17 武勇伝
荷馬車は田園風景の中を軽快に進んでいく。
目指すは湖畔の街、リムネーだ。
ここからリムネーまでは二泊三日の旅になる。途中で二箇所の村に立ち寄る予定らしい。
ちなみに荷馬車に乗る料金は、食事込みで一人につき金貨一枚銀貨五枚だった。ここの相場としては高い料金だと思う。
見渡す限り一面が畑で遠くにうっすらと山が見える。
この辺りは穀倉地帯らしい。主に小麦、米、とうもろこしなどが植えられているそうだ。今は小麦の種まきが終わった時期のようで、茶色い大地が広がっていた。
小麦の収穫の時期には一面が黄金色になるのだろうか。そんな景色も見てみたいものだ。
幌つきの荷馬車の中は、半分は荷物、半分が人が乗るスペースになっている。
相当揺れることを覚悟していたが、思ったよりも揺れが少なくて快適だった。
僕たち三人の他に、荷主である商人のマルコムが相席となった。
マルコムは四十代後半くらいの小柄で丸顔の男性だった。
ガイルとは顔見知りだったようで、出発前に二人は楽しげに世間話をしていた。マルコムはこの数日忙しくてあまり寝れなかったとかで、出発早々に荷物にもたれかかって寝入ってしまった。
ガイルは、荷馬車の揺れは気持ち悪くないか、お尻や腰が痛くないか、など僕のことをいろいろ気にしてくれた。問題ないと話すと安心したように話し始めた。
「コウから聞いたが、タクミもミナト島ってところの出身なんだって? 俺は海外にもたまに行くんだが、聞いたことがないんだよな。どんなところなんだ? コウはあんまり教えてくれなくてな」
航さんと口裏合わせしたことを思い出す。
「あー、どこにも属さない辺境の小さな島で、本当に何もないんだよ。海しかないんだ」
ボロを出さないように気を遣って話した。なるべく余計なことは言わないようにしないと。
「ふうん。確かコウもそう言ってたな。にしても、コウの竹細工は見事だな。ミナト島に伝わる技術なんだってな。タクミはどんな仕事をしてるんだ?」
仕事? えーっと、前の会社はもう倒産したし、次は宮司を継ぐために神社の仕事を手伝うつもりだけど……、何て言えばいいんだ?
「何というか、見習い? 修行中のような?」
「ああ、竹細工職人の修行中なのか。コウのところに弟子入りしたんだな。あの技術はなかなかのものだからな。修行は大変だろうが頑張れよ」
なんか誤解されちゃったけど、まあいいか。
考えたくはないが、このまま女神が見つからず島に戻れない可能性もある。そうなったらずっとここで生活するわけで、僕も何かの仕事に就かなければならないのだ。
本当に航さんのところに弟子入りさせてもらおうか……。
ああ、また僕の悪い癖が出た。つい先々のことまで考えすぎてしまう。今考えても仕方がない。その時になったら考えよう。
気持ちを切り替えて、僕からガイルに質問する。
「ガイルはいつから狩護師をしているの?」
「正式に登録したのは十七歳だが、六歳の頃から父と一緒に山に入って狩をしていた」
それから、ガイルは自らの生い立ちを話してくれた。
ガイルは生まれてからずっとアナトリカに住んでいて、妻と息子が二人いるそうだ。
アナトリカは山岳地帯の麓にあり標高が高い土地で、昔から牛や羊の牧畜が盛んだ。また狩猟で生計を立てる人も多くいた。父親が狩人だったので、ガイルは幼い頃から一緒に狩をしていたのだそうだ。
「アナトリカってどんな街なの?」
「ノートンよりは小さいが、いい街だよ。数年前まではゴールドラッシュでかなり賑わってたんだが、最近はめっきり人が減ってしまった。いや、昔の落ち着きを取り戻したと言ったほうがいいかな」
「ゴールドラッシュって、金が獲れたってこと?」
「そうさ。三十年ほど前にヴォレス山近くの山で金鉱が発見されて、発掘のために国内外から大勢の人がやってきた。ピーク時には山の中に採掘者用の村ができたほどだ。最寄りのアナトリカの街もその影響で大いに賑わったんだ」
ゴールドラッシューー。話には聞いたことがある。
一攫千金を狙って金鉱に大勢の人が押し寄せたという。人生を賭けたギャンブルのようなものだ。だが莫大な富を得たのはごく一部の人間だけで、ほとんどの人が夢破れて散っていった。
僕の認識ではゴールドラッシュという派手な語感とは裏腹に、過酷な労働環境だったとか、環境汚染が進んだとか、そんなネガティブなイメージしかない。
