16 旅立ち
地図を載せていますが、作るのが下手で詳細まで作り込めていません。
位置関係の確認用と思っていただけると助かります。
目が覚めた。いよいよ旅の始まりだ。
昨日の夜はなかなか寝付けなかった。遠足の日を迎えた少年のような気持ちだ。
昼過ぎに狩護師と結界師がここに来るので、顔合わせと旅のルートの確認を行ってから出発する段取りだ。
「おはよう、航さん」
「おはよう、拓海。しっかり寝たか」
「うーん、ちょっと眠れなくって」
「まあ、そうだろうな。俺もそうだった」
航さんはそう言うが、きっと僕よりも余裕があったはずだ。
朝食後は昨日のように航さんは竹細工製作、僕は掃除と洗濯をして早めの昼食をとった。
その後二階の部屋で出発の準備を整えて、一階に降りていった。
「その服で行くのか?」
僕は航さんが貸してくれた服ではなく、転移して来た時の作務衣を着ていた。
「うん。やっぱりこれにする。動きやすいし、いつでも島のことを思い出せるから」
「お前らしいよ」
鞄の中身を確認する。財布と紹介状はちゃんと入っている。
準備はできた。あとは旅の仲間を待つだけだ。
***
ドアをノックする音がする。航さんが迎えに出た。
僕の鼓動は一気に早くなった。いよいよ旅の仲間とのご対面だ。
「よく来てくれた。ありがとう」
航さんが部屋の中に招き入れる。
現れたのは背が高い三十代半ばくらいの男性だ。狩護師なのだろう。
狩護師のイメージから勝手に筋肉ムキムキのいかつい人物を想像していた。が、確かにややがっしりした体型だがムキムキではなくしなやかな筋肉のようだ。長めの髪を後ろで結び、顔は柔和で陽気な雰囲気だ。
腰のベルトに大きめの山刀と水筒と皮袋を二つ付けている。足には頑丈そうな皮のブーツを履いていた。
「紹介するよ。俺の甥の拓海だ」
「拓海です。よろしくお願いします」
「ガーライルだ。ガイルと呼んでくれ。よろしく、タクミ」
握手をした手は、大きくて分厚くて無数の傷跡があった。
「ガイルはこの国一番の狩護師だ。予定が空いていたなんて奇跡的だった。引き受けてくれてありがとう」
「前の予定が早く終わったところだったんだ。コウの依頼なら大歓迎だ」
ガイルは『この国一番の狩護師』という言葉に謙遜することもなく笑顔で答えた。
自信に溢れた笑顔だ。実に頼もしい。
「拓海はこの国に来たばっかりで何も知らないから、旅の途中でいろいろ教えてやってくれ」
「そうか。コウと一緒に旅をした時を思い出すなあ」
「え、航さんとガイルは一緒に旅をしたの?」
「そうなんだ。あの時はこの国のことを色々と教えてもらった。今度は拓海の番だ。ガイル、くれぐれもよろしく頼むよ」
「ああ、任せてくれ」
その後、ガイルは各地の最近の様子を航さんに伝えた。
特に大きな変化はないが、北東の街で家畜の羊が二頭いなくなったらしい。この地では盗みはほとんどないので、逃げたか野生の獣に襲われたかのどちらかだろうという話になっていた。
そんな細かいことまで報告しているのかと驚いた。
しばらくするとまた扉をノックする音が聞こえた。
航さんが迎え入れた人物を見て、僕は息が止まりそうになった。
現れたのは市場で会った女性ーーユイだった。ユイは結界師だったんだ。
結界師というから、てっきり陰陽師のようなおじさんをイメージしていた。
「結界師として一緒に旅をしてもらう、ユイだ。一昨日市場で会ったよな」
「よろしくお願いします、タクミ」
「あ、ど、どうも、よろしくお願いします」
しどろもどろになってしまった。
『ここではみんな呼び捨てだ。誤解するなよ』航さんがこっそり耳打ちする。
ユイはローブの下に動きやすそうな短いスカートにタイツ、皮のハーフブーツを履いていた。
胸にキラリと光るものがあった。ペンダントのようだ。六角柱の水晶の結晶がそのままペンダントトップになっている。光を発しているように見えるので、かなり神気が強いのだろう。
