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11 市場

「市場で店を出すんだ。手伝ってくれ」


航さんは飲み終わったカップを片付けながら声をかけてきた。街の市場で竹細工を売るらしい。

部屋を見回したが、竹細工を作る道具も材料の竹も出来上がった竹細工も、どこにもない。

使い古した竹籠があるだけだ。


「そういえば、竹細工ってどこで作ってるの」


「隣の家が工房になってるんだ」


なるほど、昨日の夜灯りがついていたのは航さんだったのか。


隣の家の扉を開けると、島にある航さんの工房とよく似た雰囲気の空間になっていた。

部屋の隅に材料の竹が積んである。部屋の中央にはゴザと座布団が敷かれていて、その上で作業をしているようだった。壁側に置かれた台の上には、完成したザルや籠がいくつも並べられていた。

なかには凝ったつくりの籠もある。そのまま部屋に飾りたくなるくらい見事な出来栄えだ。確かにこれなら人気になるのも頷ける。


部屋の隅に置いてあった、車輪が二つの木製の荷車に竹細工を乗せていく。


「これは乗せなくてもいいの?」


台の奥に一つだけ竹細工が残っている。

花籠のようだ。複雑な模様が編み込まれた、とびきり目を引く美しい籠だった。


「ああ、それは売り物じゃないんだ」


「じゃあ、これで全部だね」


荷車に乗せ終わると、全体に布をかけて紐で固定した。

『力仕事は若者に任せろ』と荷車をひく役を買って出たが、それほど重くはなかった。


市場が開かれるのは、昨日僕が休憩をした大きな噴水がある広場らしい。

広場には既にたくさんの店が出ていて大勢の人で賑わっている。どこかで路上パフォーマンスでもしているのか、笛と太鼓の軽快な音楽も聞こえてくる。

月に二回開かれるこの市場は国内でも有名で、他の街からも多くの人が訪れるそうだ。

島の祭りを思い出した。まさに祭りのような雰囲気で、なんだか心が躍る。



航さんが店を出す場所は市場を主催する街と年間契約しており、基本的な設備は用意されているとのことだった。

到着した場所は市場の中心から外れたところにあり、人通りはまばらだった。四畳ほどのテントで覆われたスペースに、商品陳列用の台が二つ置いてある。テントの奥に荷車を引き入れた。


「いつもは朝から店を出すんだが、今日は出遅れたな」


そう言いながら、航さんは手際よく竹細工を陳列台に並べていった。

僕も真似して並べていく。


「おや、今日は来ないのかと思ったよ」


隣の店の店主がテントをのぞいて航さんに話しかけてきた。二人で親しげに会話している。今日はいつもより人出が多いらしい。

隣の店では革製品を扱っているそうだ。後で時間があったら覗いてみよう。


並べ終わると、航さんは硬貨が入った巾着袋を僕に渡した。


「お前は会計係だ。お釣りを間違えるなよ」


『ここのお金を初めて見るのにいきなり会計係かよ』と思ったが、意外とシンプルだった。

この国の貨幣は、大金貨、金貨、銀貨、銅貨、の四種類だ。

日本円に換算したら、おおよそ


大金貨:百万円

金貨:一万円

銀貨:千円

銅貨:百円


なのだそうだ。うーん、キリが良すぎる。航さんのことだから、かなりざっくり言ってるだけのような気がする。まあ、わかりやすいからいいか。

ちなみに大金貨は普段はめったに見ることがないらしい。特別に大きな取引きなどに使われるそうだ。もちろん巾着袋には入っていなかった。金貨、銀貨、銅貨は色が違うので見分けがつきやすい。


竹細工の値段は大きさや形によって違うが、ザルは銀貨二〜四枚、籠は銀貨五〜七枚、ちょっと凝ったデザインのものは、金貨一〜三枚、という僕からみたらかなり強気の値段だった。


「けっこう高くない?」


「そうか? 大事に使えば一生ものだぞ?」


確かにそうか。職人が手作りした一点ものだから、日本で買おうとしたらもっと高いのかな。

それにしてもさすが航さん、値付けもざっくりで金貨と銀貨だけとは。

これなら間違わずにすみそうだ。


「よし、開店だ。全部売れたら、旨いものでも食いに行くぞ」


航さんの言葉に、俄然やる気が出てきた。



テントの前の覆いを開くと、早速、足を止める人が出てきた。

航さんの顔見知りのお客さんも多いようで、ひっきりなしに挨拶や会話をしていた。

人通りが少ない場所なので心配していたがその必要はなかったようだ。


「あれ、珍しい。今日は一人じゃないのかい?」


中年の女性が声をかけてきた。何処かで見たことがあるような顔だ。


「あら、あんた昨日の……」


そうだ、『お腹は空いてない?』と声をかけてきた居酒屋の店主だ。


「あの、昨日はどうも」


「あんた、コウの身内だったんだね。どうりで見たような服を着てると思ったよ」


『街で一番人気の居酒屋のおかみさんだよ』と航さんが小声で教えてくれた。


「仕事が終わったら飲みに行きますね」


「そうかい、待ってるよ」


おかみさんは、手を振って去って行った。

その後もたくさんの人が足を止め、竹細工は順調に売れていっった。



***



少し人が途切れたので、航さんが『せっかくだから市場を自由に見てきていいぞ』と言ってくれた。小遣いとして銀貨を一枚渡してくれた。銀貨一枚って、千円じゃん。小学生かよ。


