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12 家路

先ほど店に来てくれたおかみさんの居酒屋へ向かう。

料理もお酒も美味しくて、街でも一番人気の店なのだそうだ。扉を開ける前から、料理のいい匂いと賑やかな笑い声が外に漏れ出てきていた。

店内は市場の帰りの人達でほぼ満席になっていたが、おかみさんが席を確保しておいてくれていた。おかみさんも他の給仕の人達もみんな笑顔で元気が良く、店内は活気に溢れていた。


「いい店だね」


「だろう。料理を食ったら、さらにそう思うぞ」


航さんがおすすめ料理をいくつか注文してくれた。

そして、とりあえずビールだ。


「今日はお疲れ様。手伝ってくれてありがとう」


木製のジョッキになみなみと注がれたビールで乾杯する。

この樽のような形のジョッキが、すごく異世界っぽくていい感じだ。

ビールは豊かな香りとコクがあって、乾いた喉と体に沁み渡った。


「はー、沁みるー」


「仕事終わりはやっぱりこれだな」


航さんと一緒にお酒を飲むのは久しぶりだ。それがこんな異世界の居酒屋でになるなんて思いもしなかった。

料理が運ばれてきた。テーブルに色とりどりに並べられていく。


「好きなだけ食べろ」


「いただきます!」


野菜の炒め物に、豆のスープ、牛肉の煮込み、ソーセージ、あとこれは……チャーハン?


「お米もあるの!?」


「ああ。異世界(ここ)の米もなかなか美味いぞ。だが家では米を炊くのが面倒臭くてな。ついパンを買ってきてしまうんだ。米が食べたい時は、いつもこの店に来てる」


確かに一人分だけ炊くのは効率が悪いし、たくさん炊いても冷凍できないしチンすることもできないのだ。


お酒に合うように濃いめに味付けされた料理は、どれもすごく美味しかった。

僕ってこんなに大食漢だったのか、と思うくらいよく飲んでよく食べた。東京にいる時は、夕食はたいていコンビニ弁当一つで済ませてたのに。



お酒も進み、二人ともいい感じに出来上がってきた。


「どうだ、満喫したか?」


「うん、満喫したよ。僕が異世界に行ったらやりたいと思ってたことの第三位だったんだ」


「異世界でやりたいこと?」


「そう。昔、大我と異世界に行ったら何をするかって話をしたことがあるんだ。僕が異世界でやりたいことの第三位が『異世界グルメを堪能する』ってことだったんだ」


懐かしいなあ。中学生の頃、大我と僕の間で『もし○○だったら』という話をするのが流行っていたのだ。たわいも無い話だったが、なぜか盛り上がって大笑いしていた。

その時は、本当にそんなことになるなんて思いもしなかった。


「ふーん。二位は何だ?」


「二位は『冒険』。異世界には強い魔物がいるダンジョンがあるんだよ。それで、勇者や魔法使いとパーティーを組んでダンジョンへ冒険の旅に出るんだ」


「ここにはダンジョンとか無いけどな。ちなみに魔法もないぞ」


あー、そうなのか。魔法はマストの条件だったのに。

割と現実的な異世界なんだな。残念。


「じゃあ、一位を当ててやる」


酔っ払った航さんが、面白がって言った。


「一位は『ハーレム!』だろ?」


「違うよ! もう」


僕は顔が赤くなるのを感じた。実は少しだけそれも想像したんだ。

大我は迷いなく一位にあげていたけど。


「一位は『無双』だよ、む・そ・う。転移するときにチート能力を授けられるんだ。チートを使って大活躍するってのがお決まりだろ」


「なるほどね。……残念だったな」


ーーそう。すごく残念だ。



***



時間はわからないが、ずいぶん遅くまで飲んでいた気がする。

外に出ると予想通り真っ暗だった。風が涼しくて気持ちいい。


二人とも酔っ払って千鳥足になりながら、荷車を引いて家路についた。

街灯がないので、街道は家々から漏れる明かりだけで薄暗い。

航さんは帰りが夜になることを見込んで、ランタンを持ってきていた。


「なあ、拓海。異世界(ここ)はいいところだろう」


「うん。食事は美味しいし、景色はいいし、いい人ばかりだし。まあ、不便なところもあるけど。スマホとか家電製品とか無いし」


そういえばほんの数日前までは、少しでも空き時間があったらスマホを見ていた。スマホがない生活なんて考えられなかった。そんな日々がずいぶん昔のように感じる。


「不便なのは最初だけだ。慣れてしまえば、かえって快適だ」


そうかもしれない。ここにはコンビニはないけど、満員電車も残業もないんだ。

でも、便利さが当たり前の時代に生まれた僕にとっては、スマホや冷蔵庫や電子レンジや洗濯機や温水洗浄付トイレがない生活は絶望でしかない。

だが、生活する人々の顔は、明らかにここの方が生き生きとしていることは間違いない。


「ねえ、航さんは美波戸島に戻りたいと思わないの?」


「うーん、どうだろう……」


航さんは少し遠くを見るような目をして、言葉を濁した。

来たばかりの僕と違って航さんはここでの生活がもう九年になる。すっかり馴染んで家まで持ったこの場所から離れたくないという気持ちもわかる。

でも航さんの口調から、他にも何か大事な理由がありそうな気がした。


「俺が島に戻ったら、一気に九年分、歳をとったりするかもな」


航さんは笑いながら言った。……いや、たぶん三年分だろう。



市街地を抜けて家がまばらになってくると、辺りはほぼ真っ暗だ。

空には雲が出てきたようで、星明かりすらない。

ランタンにほんのり照らされた道を歩いていく。周囲では鈴虫やコウロギがうるさいくらい鳴いている。

心地よい風に当たりながら歩いているうちに、少しずつ酔いが醒めてきた。


夜道を歩きながら、航さんに大学を卒業してからこれまでの話をした。

苦労した就職活動、東京での生活、会社の倒産、島に戻ってきてからの心境の変化、それから照波神社の宮司を継ごうと決意したことを話した。


「そうか。お前もいろいろあったんだな」


航さんは、甥を見守る叔父の顔になっていた。


「しかし、拓海が自分から宮司を継ぐと言うとは思わなかったよ」


そういえば以前、『また参拝者に神社の後継ぎ扱いをされた』と航さんに愚痴を聞いてもらったことがあったんだった。あの時は、ただ反発してただけだった。


「美波戸島のことが大好きなんだ。守りたいんだ。照波神社も、島のみんなの事も」


なんだか気恥ずかしいセリフだが、自然に口から出たことに自分でも驚いた。


「そうだな。お前ならできるよ」


航さんは、茶化すことなく僕の言葉を受け止めてくれた。

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