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18 星夜

荷馬車が、少し(ひら)けた空き地に入って止まった。今日はここで夜を明かすようだ。

空き地と言っても雑草はきちんと刈り取られていて、きちんと手入れをされているのがわかる。近くに川が流れる音がしているので水も確保できそうだ。

ガイルによると、荷馬車が休憩するためのこのような場所が街道沿いに何ヶ所かあるそうだ。


ガイルが荷馬車から飛び降りた。勢いが良すぎて荷馬車が大きく揺れた。

荷台に上がるときは足掛けが付いているが、降りるときは飛び降りたほうが早い。

続いて僕も飛び降りる。


続いてユイが降りようとしたので、手を貸そうと右手を差し出した。すると、ユイは驚いた顔をして僕を見た。

あれ? この世界ではあんまりこんなことをしないのかな?

耳が熱くなるのを感じた。たぶん僕は耳まで真っ赤になっているのだろう。

手を引っ込めようとすると、ユイが手を乗せてきた。そして荷馬車から飛び降りたが、とても軽くふんわりと着地したので手伝いは必要なかったようだ。


「ありがとうございます」


「えっと、ごめん。こっちでは、あんまりこんなことしないのかな」


「あの……。恋人同士だったらするのかも……」


ユイは恥ずかしそうに下を向いた。


「あっ、そっ、そうなんだ。深い意味はないから」


危ない危ない。紳士的なつもりが、変態になるところだった。

遠くの島から来たからこの国の慣習は知らなかった、という言い訳で何とか収めてもらおう。



御者たちは馬の世話をはじめた。

空き地の一角に石でできた焚き火用の囲いがあり、近くに薪が積んであった。

ガイルは真っ先にそこへ行くと、慣れた手つきで火を起こし始めた。

囲いの中に薪を組んだ。そして、その辺りから集めた乾いた枯れ草や小枝を中に押し入れた。火打ち金で火打ち石を何度か叩くと火花が枯れ草に着火し、やがて薪が燃え出した。


ガイルが御者たちのところに行って何か話をして、その後、荷馬車の中を探していた。


「荷馬車には、たいてい調理道具や食器を乗せているものさ。ちょっと肌寒いから温かいものが欲しいだろ」


ガイルは鍋を見つけてきて、水を入れて火にかけた。

皮袋から乾燥させた野菜や干し肉などを出してどんどん入れていった。

塩、胡椒、ハーブなどで味付けをしている。

その間に、僕は荷馬車を探して木の器を見つけて持ってきた。


「食材や調味料も持ってるんだね」


「ああ、基本的な調味料があれば、山の中で道に迷っても安心だからな」


「狩護師でも道に迷うことがあるの?」


「そうだなあ、新しいルートを探して山の中を一週間くらい彷徨(さまよ)ったことなら何度もあるな」


そうか『道に迷っても安心』というのは『道に迷っても生きていける』ではなくて、『道に迷っても美味しいものが食べられる』という意味か。狩もできる山のスペシャリストだから、道に迷うこと自体は怖いことでも何でもないんだ。なんせ、熊まで倒しちゃうんだから。


