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02 大我

大我(たいが)は小学生の時からの親友だ。高校まで同じ学校に通っていた。

友達思いで熱血漢。まさに漫画の主人公のような人物だ。

学校一のスポーツマンで、競技大会ではいつも注目の的だった。そのうえイケメンで性格もいいとなれば、女子から絶大な人気を誇ったのもうなずける。


僕はといえば、勉強は得意な方だったが運動はそこそこ。高校三年生の時に生徒会長を務めたが、それも大我の熱い応援演説があったから選ばれたようなものだ。

だから僕にとって大我は親友であると同時に、軽く嫉妬というか劣等感のようなものを感じる対象でもあった。


高校卒業後、僕は東京の大学へ進学し大我は漁師になった。大我は子供のときから漁師になると決めていたそうだ。成績はいい方だったので先生には進学を進められたが、決意は固かった。

いつも真っ直ぐな奴だ。


「おう、大我。久しぶりだな」


「ふふん、俺の愛車で迎えに来てやったぜ」


そう言って笑いながら僕のバッグを奪い取って軽々と肩に担いだ大我は、すっかり日に焼けて逞しくなっていた。

最後に会ったのは大学三年生の春だった。いきなり僕の部屋に現れて、『東京見物する』と言って四日間泊まっていった。渋谷、浅草、六本木とあちこち連れ回されて疲れたが、修学旅行みたいで楽しかった。

その頃は漁師の先輩達との人間関係で苦労していたらしく散々愚痴を聞かされたものだが、いま目の前にいる大我は実に堂々として風格すらある。


「なんか逞しくなったな」


前を歩く大我の背中はしっかりと筋肉がつき引き締まっているのが服の上からでもわかる。

それに比べて……僕は自分の体を見た。なんだろう、自分がすごくひ弱に感じてしまう。


「そりゃ漁師も六年目だからな。いい具合に脂が乗ってきたところだ」


「脂が乗ってきたって、マグロみたいだな」


笑い合いながら車に乗り込む。

大我は僕のバッグを後部座席に置いて、車のエンジンをかけた。

陽が落ちて辺りは薄暗くなっている。街灯が灯りはじめた道を車が進んでいく。


「会社が倒産なんて、大変だったな」


いきなり痛いところを突かれた。

不可抗力だったとはいえ、そんなリスクがある会社に入社してしまったことは僕のミスだし、もっと安定した会社に入れなかったのも僕の実力不足だったわけだ。

でも大我には、カッコ悪い自分を見せたくなかった。


「うん、まあ、あれだよ。人生、波乱万丈の方が楽しいし。これもいい経験だったってことさ」


ああ、なんで素直に本音が言えないんだろう。

本当はかなり気持ちが沈んでいるし、これから先の不安で一杯なのに。


「そうか。落ち込んでなくて良かったよ。まあ、拓海ならすぐに就職先くらい見つかるだろうし」


「……」


「すごいなあ、拓海は。いつも余裕があって。昔から何があってもあたふたしないよな」


大我はつぶやくように話し続けた。

お世辞とか言わない奴だ。本心から言っている。だからこそ僕の心はざわざわしていた。

いつでも真っ直ぐに向き合ってくれる親友に対して、僕はなんでこんなに自分を取り繕ってしまうのだろう。


いたたまれなくなって、話題を切り替えた。


「そういえば、琴音(ことね)は元気か?」


琴音とは大我の彼女のことで、二人は高校生のときから付き合っていた。

琴音は、優しくて穏やかで目がクリッとしていて小動物のような可愛さがあった。話口調はややスローテンポで、よく笑う子だった。

琴音が笑うとこちらもなんだか幸せな気持ちになる。なんとか笑わせようと僕と大我でショートコントとかよくやっていたな。

大我と琴音はタイプは全然違うのに、なぜだかすごくお似合いだった。


「元気だよ、相変わらずだ。拓海が帰ってくると聞いて会いたがってた。それから……」


珍しく言い淀む。思わず大我に目をやると照れ臭そうに笑っていた。こんな顔を見るのは初めてかもしれない。


「あのな、俺たち結婚しようと思ってるんだ」


ズキンと胸の辺りに衝撃が走ったーー。

おいおい、そんなに僕との差を広げないでくれ。僕なんか大学生のときに当時つき合っていた彼女と別れてから、ずっと彼女いないんだよ。

動揺を悟られないように、冷静を装いながら話を続ける。


「そうか、おめでとう! お前ら絶対結婚すると思ってたよ。それで結婚式の日取りとか決まったのか?」


「いや、それがな、結婚資金を貯めようと思ってたんだが、このところ不漁が続いてて、それどころじゃないんだよ。日々の生活すら苦しくなってきたんだ」


声が一気にトーンダウンした。


「おかしいんだ。海で何かが起こってるのかもしれない」


大我は眉間に皺を寄せて、絶望感を滲ませながら言った。


「いや、たまたまじゃないのか? 魚が獲れる量は毎年違うんだろ。いい年も悪い年もあるし、悪い年が続くことだってあるだろ」


「それが、年々減ってるんだよ。ざっくりだけど、いつもの年に比べて一昨年(おととし)は二割減、去年は三割減、今年もこのペースだと四割減くらいになりそうなんだ。俺の親方はもう四十年も漁をやってるけど、こんなに不漁が続くのは初めてだっていうんだ。それも毎年減っていくなんて、明らかに変だって」


