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22 獣道

宿屋を出て、荷馬車屋へ向かった。

祈りながらミロステア行きの荷馬車を確認する。が、残念ながら新しい荷馬車の情報は出ていなかった。


「徒歩で行くしかないな」


ガイルはどこか嬉しそうだ。


「そうですね。徒歩ですね」


あれ? ユイもどこか嬉しそうに見える。


「ユイは徒歩でも大丈夫なの?」


「ずっと荷馬車に乗っていると体が疲れるので歩く方が楽です」


いや、どう考えても歩く方が疲れるってーー。

と心の中で叫びながら、ここで『次の荷馬車が出るまで待ちたい』なんて言ったら(おとこ)(すた)る。


「よし、徒歩で行こう!」


と元気良く宣言した。


「じゃあ、ルートはどうしようか」


ガイルとユイは、どのルートで向かうか相談し始めた。


「女神詣なのですから、『巡礼の道』を行ったらいいのではないでしょうか」


「うーん、それだとやっぱり遠回りになっちゃうんだよなあ」


ガイルは急に俺の方に向き直って言った。


「楽だけど遠回りの道と、キツいけど近道のどちらにする?」


いや、絶対楽な方がいいってーー。

と心の中で叫びながら、ここで『楽だけど遠回りの道』なんて言ったら男が廃る。


「よし、キツくても近道で行こう!」


やってしまった。ユイの前で情けない自分を見せたくなくて見栄を張ってしまった。

無理をしてもっと情けない姿を見せることになるかもしれないのに……。


近道を行けば、ミロステアまでは二泊三日の旅になるようだ。

その間の食材が必要だ。パンとハムとチーズと日持ちする野菜などを買い込んだ。

布袋いっぱいになった食材は、ガイルが運んでくれることになった。袋を紐で背中に括りつけたガイルは、何だか新種のサンタクロースみたいだ。


荷馬車用の街道から分岐した徒歩用の道は、しばらく湖に沿って続いている。

朝日を反射して湖面が眩しいくらいに輝いていた。

この絶景ともお別れだ。美しい景色を目に焼きつけて道を進んだ。


「この道は『巡礼の道』といって、女神詣をする人達が通る道です。山道ですが整備されていて安全な道です」


ユイが説明してくれた。

ということは、これから通ろうとしている近道は『整備されていなくて危険な道』ということか。

自分で決めたことだから後悔はしない。……と思った自分をすぐに後悔することになる。


「よし、ここからこっちに行くぞ」


ガイルが巡礼の道の途中で立ち止まり、藪の中を指差した。


「こっちって、道がないけど?」


「いや、あるじゃないか。立派な獣道が」


ちょっ、ちょっと待ってくれ、ガイル! 

キツいけど近道って言うから道だと思ったのに道じゃないじゃないか!


