に女神の神殿が見える。

女神の神殿は大きくて立派な石造りで、正面に並んだ円柱が古代ローマの神殿を思わせた。


門の前で、僕たちは一旦解散することにした。


「俺はまずこの毛皮を売りに行く。その後は、狩護師仲間のところに情報交換しに行くつもりだ」


「あのヴォラス山の怪物のこと?」


「ああ。もうここにも連絡は来ているかと思うが、今後の対策について話し合っておきたいからな。夕方にまたこの場所に集合でいいか?」


「わかった。じゃあ、また後で」


ガイルは手を振って街の中心の方へ歩いて行った。


「ユイはどうする?」


「私は孤児院に行きます。今は孤児院を出て近くで暮らしていますが、孤児院の巫女に大事な子を預けているので……」


えっ、大事な子? ユイの爆弾発言に、僕の頭の中は真っ白になった。

ユイには子供がいたのか? その前に、そもそも結婚していたのか?

そんなことは一言も……いや、尋ねなかった。未婚なんだと思い込んでたんだ。

少し距離が縮まってきたと喜んでいたのに、所詮僕の独りよがりだったのか。


「タクミ? 聞いていますか?」


「あ、ああ、ごめん。何て言った?」


「もし謁見の間が閉まっていて入れなかったら、孤児院に来てください。巫女に取り次ぎを頼みますから。神殿の南門を出て坂を下ってすぐ右側です」


「うん、わかった。ありがとう」


ユイはにっこり笑って、足早に去って行った。


僕はユイの背中を見送ってからも、しばらく茫然とそこに立っていた。

ユイに子供がいたという衝撃からなかなか立ち直れないでいたのだ。

どこかで犬の鳴き声がしてハッと我に帰った。

いけない、僕には大事な用事があるじゃないか。やっと目的地に辿り着いたんだ。

こうしてはいられない。気持ちを切り替えて歩き出した。



大きな門をくぐり長い階段を登ると、美しい庭園があった。

中央に噴水がある。天然の岩が積み上げてあり、その間から水が湧き出て見えるように造ってあった。女神が降り立ったという『聖なる泉』を模しているのだろうか。


庭園を進むと目の前に神殿があった。近くで見上げるとその荘厳さに驚嘆する。

『この国では一生に一度は女神詣をしたいと思っている人が多い』と航さんが言っていたことを思い出す。確かにこの神殿だけでも一見の価値がある。


円柱をくぐると、アーチ状の入口の扉が大きく開かれていた。

扉を進むと天井が高い通路があった。

ノートスの丘の上の祠に少し似ている。そう思ったのは、壁の上部と天井に同じようなステンドグラスが嵌め込んであったからだ。そこから柔らかい陽の光が入ってきていた。


左側の壁に四枚のレリーフがあった。女神降臨の伝説が彫り込まれているようだ。

メラルダから伝説の話を聞いていなかったら、気にも留めずにスルーしていたところだ。

レリーフでは、伝説の中の四つの場面が表現されていた。


 聖なる泉に女神が降り立つ

 魔物の王と女神が対面する

 女神が水晶玉で結界を張る

 女神が豊かな実りもたらす


メラルダが『魔物の王はドラゴンかもしれない』と話していたのを思い出した。

僕が記憶しているドラゴンは爬虫類のような体に翼が生えている姿だったが、このレリーフではライオンに翼が生えたような姿だった。


通路を進むとまたアーチ状の入口がある。

入ると僕はあっと息を飲んだ。

そこは巨大な円形の広間で、ひんやりとした静謐な空間だった。

そしてその中央には女神像があった。

広間の天井はドーム状になっていて、その天頂には円形の天窓がある。

そこから女神像に陽の光が降り注いでいた。


想像していた通り、照波神社の女神殿にあった女神像と同じだ。

違うのはその大きさだ。台座も入れると五メートルはあろうかという見上げるほどの大きさだった。

そして、『神気』もこちらの方が遥かに強かった。

何だか照波神社の龍神様の神気に似ている。気高くて力強い。

そしてその神気が螺旋状に渦巻いてこの広間全体に広がってように視えた。


久しぶりに女神に会った気がして懐かしさが込み上げてくる。

昔から何度も見惚れてきた、美しく慈愛に満ちた女神の姿だ。


何人かの参拝者が、(ひざまず)いて女神に祈りを捧げていた。

祈り方の作法がわからないが、まあ、いいか。

手を合わせて女神に心の中で話しかけた。

『どうぞ島を救ってください。そしてこの国も怪物から守ってください』



祈りを終えると、謁見の間を探した。

どこにあるのだろう。確か神殿の奥だったはずだ。

広間の奥には扉はなく左右に通路があるだけだったので、少し迷ったのち右の通路に進んだ。

通路は回廊になっていて、広間の裏手にある庭園をぐるりと囲みその先に建物があった。

結局、左右どちらに行っても同じだったようだ。

建物近くには何人かウロウロと歩き回っている人がいた。

もしかしたら、あれが謁見の間なのか? そして、扉が閉まっているのか?


建物前に来た。が、案の定、扉は閉まっていた。

ああ、やっぱり閉まっていたか。

幸い僕にはユイがいる。他の皆さんには悪いが、ユイから巫女に頼んでもらおう。

引き返そうと振り返ると、目の前にローブを羽織った女性がいた。

神殿の巫女だろう、と思った。


巫女は僕の横に来て小声で言った。


「タクミ様でいらっしゃいますか?」


「あ、はい。拓海です」


「巫女長がお待ちです。私についてきてください」


そして振り向きもせず回廊を進んでいった。

僕は慌てて巫女の後を追った。


なんで僕が来ることを知っていたのだろう。

ユイが知らせたのか? いや、それにしては早すぎる。

航さんが気を利かせて事前に知らせておいてくれたのか?

それなら、わざわざ紹介状を渡す必要もないだろうし、到着する日時までは分からないはずだ。


巫女は女神像の広間を通り過ぎてステンドグラスの通路にきた。

レリーフと反対側の壁の中央には、目立たないが扉があった。

扉を開けて僕を通すと静かに扉を閉めた。別の建物につながる渡り廊下のようだ。

廊下の突き当たりの扉を開けると、古い建物に出た。

執務用に使われている建物のようだった。


左右にいくつか扉があったが、巫女はその一つをノックした。


いよいよ巫女長と対面だ。

僕は急に緊張が高まってきた。手にじわりと汗が滲んだ。



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