「海に何か異変があるってことか?」


「うーん、原因がわからないんだ。温暖化とかの影響はあるだろうけど、それにしても急すぎるんだよな。とにかく生活が安定しないことには、結婚どころじゃないんだ」


島の近海には良い漁場があって、昔から漁業が島の産業の柱になっていた。

その漁業が不振となれば、島全体にも影響してくる。


この島に何か不吉なことが起ころうとしているのかーー。

いや考えすぎだろう。俺の悪い癖だ。



車は坂道を登っていく。

照波(てるは)神社は小さい山の山頂近くにあり、僕の家は神社から少し下ったところにあった。


途中、航さんの家の前を通る。

航さんは大学を卒業してから実家に戻り、六年ほど植木職人の見習いをしていた。

あるとき島の伝統工芸である竹細工の職人から後継者がいなくて困っているという話を聞いた航さんは、自分が弟子入りすることを決意し、実家を出て竹細工の工房で住み込みで働きはじめた。

工房と言っても古民家を少し改造して作業場所を作っただけで、外観は普通の家だった。工房で働き始めた当初は師匠と一緒にそこで生活していたが、師匠が亡くなってからそのまま工房を引き継いで一人で住んでいた。

だが、僕が大学三年生のときに突然海外に行ってしまった。


「そういえば、航也さんって外国に行ったんだろ? いつ帰ってくるんだろう。航也さんがいないとつまんないよ」


大我も航さんと仲がいい。航さんがまだ実家にいた頃は、大我が家に遊びに来るとよくドライブに連れていってくれた。その後も年に数回は三人で会っており、僕が東京に行ってからは大我と航さんの二人で飲みに行くこともあったらしい。

お互い似たところがあって気が合うようだった。


「今頃どこにいるんだろう。拓海は連絡とったりしてるのか?」


「いや、僕もどこにいるのかわからないんだよね。特に連絡もないし。バックパッカーていうのかな? いろんな国を転々とするやつ。あんな感じなんだと思う」


「はははっ。航也さんらしいや。どこに行っても上手くやっていけそうだ」


航さんの家の前を通り過ぎた。庭は雑草が伸び放題で、数年間手入れされていないことを物語っていた。


「しばらくこっちにいるんだろ? このまま神社を継いだりしねえの?」


いきなり大我が聞いてきた。

大我からこの質問が出るとは意外だった。


「いや、一週間くらいで戻るよ。宮司を継ぐ気はないんだ。東京で転職先を探すよ」


ああ、また就職活動をするのかと思うと気が重い。


「そうか。でも勿体無いな。拓海なら宮司にぴったりだと思ってたんだよな」


「え? そうなの? どうして?」


宮司にぴったりなんて、大我からそんなことを言われたのは初めてだ。


「だって、照波神社っていえばここの島民の心の拠り所みたいなとこあるじゃん。宮司ってその神社を守ってるってことだろ。島のみんなを守ってくれてるのと一緒じゃん。だからみんな頼りにしてるんだよな。うちのじいちゃんなんかも、ちょくちょく寛治(かんじ)さんに相談しに行ってたし。話を聞いてくれるだけでも安心するんだって」


寛治とは僕のじいちゃんのことだ。確かにいろんな人がよく相談に来ていた。


「うーん、そんな大事な役割なら、ますます僕は向いてない気がするなあ」


「何言ってんだよ。だから拓海にぴったりなんだよ。お前、昔から誰にでも親切だし責任感が強いしめちゃくちゃ頼りになるだろ」


僕は驚いて大我を見た。大我は真面目な顔をしていた。冗談ではないようだ。

そんな風に思ってくれていたなんて、全く知らなかった。いや、確か応援演説の時にそんなことを言ってくれていた。が、ただのリップサービスだと思っていたのだ。


急に顔が熱くなってきて慌てて下を向いた。上手く返事ができなくてモゴモゴしていると、車が大きく左にカーブを切った。そして古い日本家屋の門の前に止まった。


車から降りて、実家を見上げる。久しぶりに見る実家は、やけに古めかしく感じた。


「送ってくれてありがとな。また連絡する」


「おう。次はゆっくり話そう」


大我の車のランプが見えなくなるまで見送った。

門の扉を通り抜け、石畳のアプローチを玄関まで歩いていく。

辺りはすっかり暗くなり、鈴虫がうるさいくらいに鳴いていた。


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