「では結界を張りますね。少しじっとしていてください」


ついにユイが結界を張ってくれるんだ。

ワクワクする気持ちを顔に出さないように気をつけながら動かず立っていると、ユイは僕の背後に回って背中に両手をかざしているようだった。

しばらくすると、全身がじわっと温かくなった気がした。


「はい、終了です。これで魔物や毒を持った動物は近づいてきません。また、軽い傷も防げます」


「軽い傷を防ぐ? どういうこと?」


「結界を張ってもらうと、藪に入っても怪我をしないし、汚れもつかないんだ」


ユイに結界を張ってもらいながらガイルが言った。


「はい、終了です。怪我をしないと言っても、強い衝撃には耐えられないので気を付けてください」


「ユイ、自分にはやらないの?」


「自分には一瞬で結界を張れます」


「よし、行くぞ」


ガイルは藪の中に分け入り、ズンズンと進んでいく。

次に僕が続き、最後にユイが続いた。


笹や雑草が密生する中を進んでいると、両脇の草木の小枝や葉っぱが容赦なく身体中に当たってくる。だが、確かに当たってくる感触はあるのだが全く痛くない。

軽い傷を防げるという意味がわかった。何だか自分の体全体が、低反発クッションにでもなったかと思うような不思議な感覚だ。


道なき道を進み続ける。

ガイルの後を行くので多少は楽が出来ているが、そもそも獣道だ。人が通る道ではない。

それに、さっきからずっと登り坂になっている。斜面で滑らないように気をつけつつ安全な足場を探しながら歩くので、想像以上に疲れる。


枯れ沢に出たと思ったら、今後は沢登りが始まった。

ガイルは大きな体を活かして、どんどん岩を踏み越えていく。

ユイは山羊のように、岩と岩の上を軽々と渡っていく。

僕は必死で岩をよじ登ってついて行った。


灌木の林を抜け、見晴らしのいい場所に出た。

周囲の山々を見渡せる。結構高いところまで登ってきた。


「ここから先は岩場が続くぞ。ここで休憩しよう」


僕達は近くの岩の上に腰を下ろした。

ここまでノンストップだ。僕はゼイゼイ息を切らしていた。

そういえば、あんなに小枝や草をかき分けて来たのに、体には傷一つついていない。

結界ってほんとに神だ。


「昼食だ。しっかり食べるんだぞ」


ガイルは朝買ってきたパンと洋梨を渡してくれた。

僕はまだ息が荒くてあまり食欲はなかったが、まだ先があるのでエネルギー切れになってはいけない。無理してパンを噛み砕き水で胃に流し込んだ。

洋梨はよく熟していて柔らかく、皮まで美味しくいただいた。

食事を終えると、少し元気が出てきた気がする。


「暗くなる前に山小屋に着かないとな」


ガイルとユイはまた何か相談をし始めた。どの山小屋に行くかを決めているようだ。

明日のルートのことまで考えて、今日どこまで行くか配分を考えているようだった。

ガイルが僕を見た。うーん、嫌な予感がする。


「今日頑張って明日ゆったりするのと、今日ゆったりして明日頑張るのとどっちがいい?」


やっぱりだ。また僕が決めるのか。

選択肢はありそうでないんだ。だって二人とも気持ちは決まってるじゃないか。


「今日頑張って明日ゆったりしよう……」


「おう、そう言うと思ってたよ」


「タクミは旅慣れていないのに積極的ですね」


ほら、二人とも嬉しそうだ。

含みのない笑顔が恐いと思ったのは初めてかもしれない。



そこからの道(一応、道と言っておく)は、さらにアドベンチャー味を増していた。

いっそテーマパークのアトラクションだと思えば楽しめたのかもしれない。


あるときは崖に沿った狭い道を横歩きで進んだ。

崖の下を見ると目が眩みそうなので、ガイルの背中と足もとだけを見ていた。ガイルは大きい体で荷物まで担いでいるのに、なんであんなに身軽に動けるんだろう。

僕は高所恐怖症とかではないが、さすがに命懸けの道は勘弁して欲しい。


あるときは、滝の裏側を通った。

川沿いを歩いていたが滝で行き止まりになった。ガイルが滝の方にずんずん進んでいくので滝壺に入るのかと焦ったが、滝の裏側が通れるようになっていたのだ。

裏側から見る滝は幻想的で、これは結構楽しかった。

よくこんな道を見つけたなと感心せざるを得なかった。


「順調に来たな。予定より早く着きそうだ」


予定より早いのかーー。無理して早いペースについて来たのに、予定通りのペースで十分だったんじゃないか? と苦情の一つも言いたいが、息が荒くて言葉が出ない。

航さんはこうなることを事前にわかっていたんだろう。うう、恨むよ、航さん。


「タクミは初めてなのにすごいな。コウは途中で根をあげてペースを落としたんだ」


やったー、航さんに勝ったんだ。心の中でガッツポーズをした。

これは戻ったら航さんに嫌味の一つでも言ってやらねば。何だか少し元気になった。


道が下り坂になり、最初に通ったような藪の道になった。

今度は下りなので呼吸的には楽になった。

しばらく藪の中を進むと、歩道に出た。おそらく巡礼の道だ。

かなりショートカットできただろう。


「ほら、あそこが今日泊まる山小屋だ」


道の先に山小屋が見えた。やった、あそこまで辿り着けば今日は終了だ。

ついた頃にはもう僕はフラフラだった。


山小屋は外から見ると小さかったが、入ってみると結構広く感じた。

今日宿泊するのは僕たちだけのようだ。


ガイルは早速暖炉に火を起こし始めた。

僕は丸太の椅子に座って、動く気力もなく放心状態だった。

外は暗くなり始めた。山の中はあっという間に暗くなる。


「タクミはそこで休憩してていいぞー」


ガイルとユイは朝買ってきた食材で、料理を作り始めた。

僕は、ただ暖炉の炎を眺めることしかできなかった。


やがて、いい匂いがしてきた。すると急にお腹がすいてきた。


「ようし、出来たぞ」


「さあ、食べましょう」


テーブルに、ハムのステーキと野菜のスープとパンが並んだ。


「美味しい!」


「これだけ動いたんだ、何を食べても美味いに決まってる」


ガイルはそう言うが、きっとそれだけではない。

苦労を共にした仲間との山小屋での食事は、リムネーでの食事とはまた違って、ちょっと家庭的で心温まる素敵な時間だった。



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