「そんなに賑わっていたのに今では人が減ったということは、金が採れなくなったの?」
「ああ、それもある。だが確かに採掘量は減ったが、全く採れなくなった訳じゃない。実は、採掘者の村で謎の病気が蔓延したんだよ。大勢の人が亡くなって、それで一気に廃れていった」
謎の病気? 何やら不気味な話だが、医療技術が発達していないこの世界では、多くの病気が原因不明の奇病ということになるのかもしれない。
「それで、金鉱山と採掘者の村は今はどうなってるの?」
「今は誰も近寄らないよ。村も廃墟になっている。実は数年前に山の奥まで探検したことがあって、廃墟の村まで行ってみたんだ。すっかり寂れてお化けや魔物が出てきそうで気持ち悪かったなあ」
ここにもお化けっているのか……。あ、いやそこじゃない。
「魔物が出そうって?」
航さんに聞いてはいたが、やっぱり魔物については気になってしまう。
「いや、本当に出た訳じゃなくて出そうな雰囲気だっただけだ。魔物は悪い気が溜まったところに出ることがあるが、滅多に出くわすことはないから安心してくれ」
「大丈夫ですよ、タクミ。この国に出る魔物は小さいものばかりなので、私が結界を張れば近寄ってきませんから」
ユイが言った。さっきから僕とガイルが話しているのを聞いているのかいないのか、ずっと外の景色を眺めていた。だが、話は聞いていたらしい。話に加わるというより、仕事の使命感で僕を安心させようと声を掛けてきたようだ。
ガイルとは話すうちに打ち解けてきたが、ユイはちょっと話し掛けづらい雰囲気がある。人とは親しくしないタイプなのだろうか。いや、でも航さんとは結構親しげに話していた。親しくなるのに時間がかかるのかもしれない。
旅は始まったばかりだ。焦らずに少しずつ仲良くなっていこう。もちろん旅の仲間として、だ。
その後もガイルがこれまでの武勇伝などを聞かせてくれた。
途中でマルコムが目を覚まして話に加わった。マルコムは優秀な商人だけあって人の話を引き出すのがとても上手い。絶妙なタイミングで相槌を入れてくるのでガイルも気持ち良く話していたし、聞いている僕も楽しかった。
特に聞き応えがあったのはガイルが熊と闘った話だ。
ある時、ガイルが山中で狩をしていて熊と遭遇した。普段なら熊の気配を早めに察知できるのだが、獲物を探すのに夢中になっていて気がつかなかったのだ。直感で『逃げても無駄だ』と悟り、正面から向かっていった。この国には鉄砲がなく、ガイルが手にしていたのはナタのような大きめのナイフ一本だ。周りの木や岩を盾代わりにして熊からの攻撃を避けながら、ナイフと拳でダメージを与えていく。一瞬も気を抜けない緊迫した戦いだった。そして長い死闘の末、ついに勝利したのだ。
「流石にあのときは死ぬかと思ったよ」
そう言いながら、そのときに負ったという腕の傷を見せてくれた。熊に勝つなんて、どんだけ強いんだ。
一通りガイルの武勇伝を聴き終わった。
まだたくさん話がありそうだったが、旅はまだ長い。今回はこの辺で終わりにしておこう。
ガイルはとにかく話題が豊富で話し上手だ。こんな風にいろんな人達と旅をしながら場を盛り上げてきたのだろう。航さんが『きっと楽しい旅になる』と確約してくれたのも頷ける。
改めて航さんに感謝だ。
***
景色を眺めると畑の畝に沿って緑の葉が並んでいる。あの葉の形はきっとサツマイモだ。
ふと見ると街道沿いにポツンとログハウスが建っている。そういえば、ここまで来る途中に同じような建物を見たような気がする。住宅にしては人里離れており、農家の小屋にしては大きすぎる。
「ガイル、あそこの建物は何?」
「ああ、あれは『山小屋』だよ。商人や旅人が自由に使える宿泊施設だ。山だけでなく平地でも主要な街道沿いにところどころ建ててある」
そういえば航さんが『旅人用の施設が整っている』って言ってたっけ。これのことか。これがあるからテントや調理道具はいらないんだ。
「商人や旅人だけでなく誰でも利用できるんだ。農家が休憩に使ったりもしているな。近くの主要な街が管理してる。神殿からの帰りは俺たちも山小屋に泊まることになるぞ」
なるほど。荷馬車でここまで来る間にも、荷車を引いた商人や徒歩の旅人を何度か追い越してきた。彼らが山小屋で休憩や宿泊をするのだろう。荷物が少なくて済むのでとても便利だ。
荷馬車がスピードを落とした。
気がつくと既に陽が傾き始めていた。




