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外伝 航也②

寒い……。


はっと目が覚めると、そこは薄暗い室内だった。

俺がいたのは丘の上に建つ祠だった。知らない世界に来てしまったのだと理解した。

祠から出ると道を見つけた。そして、丘から続く道を辿って街にたどり着いた。


街に着くとまず仕事を探そうと思った。幸い言葉が通じるようだ。

とりあえず目についた居酒屋に入って、働かせて欲しいと言ってみた。すると、仕事紹介所の存在と場所を教えてくれた。


仕事紹介所に行ってみると、掲示板に募集している仕事がたくさん貼ってあった。これならなんとか仕事が見つけられそうだ。

希望は住み込みで働けるところだが、住み込みの仕事はなかった。

宿屋の仕事が出ていた。仕事内容は接客や部屋の掃除などだ。宿屋なら部屋はあるはずだから、上手くいけば住み込みにさせてもらえるかもしれない。

宿屋に行ってみると即採用になり、住み込みも承諾してもらえた。

これでなんとかやっていけそうだ。心底ホッとした。


最初の一ヶ月は、ここでの生活と宿屋の仕事に慣れることで精一杯だった。

やっと慣れてくると、仕事の合間にあちこち散策し始めた。散策するうちに、森の奥で竹林を見つけたのはラッキーだった。


ここには竹細工製品が全くなかったので竹自体がないのかと思っていたが、ただ竹細工の技術がなかっただけのようだ。竹を切ってきてザルや籠を作って市場で売ってみたら、瞬く間に大人気になった。ありがたいことにはるばる遠方から買いに来る人もいた。

結構いい値段で売れたので、お金を貯めることができて、家まで買うことができた。

余裕ができたので、次はいよいよ国内を旅してみようと思っている。



***



宿屋の仕事をしている合間にも、時間を見つけては水晶玉の祠に通った。

最初のうちは、また何かの拍子に元の世界に戻れるのではないかと期待していた。

だが、二度と水晶玉が反応することはなかった。


美波戸(みなと)島で女神殿と庭園の手入れしていたように、今度はこの祠の手入れを始めた。

以前、照多弥姫(てるたやひめ)に話しかけたように、水晶玉に向かって話しかけた。

前と違うのは、愚痴が減って楽しかったことや嬉しかったことを話す機会が増えたということだ。


泉の横に花壇を作って杜鵑草(ほととぎす)を植えた。森を散策しているときに見つけてここに植え替えたのだ。

この花は昔から大好きで工房の庭にも植えていた。工房の庭のものは紫がかっていたが、ここのはピンク色が強めで華やかに見える。数年経つと株が増えて群生するようになった。


以前はこの花を見ては島のことを思い出していたが、やがて思い出すことが減っていった。



***



いよいよ旅に出た。

水晶玉の秘密を探るのが目的だが、単純にこの国をもっと知りたいという気持ちもあった。

以前、宿屋のお客さんからこの国の地図をもらっていた。

主要な五つの街を巡って情報収集を行うことにした。


どうやら水晶玉は東西南北の四箇所あり、この国を守る結界を張っているそうだ。

その水晶玉は、ミロステアにある女神の神殿の巫女が管理をしているらしい。

旅の最後にミロステアを訪れ、巫女長に謁見を申し出ることにした。


女神の神殿の奥にある『謁見の間』に行くと、巫女長との謁見を求める人が並んでいた。

巫女長は神からのお告げ、神託を授けてくれる能力者だ。その神託を求めて年間を通して大勢の人が訪れる。だが、私利私欲に関するものや意味不明なものは受け付けない。受付の巫女に話をして、認められた人だけが謁見できるのだ。


受付の巫女にどう話そうか悩んだが、嘘を言って神託を受けるのは失礼だと判断し正直に話をした。が、案の定断られた。異世界から来たと言われてすぐに信じられるわけがない。

これで諦めるわけにはいかない。毎日訪問して真摯に頼み込んだ。


五日目、やっと巫女長に謁見できた。受付の巫女から話を聞いた巫女長が、会ってみようと言ってくれたのだ。

巫女長に水晶玉に吸い込まれて転移してきた話をした。なるべく詳細に話したが、どうやら半信半疑の様子だ。

巫女長の前には、祠にあるものより少し小さい水晶玉があった。この水晶玉の中に神託が映像で現れるらしい。『この水晶玉に触れてみなさい』と言われ、水晶玉に手を近づけると水晶玉の内側が虹色に光り出した。また変なところに飛ばされると困るので、慌てて手を引っ込めた。


これで信じてもらえたようだ。水晶玉が共鳴するのは特別な人間だけなのだそうだ。

だが水晶玉は、異世界に関する問いかけには神託を返してくれなかった。

巫女長は『他に異世界から来た人はいないしそんな話を聞いたこともない』と言った。そうか、俺以外に異世界人はいないのか……。

水晶玉はどこに繋がっているのだろうか。巫女長は、水晶玉が異世界と繋がっていることを知らなかった。もちろん水晶玉に異世界から人を呼び寄せる力があることも知らないし、戻し方もわからないそうだ。