市場を一巡する。

いろんな服装の人達がいる。ほんとにあちこちから人が集まっているんだな。そしてみんな楽しそうだ。きっと豊かな国なんだろう。

食材を売っている店を覗いてみる。異世界特有の食材があるんじゃないかと期待していたが、ざっと見たところ野菜や肉などは日本で売っているものと変わりない。一部、今まで見たことがない青っぽい野菜があったくらいだ。値段は日本の相場よりかなり安い。


飲食物の屋台もある。いい匂いが漂ってきた。

小腹が空いたので何かおやつでも食べようかといくつか屋台を覗いてみた。揚げパンのようなものがあったので買ってみた。銅貨一枚ということは百円か。安いな。

小さい紙袋に入った熱々の揚げパンを頬張る。味は揚げパンそのものだ。中に果物とナッツを甘く煮詰めたものが入っており、けっこう美味しかった。

市場の雰囲気を満喫できたし小腹も満たされたし、大満足だ。


お店に戻ると、一人の若い女性が航さんと話していた。


「こんにちは」


女性に声をかけると、ちょっと驚いた様子でこちらを見て、それからはにかむように微笑んだ。

女性と目が合ったその瞬間、時間が止まった。

透き通るような白い肌。肩で切り揃えられた艶やかな銀色の髪が風でさらさらと揺れている。銀色の長い睫毛に縁取られた大きな瞳は青みがかった榛色(はしばみいろ)で、吸い込まれそうなほど澄んでいた。華奢な体にローブを羽織った姿は、まるで深窓の姫君がお忍びで城下街に出て来たかのような風情だ。

なんて可愛い人だろうーー。


「こいつは、俺の甥で拓海というんだ」


航さんの声にハッとして慌てて顔を引き締めた。

僕を紹介してくれるなんて、ナイスだ、航さん。


「はじめまして。拓海といいます」


「はじめまして。ユイです」


ユイというのか。名前も可愛い。

僕がユイに見惚れている間も、航さんとユイは親しげに話していた。


「仕事で来てたのか?」


「はい。昨日仕事が終わったので、ちょっとのんびりしようと思って」


何の仕事をしているのか気になったが、会話に加わることができないでいた。

しばらくすると『じゃあ』と手を振ってユイは行ってしまった。

後ろ姿を目で追っている僕を見て、航さんはからかうように言った。


「可愛い子だろう。俺の竹細工を気に入ってくれて、何度か買ってくれたんだ」


「うん。まあ、そうだね」


平然を装う僕を横目で見ながら、航さんはニヤニヤ笑っていた。



その後も竹細工は順調に売れていった。

一番複雑で美しい模様が入った籠は、金貨三枚という値段のせいかずっと売れ残っていたが、美しい身なりのご婦人が買っていった。

残りはあと少しだ。



左の方から少女がトコトコと歩いてきた。


「コウちゃん、クミちゃん!」


テトラだった。『クミちゃん???』とは思ったが、子供相手に訂正するのも大人気(おとなげ)ないのでやめておいた。


テトラは竹のザルを手に取って、まるで吟味するかのようにじっくり眺めながら言った。


「なかなか上手にできましたね」


「ありがとうございます、師匠」


航さんは笑いを堪えながら返した。

テトラはしばらく店の周りをうろうろしていたが、飽きてきたらしい。


「クミちゃん、またこんど遊ぼうね!」


と言って手を振りながら歩いていった。昨日は一緒に遊んだことになっているらしい。


「お前、クミちゃんだったんだ」


航さんがからかって言った。

タクちゃんならまだしも、クミちゃんとは……。独特な切り取り方をするなあ、もう。


それはともかく、僕はテトラが一人だったのが気になった。


「幼い子が一人でウロウロしてて大丈夫なのかな」


「宿屋は市場の前後は大忙しだからな、誰も相手してくれないんだろう。でも一人で歩いてても大丈夫だよ。ここは犯罪がほとんどないんだ。信じられないかもしれないけど」


へえ、そんな夢みたいなことがあるんだな。

そういえばこれまで意識していなかったけど、異世界って魔物とかいるんじゃなかったっけ。

ここは街中だから大丈夫だろうけど、森の中をふらふら歩いたりしたら危険だったんじゃないだろうか。あとで航さんに確認してみよう。



最後の一つが売れた。

お釣り用に準備してあった分を差し引いて、締めて金貨十五枚、銀貨二十六枚。十七万六千円だ。ここの物価から考えると、かなりいい稼ぎなのではないだろうか。


「よし、旨いものでも食いに行くか」


「やったあ!」


店の片付けをあっという間に終わらせ、僕らは市場を後にした。

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