ガイルの作るスープが煮込まれて、いい匂いがしてきた。

夕食としてハムとチーズを挟んだパンが二個ずつ渡された。ずっしりと重たく硬いパンで、噛みごたえがありお腹にたまる。

それにガイル特製の温かいスープがあったので、お腹は一杯になった。スープは優しい味だった。

その後もしばらく焚き火のそばでみんなで談笑していたが、やがてお開きになり火を消した。



夜は荷馬車の床にラグをひいてそこに寝る。一人一枚ずつ毛布が配られた。

幌の入り口を閉じてしまえば、大きめのテントの中にいるようなものだ。


荷馬車は座って乗る分には余裕があったが、横になるとさすがに狭い。

マルコムは昼寝の時と同じように、荷物に寄りかかって半分体を起こしたまま寝ていた。

僕たち三人は川の字になって寝ることになったが、ガイルがど真ん中に陣取って一番先に寝てしまった。旅慣れているとはいえ、秒で眠れるなんて羨ましい。

おかげで、ユイと僕はそれぞれ端っこに体を丸めながら寝ることになった。

これでは川の字ではなく、小の字だ。

まあ、ユイの隣だと緊張して眠れなそうなので、これはこれでいいことにしよう。



***



夜中に目が覚めてしまった。

天井からぶら下げてある小さいランタンの灯りに、幌の中がほんのり照らされている。

他のみんなは熟睡しているようだ。また寝ようとするが、ガイルのいびきが気になってなかなか眠れない。


外の空気を吸おう。

皆を起こさないように気をつけながらそっと起き上がり、幌を少し開けて外へ出た。

風がやや冷たい。

秋虫が賑やかだ。鈴虫、マツムシ、コオロギ、カネタタキ、キリギリス……。思い思いに『秋の野原』という音楽を奏でている。


異世界には月が無い。

暗闇に目が慣れてくると、見上げた先は満天の星だった。

星空ってこんなに明るかったのか。


草の上に仰向けに横たわる。

背中にひんやりとした大地の感触が伝わってきて寒さを感じたが、それをすぐに忘れてしまうほど星空に圧倒され魅入られてしまった。


水平線の(きわ)に山の稜線が、目の端に近くの木々が黒いシルエットで見える。その間を覆い尽くす、幾億もの星々。それらは空に貼り付いているのではなく、幾重にも重なって立体的に宇宙を構成していた。無限の空間が、そこにはあった。


流れ星だーー。

急に幼い頃の出来事を思い出した。


小学一、二年生くらいの冬、テレビで『天気が良ければ流星群が見えます』と言っていた。

僕は流れ星が見たいと父さんにせがんで、夜中に二人で照波神社の境内に流れ星を見に行くことになった。

寒くないようにと母さんがマフラーと手袋とカイロを持たせてくれた。

夜に神社に行くのは初めてで、ドキドキしながら懐中電灯に照らされた階段を登った。流れ星にどんな願い事をしようかと考えながら。


真夜中の境内は怖いくらいに静寂に包まれていて、懐中電灯を消すと本当に真っ暗になった。

神社は山の上にあるので、空を見上げると街の灯りが視界に入らない。絶好の観測ポイントだった。

美しい星空だった。あんなにたくさんの星を見たのは初めてだった。

星が流れるたびに、あそこだ、あっちだ、と指を差した。流れ星はあっという間に消えてしまって、願い事をする暇なんてなかった。

母さんが持たせてくれた保温ボトルの熱々のお茶で温まりながら一時間ほど見ていただろうか。


父さん、今頃何をしているのだろう。僕のことを探しているだろうか。

急に島のみんなの顔が(まぶた)に浮かんだ。今まで自分のことで精一杯で、ゆっくり思い出す機会がなかったのだ。

ああ、母さん……、ごめん。

最後に見た母さんの背中を思い出す。航さんを想って寂しそうにしていた背中。

航さんだけでなく僕までいなくなってしまって、どんなに辛く悲しい思いをしているだろうか。


星空が滲んで、冷えた頬に温かい涙が伝って落ちる。いっそ尽きるまで泣いてしまおう。


ひとしきり泣くと、少し気持ちがスッキリした。

みんなを悲しませたままにはしない。

絶対に水晶玉の秘密を解き明かして、島の異変を食い止めるんだ。

そして女神を探し出して、航さんと一緒に島に帰るんだ。


「クシュン!」 


体が冷えすぎてしまったようだ。風邪を引かないようにしなくては。


荷馬車に戻った。そっと幌の端を持ち上げて中に滑り込むと、幌の中は暖かかった。

ガイルとユイはぐっすり眠っているようだ。

ガイルの腕がユイの方にはみ出していたので、こちら側に引き寄せた。

まったく、ユイの邪魔をするなんてけしからん。と思ったが、ガイルの平和そうな寝顔を見ていると怒る気も失せた。


二人を起こさないように気をつけながら毛布にくるまった。

もう島のことを思い出すのはやめよう。いちいち感傷的になっては、前に進めなくなってしまう。

島を救うために、今は島を忘れるんだ。



***



翌朝、目が覚めるとどうも瞼が重たい。

鏡がないので自分では見えないが、泣いてすぐ寝てしまったので大体想像がつく。


「タクミ、昨日は寝れなかったのか? 初めての旅だから無理はないか。眠たくなったら昼寝したらいい」


ガイルは、ちょっとピントがずれているところがある。いい意味で。

ユイは僕を見て少しハッとした様子だった。何か察してくれたのか、何も言わずに普通にしてくれていた。

二人ともそれぞれに僕を気遣ってくれているんだ。なんだか嬉しい。


川で顔を洗うと冷たい水で身も心もシャキっとした。水筒に水を補充する。

硬い板の間に寝たので少し体が痛い。軽く体を動かすように体操をした。


朝食はパンにチーズを挟んだものだった。

一人に二個ずつ配られたが、僕とユイは一個で十分だったのでガイルにあげた。ガイルは四個ともペロリと平らげた。

温かいコーヒーでも飲みたいところだったが、贅沢は言えない。


人間と馬の朝食が終わると、荷馬車は次の目的地である村に向かって出発した。

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