そして、『もしかしたら女神様ならわかるかもしれない』と言った。


「女神様は、通常はエネルギー体で姿を持たない存在なのですが、人間の姿に化身することも出来ます。特にこの数年は人間に化身することが多いようです。素性を隠して、人間の生活に紛れて暮らすこともあります」


「女神様はどこにいるのですか?」


「それは私にはわかりません。心当たりもありません」


それ以上のことはわからなかった。

元の世界に戻るには自力で女神を探すしかないということだ。

ここで手詰まりになってしまった。



***



「コウは、全然歳を取らないわね。羨ましいわ」


あるとき、居酒屋のおかみさんから言われた。

自分では全く意識していなかったのだが、そう言われれば思い当たる。ここに来て数年経つが、鏡を見て歳をとったと思ったことが一度もないのだ。

体力も落ちるどころか二十代に戻ったかのようだ。ときには竹細工の製作に夢中になって徹夜してしまうこともあったが、まるで平気なのだ。人生で一番調子がいい状態がずっと続いている感じだ。

他に歳を取らない人はいないようだ。これは転移者だからなのだろうか。この世界の人間ではないから、この世界の(ことわり)が通用しないのかもしれない。


おかみさんには『長命の種族の生まれだから』ということにした。苦しい言い訳だろうが、『異世界から来たから』と言うよりは受け入れやすいだろう。みんなは納得してくれたようだ。

もともとここに来た経緯を『遠くの国から放浪してたどり着いた』とみんなには説明していた。誰も知らない竹細工の技術を持っていたことで、俺の言葉の信憑性が高まった。


果たして、これからもずっと歳を取らないのだろうか。



***



初めて市場で竹細工を売りに出したとき、美しい女性が買いに来た。

一目見たとき『照多弥姫に似ている』と思ったのをよく覚えている。頭からローブを羽織っており、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている。

話しかけてもうなずくだけなので、かなりの人見知りか人が苦手なのだろう。親しくなりたいが嫌がられたくはないので、挨拶程度にしておいた。


それから市場に出すたびに買いに来てくれるようになり、しだいに会話をするようになった。

女性はテティーと名乗った。俺の竹細工をいたく気に入ってくれたらしい。

俺はテティーに会うのが何よりも楽しみになっていた。


旅立つ前に、テティーに『しばらく旅に出るので市場に出ない』と話した。

テティーが全く表情を変えなかったので少し寂しい気持ちになった。俺のことは何とも思っていないのだろうか……。そうか、テティーが興味があるのは竹細工だけなんだ。



旅から戻ってから数日後、市場で竹細工を売りに出した。

テティーが買いに来てくれた。

もう来てくれなかったらどうしようと心配していたので、来てくれてホッとした。旅はどうだったか、など聞いてきてくれた。その後、徐々に会話が増えていった。

数ヶ月後、かなり親しくなってきたのでそろそろいいかと思いお茶に誘ってみた。テティーは驚いたようだったが承諾してくれた。最高の気分だ。


店を閉めた後、街で人気のカフェに行った。ハーブティーが好きだと言った。

テティーは物静かであまり自分のことを話さない。ほとんど俺が喋っていたが、楽しそうに笑って聞いてくれた。

竹細工を作るところが見てみたいと言ったので、今度ぜひ工房に来てほしいと誘ってみた。またもや承諾してくれた。次の市場で工房に来る日を決める約束をした。


次の市場を楽しみにしていた。

工房に来てくれたとき、正式に交際を申し込もうと思っていたんだ。

テティーのために、俺の全身全霊を込めて特別な花籠を作った。今までで最高の出来だった。

だが、テティーは来なかった。

その次の市場にも、その次の市場にも来なかった。


街の人に聞いてみたが、テティーのことは誰も知らなかった。

そういえば遠方から来ていると言っていた。

手がかりは何もない。諦めるしかないのか……。



***



祠の掃除にきた。


「今年も杜鵑草が綺麗に咲いたよ」


いつものように、水晶玉に話しかける。


「テティーのことが忘れられないんだ。テティーはどこに行ってしまったんだろう」


テティーのことを思い出すと辛くなる。

うなだれていると、急に誰かの声がした。


「もうすぐ客人がやってきます。準備をしてください」


厳密には声がしたのではなく、頭の中に直接メッセージが伝わってくるような感じだった。

幻聴か? それともこれは、神からの啓示なのか?

客人とは誰のことだろう。わからないが、とにかく迎える準備をしなくては。


帰宅するとすぐに、二階の物置きにしていたゲストルームを掃除した。

ガラクタを片付けて部屋の隅に寄せ、布団を干した。

さて、いつ誰がやって来るのか。それともあのメッセージは幻聴だったのか。


その翌日、拓海が現れた。


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