14 旅の仲間
仕事仲介所を出た。
航さんは、街で人気のカフェに案内してくれた。
昔ながらの喫茶店といった雰囲気だったが、セルフサービス式だった。航さんがコーヒーを買っている間に、僕は窓側の席を確保した。
隣の席は空いているが、その向こうの席では男女が親しげに会話している。
航さんが、買ってきたコーヒーのカップをテーブルに置いた。
いい香りだ。異世界にもコーヒーがあってほんとに良かった。
「そういえば、航さんってここに来てから彼女とかできたの?」
航さんは、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになったが、堪えて飲み込んだ。
「なんだよ、いきなりだな」
「市場でいろんな人と仲良さそうに話してたから、彼女もいるのかなと思って」
航さんは昔からモテてたからな。でも鈍感なところがあるから、意外と恋愛経験は少なそうだ。どちらかというと、男同士でつるんでることが多かったような気がする。
「そうだな、気になっていた人はいたけど、フラれたみたいだ」
軽く目を伏せて小声で言った。
フラれたのか……。なんか、悪いこと聞いちゃったみたいだ。
口元は軽く笑っているが、これは吹っ切れたからではなく自嘲の笑みだ。
『気になっていた人』について聞いてみたいが、フラれた相手のことをあれこれ聞くのはさすがに気が引ける。
沈黙が続いたので、慌てて話題を変えた。
「そうだ、旅の仲間って、どんな人達なの?」
「よし、本題に入ろうか」
航さんが元の調子に戻って話し出したので、ホッとした。
この国では、よっぽど旅慣れた人でない限り『狩護師』か『結界師』のどちらか、もしくは両方と一緒に旅をするそうだ。旅の仲間といってもお金を支払って雇う形になる。つまり、仕事として旅をサポートしてくれるのだ。だが旅の間は主従関係ではなく、仲間として対等な立場で接するのがマナーだ。
「狩護師と結界師? どちらも聞いたことがないな。何をする人?」
「狩護師というのは、山のスペシャリストだ。狩人を発祥としていて、普段は狩猟で生計を立てている人が多いんだ。山に精通しているので安全なルートを知っているし、危険な動物から護ってくれる役割もある」
「えっ! 危険な動物とかいるの?」
「熊や狼なんかがいるぞ。まあ、滅多に出くわすことはないけどな。危険な動物の気配がしたら、真っ先に狩護師が気づいて避けてくれるから心配ない。万が一出くわしても、狩護師は狩人でもあるから狩ってくれるさ。一応、危険な動物から人を護る訓練もしているらしい」
なるほど。狩護師というのは、『狩人』兼『山岳ガイド』兼『ボディーガード』といったところか。なんか凄そうだ。怖いもの無しだな。
「じゃあ、結界師というのは? 結界を張る人?」
「まあ、ざっくり言うとそうだ。人の周りにバリアのような結界を張ってくれる。これは魔法に近いかもしれないな。結界を張っていると、魔物が近寄らないし……」
「え、ちょっと待って。魔物って? ここには魔物がいるの?」
魔物と聞いて、焦って話を遮った。
「待て待て、説明するよ。この大陸自体には魔物はたくさんいるんだ。だが、この国には四つの水晶玉で結界が張ってあるので基本的に魔物は入ってこない。ただ、ごく稀にだが、谷底や岩穴なんかの澱んだところに悪い気が溜まってしまって、その干渉を受けた野生動物が魔物化することがあるんだ」
は? 魔物化した野生動物って、怖すぎるんですけど!
「そんな危険な場所があるの?」
「そういう危険な場所は、基本的に狩護師が避けてくれる。それに、結界を張っていれば大抵の魔物は近寄ってこない。それから、毒を持っている生き物も魔の性質があるから寄ってこないぞ。毒ヘビとか毒グモとか」
毒ヘビや毒グモもいるんだ……。旅を甘く考えすぎてたみたいだ。
「それに、結界師は薬草に精通していて薬を作れる。簡単な傷や病気なら治せるんだ。頼もしいだろう?」
「確かに、頼もしいね」
そうか。結界師は、『陰陽師』兼『薬剤師』兼『医者』ってところか。最強かよ。
航さんが僕のために手配してくれた狩護師と結界師は、航さんイチオシのメンバーなのだそうだ。
宿屋で働いていたとき、宿泊するお客さんから話を聞いたり実際に本人と話したりして、『この人なら間違いない』という人を厳選していたのだそうだ。
航さんって、ただ人と仲良くなるだけではなくて、相手の人となりまで把握してるんだな。
「狩護師は、俺が今まで会ったなかでは一番実力があると思う。人柄もいい奴だから、きっと楽しい旅になるぞ。いつも予約でいっぱいなんだが、ちょうど次の仕事まで時間が空いてたらしくてラッキーだった。結界師は、まだ経験は浅いが能力は抜群に高い。お前との相性もいいんじゃないかと思う」
「ありがとう。航さんが選んでくれた人達なら安心できるよ」
これから一緒に旅をする仲間か。どんな人達だろう。どんな旅になるんだろう。
航さんを見るとニコニコしていて、なんだかすごく楽しそうだ。
「俺が旅に出たときのことを思い出したよ。どんなことが起こるんだろうってワクワクしたな」
「僕も今、すごくワクワクしてる。なんせ、異世界に行ったらやりたいことの第二位だもんね」
「まあ、ダンジョンはないけどな」
二人で顔を見合わせて、笑い合った。
***
「そろそろ行くか」
コーヒーを飲み終わると、航さんはポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
ここに来た初日に街を歩き回ったとき、ところどころに日時計があるのを見かけたが、懐中時計があるとは知らなかった。
「時計ってこの世界にもあったんだね」
「ああ。他の大陸からの輸入品だ。たまにしか使わないけどな」
「ちょっと見せて」
懐中時計を受け取った。けっこうズシリと重たい。
シルバーの蓋には精巧で美しい模様が彫り込まれている。見るからに高価そうだ。
少し傷はあるが隅々まで磨き込まれていて、大事に使っていることがよくわかる。
「昔、これによく似た時計を岬姉さんから貰ったんだ。植木職人に弟子入りしたときに、就職祝いだって。アンティークショップで見つけたらしいんだが、味があって結構気に入ってたんだ」
そんなことがあったなんて知らなかった。
航さんは過去を追想するような遠い目をしていた。この時計を見るたびに、母さんや島のことを思い出しているのだろうか。
「いい時計だね。すごく綺麗だし、なんかエモいね」
「いいだろう。あげないぞ」
もう。航さんは、いつもこうだ。
確かに欲しいとは思ったけど、これは航さんでこそ似合う時計だ。今の自分には相応しくない気がする。いつか僕もこんな時計が似合うようになりたいと思った。