「ユイとは去年一緒に旅をしたが、こう見えてもベテラン並みの実力だから安心していいぞ」
ガイルが言った。どうやら、僕がユイを見て戸惑っているのを『若いので実力不足を疑っている』と勘違いしたようだ。僕の様子を見て気を遣ってくれたんだな。
気を悪くしてやいないかとユイを見たが、特に気にしている様子はなかった。
「じゃあ、みんな揃ったところで、ルートを確認しておこう」
航さんは丸めた羊皮紙のようなものを広げた。シミだらけで使い込まれたそれは、地図だった。
えー、地図があるんなら早く見せてくれればよかったのに。
ローレンシアの地図は、主要な街と大まかな地形がわかる程度のざっくりとしたものだった。
主要な街は五つのようだ。
今いるノートスの街はローレンシアの一番南に位置している。
東側が海岸線になっており、アクティという大きな港町があるようだ。
地図の中央には大きな湖があり、その東側にリムネーという街がある。
北は山岳地帯になっていて特に大きな山にヴォラス山という表記があった。
山岳地帯の南東の麓には、アナトリカという小さな街がある。
そして西の端には目指すべき女神の神殿がある、ミロステアの街があった。
「知っての通り、目的地のミロステアに行くにはここから北西に行くのが最短だが、ずっと登りで道も悪いので初心者にはきつい。行きは歩きやすくて荷馬車も使える東回りのルートを使ってほしい。帰りは最短ルートで頼む。リムネーまでの荷馬車は手配した。三時に荷馬車屋だ」
「了解した」
ガイルは地図を見もしないで言った。当然、頭の中にすべて入っているのだろう。
「タクミは旅に慣れていないんですよね。東ルートなら初心者でも安心ですね。女神詣に行く人はほとんどリムネー経由ですから」
ユイが言った。僕のことを気遣ってくれているのが嬉しい。
打合せはあっという間に終わった。そもそも知らない土地なので質問すら浮かばない。
まあ、旅慣れたガイルとユイがいるんだから心配ないだろう。
そうか、旅の間はユイと一緒に過ごすのか……。
いや、いけない。甘い妄想をしかけた自分に言い聞かせる。これは島と僕の命運をかけた大事な旅なんだ。こうしている間にも島の異変は進行しているだろう。僕が何とかしなければ。
「おっと、忘れるところだった。拓海、これは御守りだ。風呂に入る時以外は肌身離さず身につけておけ」
航さんに小さい皮袋を渡された。長い紐が付いており首から下げられるようになっている。
受け取ると、手にふんわりとした温かい神気を感じた。御守りだから念が込められているのかもしれない。皮袋を触った感触では何か小さく丸いものが入っているようだ。中身が気になって皮袋を閉じている紐を解こうとしたが、固く結んであって簡単には解けなかった。
「開けるなよ」
航さんに釘を刺されて開けるのをやめた。首から下げると、皮袋が当たっている胸の辺りが少し暖かくなるように感じた。
「じゃあ、出発しよう。俺も買い物のついでに荷馬車屋まで見送るよ」
四人で家を出た。
ノートスの街は今日も活気がある。
噴水のある広場は、市場の時ほどの賑やかさはないが、大勢の人が行き交っていた。
荷馬車屋の前には、たくさんの荷物を積んだ荷馬車が三台と幌がついた荷馬車が一台止まっていた。幌がついているのが人が乗る荷馬車なのだろう。
荷馬車屋に入って三人分の料金を支払う。移動中の食事付きで金貨四枚銀貨五枚だった。
荷馬車の御者と荷物の持ち主に挨拶をして、幌がついた荷馬車に乗り込んだ。
御者が旅の間の世話係として食事の手配などをしてくれるそうだ。
さあ、いよいよ旅の始まりだ。
荷物だけを乗せた荷馬車が先に出発し、幌がついた僕達の荷馬車が最後にゆっくりと動き出した。
「行ってきます!」
航さんに手を振る。
荷馬車が徐々にスピードを上げ、少しずつ航さんの姿が小さくなっていく。
やがて見えなくなると荷馬車が右に曲がり、目の前には田園風景がどこまでも続いていた。




