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20 湖畔の街

荷馬車は先ほどからずっと、蛇行する緩やかな坂を登っている。

けっこう標高が高いところまで来ているのではないだろうか。


荷馬車は森に入った。木漏れ日の中を進む。

馬の蹄と荷馬車の軋みと小鳥のさえずりが、軽快な輪舞曲(ロンド)を奏でていた。

深い森の中を抜けていくと、やがて木々の間から山に囲まれた湖が見えてきた。

遠目で見てもその湖の透明度の高さがわかる。なんて風光明媚な場所なんだ。


森を抜けると、湖畔に美しい街が見えてきた。

湖と山の間のわずかな平野と山の斜面に家が立ち並んでいる。昔何かの雑誌で見た、オーストリアのハルシュタットという街に似ていると思った。一度は行ってみたいと思っていた場所だった。


「リムネーの街は景勝地として有名なんだ。海外からも訪れる人がいるくらいだ」


ガイルが説明してくれたが、言われるまでもなく、すでにこの美しい景色に魅了されている。

荷馬車はリムネーの荷馬車屋に到着した。

マルコムとメラルダとはここでお別れだ。短い時間だったが共に旅をした仲間と別れるのは、ほんのり寂しい気分になる。


荷馬車屋の建物に入って、次の目的地、ミロステア行きの荷馬車を探した。

今のところは一週間先まで予定がないらしい。


「明日もう一度来てみよう」


「もしミロステア行きの荷馬車がなかったら?」


「歩いてだな。荷馬車の場合はかなり北の方まで遠回りするが、歩いてなら山の中を直進できるからかえって早いくらいだよ」


山の中を直進か。ガイルは簡単に言うが、僕にとってはかなりハードそうだ。

荷馬車が出ることを祈ろう。



まだ日は高いが、早めに宿屋に行くことにした。

ガイルがおすすめの宿屋に案内してくれた。


宿屋は街の外れのほうにあり、山の斜面に張り付くように建てられていた。

支払いは前払いだ。一泊朝食付きで一人につき銀貨六枚だった。


部屋は三階だった。入口のドアを開けると何の変哲もないこじんまりとした部屋だった。

入って奥の窓を開けるとあっと息を飲んだ。

目の前には、湖と街並みを一望できる素晴らしい景色が広がっていた。

このまま絵葉書か旅行ガイドの表紙にでもなりそうだ。


しばらく休憩してから、待ち合わせしていた一階のロビーに降りていった。

ガイルとユイはすでに長椅子に座って待っていた。


「ガイル! この宿屋、最高だよ! 窓からの景色が抜群だった」


「私はこの宿屋は初めてなのですが、とても景色がいいですね」


「だろう。リムネーに来たら、やっぱり景色を堪能しないとな。あと、ここの朝食のコーヒーもうまいんだ」


ガイルは得意気だ。


「じゃあ、美味いものでも食べに行くか。ここは、湖で採れた魚の料理が名物なんだ」


食事の方も、ガイルに任せておけば間違いないだろう。



ガイルは、湖に少し張り出して建っているレストランに案内してくれた。

まだ時間が早いので客はほとんどおらず、湖に面した一番景色がいい席を確保できた。


「飲み物はビールでいいよな。料理は俺がおすすめのものを適当に頼んじゃっていいか? 何か苦手なものや食べられないものはあるか?」


ガイルがメニューを見ながら言った。


「嫌いなものもアレルギーも特にないよ。ゲテモノ系は苦手だけど」


「ん? ゲテモノって?」


「あー、蛙とか蛇とか昆虫とか、そういうやつ」


「蛙とか蛇とか昆虫って、ゲテモノなのか……」


ああ、ガイルは山の中でサバイバルする人だった。たぶん蛙も蛇も昆虫も、普通の食材という感覚だったのだろう。

釈然としない様子のガイルは放っておいて、ユイに聞いてみた。


「ユイは苦手なものはない?」


「毒を持つ生き物以外は大丈夫です」


そういえば、航さんが『毒を持っている生き物は魔の性質があるから結界を張っていると寄ってこない』と言っていた。結界師は毒とは相性が悪いのだろう。

だが毒を持つ生き物で食べられるものってあんまりないような。マムシとかかな? あ、フグもダメってことか。


「えーっと、ゲテモノじゃないもので……」


ガイルがまだブツブツ言いながらメニューを見ている。

この店のメニューだったらまずゲテモノは出てこないから大丈夫だって。



僕達の前に、ビールが並々と注がれたジョッキが三つ置かれた。


「まずは、乾杯だな」


三人でビールを掲げて乾杯をする。

ああ、美味い。最高だ。


そういえばユイって何歳なんだろう。二十歳前後に見えるが、普通にビールを飲んでるから二十歳は越えているということか。いや、この地ではお酒が飲める年齢が違うのかもしれない。

