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15 荷馬車屋

カフェを出ると、家とは反対方向の街外れに向かった。

倉庫のような大きな建物がいくつかあり、たくさんの人が出入りしていた。建物の脇には馬が繋がれていない荷馬車がいくつも置いてある。その奥の方には馬小屋が二棟並んでいた。


航さんと僕は、なかでも一番大きく立派な建物に入った。手前に受付用のカウンターテーブルがあり、その奥にはたくさんの木箱や麻袋が積んである。数名の男性が荷物を運んだり仕分けしたりと、荷物の間を忙しそうに動いている。


「なんだか、宅配便の集荷場みたいだね」


「ああ、似たようなもんだ。ここはな、主要な街への荷物の運搬を請け負ったり仲介したりする場所だ。荷物の運搬はほとんどが荷馬車を使ってる。だから『荷馬車屋』って呼ばれている」


例えば商人が農家から農作物を買ったとする。商人はその農作物を欲しがっている他の街へ運んで高く売って利益を得る。その『他の街へ運んで』の部分を請け負うのが、この荷馬車屋だ。


運搬にはそれなりの料金がかかるので自前の荷馬車で運ぶ商人もいるが、大抵の商人はそもそも荷馬車を持っていない。荷馬車を持つには初期費用がかかるし、馬の飼育や荷馬車のメンテナンスもしなくてはならない。馬小屋や荷馬車を保管する場所も必要だ。よっぽどの大商人でなければ、手数料を払ったとしても委託した方が便利だろう。なかなか上手くできた仕組みだ。


荷物だけを預かって運ぶこともあるが、ほとんどの場合は荷馬車に荷主である商人が同乗する。そのため、荷馬車には人が乗るスペースを設けてある。そこに空きがあれば乗せてもらうことが可能なのだそうだ。


「荷馬車に乗せてもらえれば楽だからな。もちろん料金は支払うが。ちょうどいいのがあるか確認してみよう」


「主要な街への乗合バス……じゃなくて乗合馬車みたいなものはないの?」


「街を行き来するのはほとんどが商人なんだ。商人は荷物と一緒に移動するし、旅行だけが目的の人はそれほど多くない。市場とか一時的に人が集まるときなんかは、複数人で荷馬車を借りることもある。だが普段だったら、荷馬車の空いているところに乗せてもらうのが一番効率的だし安く済むんだ」


そうか。旅行する人はそんなに多くないんだ。

旅行するとしたら馬車や徒歩での移動なので時間も労力もかかる。交通機関が発達した現代なら旅行は当たり前だが、この世界だったらよくて数年に一回くらいのものだろう。よほど時間に余裕があるか特別な目的でもなければ、わざわざ苦労して街を出ることはないのだ。


受付の横の壁にあった黒板を見に行った。

日付が縦に一週間分書いてあり、各日付の横に時間、行き先、荷物量、あとよくわからない記号などがざっくりと書いてある。新幹線の発車時刻案内板のようだと思った。


「明日の午後の出発で……。あ、ちょうどいいのがあるぞ。空きがあるか確認してみる」


航さんが受付の係員に話しかけると、係員は手元の台帳を数枚めくりながら何か言っている。何度かやりとりがあった後、係員は台帳に何かを書き込んでいるようだった。


「予約してきた。明日の午後三時に出発だ」


「ちなみにだけど、もう狩護師と結界師とは契約してるんでしょ? もしちょうどいい荷馬車の空きがなかったらどうなってたの?」


「もちろん、徒歩で出発に決まってるだろ」


荷馬車の空きがあったことを神に感謝した。



***



家に着いた頃には陽が落ちかけていた。

帰ったらすぐに夕食にした。

居酒屋でテイクアウトしたチャーハンと、航さんがさくっと作ったスープが今日のメニューだ。


「旅に出る前に、聞いておいて欲しいことがある。食べながら聞いてくれ」


航さんからの話は三つの注意事項だった。注意事項というか、まあ、口裏合わせだ。


まず一つ目は、僕らの出自についてだ。遠方の地『ミナト島』の出身ということにしている。

異世界から来たと言っても信じてもらえないだろうし面倒くさいことになりそうだからだ。

この国ローレンシアがある大陸には他の国はないが、海を渡った先には二つの大陸がありいくつかの国がある。そのどこにも属さない辺境の島、という設定にしているそうだ。

ローレンシアには様々な国の人が訪れるため、知らない土地から来たと言っても違和感は持たれなかったそうだ。


二つ目、航さんが歳をとらないのは『長命種族だから』ということにしているそうだ。

本当にそんな種族がいるのかわからないが、そうでも言わないと説明がつかなかったのだ。

大人になるまでは普通通りに成長するが、三十歳を過ぎる頃から老化が緩やかになってそのまま数百年生きる、という設定にしているそうだ。

なんとも無理がある設定だが受け入れられているらしい。まあ、そもそも異世界だしな。


三つ目、西の女神の神殿に行く目的は『女神詣(めがみもうで)』ということにする。

『女神詣』とは、文字通り女神の神殿を参拝することだが、この国では一生に一度は女神詣をしたいと思っている人が多いそうだ。江戸時代に流行ったお伊勢参りのような感じだろうか。

本来の僕の目的は、美波戸島の水晶玉の変化ひいては島の異変について巫女長に訊ねるためなのだが、それを説明するには異世界から来たことを話さなくてはならない。それを避けるため、女神詣がてらこの国を旅してみたい、ということにしたのだ。

このことは、すでに狩護師と結界師に依頼するときに伝えてある。


航さんって、ここに馴染むまでいろいろ苦労したんだな。こんな風に嘘をついて……じゃなくて設定を作ってきたから、周囲の人と上手くやってこれたんだ。本当の自分を隠して過ごすのってどんな気持ちだったんだろうか。

そのおかげで僕は苦労もなく過ごすことができる。本当に感謝しかない。



食器を片付け終わると、またハーブティーを入れてくれた。

航さん特製のこのハーブティーがしばらく飲めなくなると思うと少し寂しい。


「これは軍資金だ。三人分でもこれだけあれば充分だろう」


航さんはずっしりと重い皮の財布を渡してくれた。中には、金貨が十五枚入っていた。

狩護師と結界師との契約上、旅の間の荷馬車代や宿泊代は雇い主である僕が全部支払うことになる。航さんからは食事代も僕が払うように言われた。通常は食事代は各自で支払うものだが、全部こちら払いにすればモチベーションが上がるしその後もいろいろと融通してもらえたりするので、支払い以上のメリットがあるのだそうだ。

人たらしの航さんは、こういうところが抜かりない。


ちなみに今回一緒に旅をする狩護師には、各地で何か変わった事柄や噂を聞いたら知らせてもらうように依頼しているらしい。情報料としてたまに居酒屋でご馳走したり竹細工を贈ったりしているようだ。自分が旅に出なくなった代わりに旅が仕事の狩護師に依頼しているのだ。


「あと、これは神殿の巫女長への紹介状だ。俺が訪問したときは、怪しまれてなかなか巫女長に会わせてもらえなかったからな。この紹介状があれば、スムーズに面会できるだろう」


「ありがとう。助かるよ」


「じゃあ、今日はしっかり寝るんだぞ」


「うん。おやすみなさい」


部屋に戻って鞄に財布と紹介状を入れた。鞄はずしりと重たくなった。


明日から旅に出るのか……。まだ実感が湧かない。

島に戻ったら大我に自慢してやろう。きっと驚くだろうな。どんな顔するだろうーー。

そんなことを考えながら、ベッドに入ってランタンを消した。

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