気になるが、女性に年齢を聞くのは失礼だ。ここの慣習を知らないからという言い訳はさすがに効かないだろう。航さんに聞いておけばよかったーー。


陽が落ちかけてきた。周囲の山々が夕日に染まって橙色になり、湖面は空の茜色をうつしながら緩やかに波打っている。そして、ユイの銀髪は夕日を受けて金色に輝いていた。

刻々と色彩を変えていく美しい景色を眺めながら、楽しい仲間と一緒に美味いビールを飲む。こんなに贅沢なことがかつてあっただろうか。


料理はどれも美味しかった。

特にガイルがおすすめしていた、湖で採れるマスの料理は絶品だった。

思ったより大きいマスだったが、あっという間に食べてしまって追加注文したほどだ。まあ、七割くらいはガイルが食べたんだが。


陽が落ちて薄暗くなってくると、湖面には街の灯りが映って幻想的な雰囲気になった。

いつの間にか客が増え、周囲は賑やかになっていた。

店内はほぼ満席になっている。

景色が抜群で料理も美味しいのだから、人気店なのは間違いないだろう。


レストランの入り口に一人の男がやって来た。

満席なのを見て帰ろうとしたが、ガイルがその男に手を振った。

僕達の席に近づいてきた男にガイルが言った。


「久しぶりだな! リムネーに来てたのか」


「ガイルじゃないか。こんなところで会うとはな」


「タクミ、ユイ、こいつは俺の友人なんだ。相席してもいいか?」


ガイルは僕とユイを見て聞いた。もちろんOKだ。


お互いに自己紹介をした。

ガイルの友人はネイトと名乗った。狩護師仲間なのだそうだ。

小柄でがっしりした体型で、小麦色に日焼けしていた。キリッとした目が聡明さを感じさせる。


狩護師どうしは会うと情報交換をするらしい。国内で起きた変わった出来事や、農畜産物の相場なんかも伝え合っている。ガイルがマルコムに最近の商売について色々聞いていたのは情報収集のためでもあったのだ。

ガイルによると、狩護師ネットワークはとても優秀で、態度が悪い商人などの情報もあっという間に伝わるのだそうだ。


ガイルが情報交換しようと話し出すと、ネイトは話すのを躊躇っていた。それを見てガイルは『こいつらには何を話しても大丈夫だ』と耳打ちした。耳打ちだけど、声が大きいのでこちらにも聞こえている。ネイトは安心した様子で話を始めた。


ネイトはガイルと同じくアナトリカに住んでいて、今日はアナトリカからミロステアまで行商人を送っていった帰りだと言った。

僕達はこれからミロステアに向かうという話をすると、ちょっと気になる話をした。……いや、かなり気になる話だ。女神の神殿の様子がおかしかったというのだ。


「神殿の様子がおかしいってどういうこと? 僕はこれから神殿に行く予定なんだ」


「神殿の奥に『謁見の間』がある。巫女長との謁見を希望する人はまず巫女による審査を受けて、それを通過した人だけがここで巫女長と謁見できるんだ。いつもはその受付に謁見を希望する人が大勢並んでいるんだが、そこが閉鎖されていたんだ」


「閉鎖って?」


「扉が閉まっていて誰も入れないようになっていたんだ。何人か困ってウロウロしていたよ」


なんてことだ。

せっかく航さんが紹介状を書いてくれたのに、それ以前の問題だ。


「なんで閉鎖されたんだろう」


「理由は分からない。巫女長の体調不良ではないかという噂もあったが、真偽は不明だ」


ネイトはそれ以上詳しい事はわからないようだ。

とりあえず行ってみるしかないか。閉鎖も一時的なものだったのかもしれないし。


「他に変わったことはないか?」


ガイルが聞くと、ネイトは内緒話をするように小声で言った。


「ヴォラス山の怪物の話は聞いたか?」


怪物……!? 

ただならぬ単語を聞いて、僕の頭の中では警戒警報が鳴り響いていた。



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